018:作戦開始だ!
およそ5秒だ。
中型ネコモドキが俺の姿に気づいてから作戦開始地点であるこのT字路まで到達する時間はたったそれだけしかない。そのわずかな合間に少し進んだ先にあるT字路に俺はたどり着かなければならない。
それだけじゃない。角を曲がって直ぐに急停止して方向転換が必要だ。呼吸を整え、気配を殺して潜伏し、武器を構えてそのときを待つ。この一連の動作を淀みなく流れるように行わなければならないのだ。
「……ぅぐっ」
思わず息を飲んでしまった。
作戦開始地点の物陰に隠れながら、あらためてこの作戦の無謀さを実感し始めていた。できるかできないかではなく、これを俺がやらなければならないのか。
「……ハァ……ハァ」
……何だろう、凄く息苦しい。
不安材料はまだある。角を曲がる際にちらりとでも俺の後ろ姿を捉えられてはダメだ。呼吸や足音、衣擦れで俺がそこにいると匂わせるわけにもいかない。そこまで気を使って体勢を整え、武器を構えることができるのだろうか。
しかも、ここまでの流れは作戦の大前提に過ぎない。
中型ネコモドキがT字路に姿を現すタイミングを見計らって攻撃する。その肝心要の必殺を一発で成功させなければならない。
「……ハァ……ハァ……」
……本当にやれるのだろうか。
だめだ……ひよるな。この思考の流れはまずい。考えるな。
不安な気持ちでいっぱいになる。心臓がバクンバクンと怒鳴っている。胸が締め付けられて息を吸うのも辛い。握り締める相棒がカタカタと震えていた。手汗が止まらない。背筋が凍って身体が強張ってしまう。
……どんどん熱を失っていく。
指の先まで冷たくなる。相棒を握る手に力が入らない。やはり違う作戦に――。
落ち着け! 今更、作戦変更なんて馬鹿げている!
なに、失敗しても俺が死ぬだけだ。そんなに深刻ぶる必要はない。中型ネコモドキに呆気なくぶち殺されたら何事もなくセーフルームのミラクルベッドで目覚めるだけのこと。今回の経験や失敗は次の探索に活かせば良い。
結局それだけの話なのだ。
「…………ッ」
ふざけんなっ! 嫌に決まってんだろうがっ!
何で俺が殺されなきゃならないんだ。一撃だって食らうもんかよ。死ぬのはあいつで生きるのは俺だ! 絶対に殺せ。絶対に生きろ!
怒りで体中の血肉が熱くなり、フツフツと沸騰していく。
ただ、肉体はともかく精神状態はずっとこのままでいるわけにもいかない。冷静な自分が呼吸を整えろと指示を出す。
「……ふぅ……ふぅ」
俺は深呼吸を繰り返しながらゆっくりと落ち着きを取り戻した。
そして怒りという感情の便利さを痛感した。モヤモヤしたものが一瞬で全て吹き飛んだ上に、激発した感情は酷くあっけなく冷めてしまった。瓦礫の山を爆弾で全て吹き飛ばして更地にしたような感覚だ。
賢者タイムに近い。
いいな、今の状態は凄く良い。
頭の中はとても冷静なのに全身が熱く、力が漲っている。なるほど、これが肉体に喝を入れた状態なのかもしれない。血湧き肉躍るとはまさにこれだ。
これならいける。意を決して、俺はヤツの前に姿を曝け出した。
作戦開始だ!
中型ネコモドキはまだ俺の姿を捉えていない。
こちらを振り向いた瞬間に全力で走る。その予定だったがちっともこちらを見てくれない。なので俺は軽く宙に跳ねた。トン、トンッとすぐさま動けるような予備動作だ。もはや肉体の痛みなどまるで感じない。
ついでに、わざとらしく相棒でカツカツと地面を叩いた。
ふっ……とこちらを振り向いた中型ネコモドキと目があった。威圧感がヤバい。殺意がここまで届くとは、どんだけ俺のことをぶち殺したいんだろうか。
「……ガァアアアッ!」
遠くからご挨拶どうも有難う。ではさようなら。
俺は走らなかった。ステップを刻むように跳ねた。1ステップ、2ステップ、3ステップでT字路に到達し、そのまま横にトンッと跳ねて角を曲がる。
着地点でギュッと足先に力を込めてクイックターンを決めた。
……ガッ! ……ガリッ!!
ヤツが既にT字路に到達したことを耳と気配で把握する。……俺は右足を前に出して左足を半歩下げた。足音を鳴らすような馬鹿なマネはしない。
「……がぅ?」
通路に俺の姿がなくて困惑しているはずだ。……左手に握る相棒をグッと引き絞る。右手のツインホーンもしっかりと握りしめ、突進・相棒突きの邪魔にならないように脇で構えた。
「……ガァッ!」
北の通路に設置した誘引物を見つけたな。……左右の爪先を立たせてふくらはぎと太ももにグッと力を込める。もう痛みとアクセサリーを気にする段階はとっくに通り過ぎている。
……ガリガリッ。
助走をつけるために構えたな。……軽く前後に身体を揺らしてリズムを取る。あとは相棒を真っ直ぐに突き出せば良い。たったそれだけでこの作戦は終わる。素敵だ。
ガッ……第一歩目……3。
ガリッ……第二歩目……2。
ガッ!! ……中型ネコモドキが中空に跳ねる姿を幻視した……1。
――今だ。
まだヤツの姿は見えていない。だが俺は既に飛び跳ねていた。
極限まで集中すると周囲の動きがスローになるとはよく聞く話だ。自分がそんな体験をするなんて思ってもみなかった。思考が明瞭すぎて逆に困る。そういえばさっきの激発は助かったな。これも精神力の高さがモノを言ったのだろうか。
だったら初めから不安だとか、緊張だとかも感じないようにして欲しい。そうなったらそうなったでちょっと怖い。俺が俺じゃなくなるみたいだよな。
いや、精神力の高さは『本来の俺』の状態でいられることを数値化しているのかもしれない。だから不安にもなるし、悩むし、緊張もする。それでも立ち直れたのは俺自身が強い意志を持ってどうにかしたいと奮起したからだ。
……そうだとしたら少しうれしいな。
頭の中で色んな思考がごちゃごちゃと流れているのに、身体は勝手に動いている。
まずは大きな前足が見えた。
間近で見ると、爪の長さが異常だ。こんなモノが生き物に備わって良いわけがない。次に牙を剥いたヤツの横顔が続く。ヤツは横目で俺の姿を捉えた。目を見開き、顔をこちらに向けようとするが……もう遅い。
俺が突き出した相棒の先端はゆっくりと吸い込まれるように中型ネコモドキの側頭部へと至った。
――直後、相棒に衝撃が伝わる。ゴガっと鈍い音が遅れて鳴った。
「ぷはっ! ハァッ……ハァッ」
同時に俺は息を吐いた。もしかして今まで呼吸をしていなかったのだろうか。自分でも気づいていなかった。酸素を求めるように息が荒くなる。だが、まだだ。まだ集中を切らすな。ヤツが死んだかどうかを確認するまでは安心できない。
タイミングは完璧だった。まず間違いなく最高の<突進・相棒突き>を決めた。
結果は!? 効いたのか。効いてないのか。
中型ネコモドキは跳ねた勢いのままズサッと地面に転げ落ちた。受け身を取れていない。ヤツの意識がぶっ飛んでることは明白だ。……いや、まだだ。力なく倒れ伏しているが、ピクピクと前足や顔を痙攣させている。
まだ死んでいない。
「殺せっ! トドメだ!」
俺は自分に命令を下し、右手に握るツインホーンを強く握りしめて飛びつくように襲いかかった。中型ネコモドキの胴体、特に心臓があると思われる場所を何度も何度もツインホーンで貫いた。次に首元のあたりも重点的にこれでもかと言うほどに俺は刺し続ける。
意識が飛んだ気がした。
「ねぇ、シズクっ。そいつはもう死んでるから大丈夫だよ?」
カレンにそう制止されるまで俺は中型ネコモドキを殺し続けていた。俺は力が抜けて中型ネコモドキの遺体に寄り添うように崩れ落ちた。
「……ハァ……ハァ……。……ふぅ……ふぅ」
モドキを殺すときは無心に限る。何も考えたくない。正直、周囲の警戒も忘れていた。一気に体力と気力を持っていかれた感がある。そのまま無気力状態で通路の壁を見つめていると。
「…………」
いつの間にか傍らにあった中型ネコモドキの遺体が消えていた。そのかわりとして中型ネコモドキのドロップ品と思わしきものが転がっている。俺はホッと胸をなでおろした。流石に遺体を抱え込まなくても良い仕様だったらしい。
たぶん遺体のすぐそばに佇んでいるだけで、ドロップ判定が行われるんだろうな。ドロップ率は比較的高い。カレンの大盤振る舞いと言ってもいいかもしれない。次回の探索では袋の持ち込みを頼んでみようか。いや、流石にダメそうだ。包帯すら駄目だもんな。
中型ネコモドキのドロップ品はノーマルの上位互換だった。仮にアイアンクローとでも呼称しようか。ノーマルが落としたのは指に嵌めるタイプだが、これは籠手のように腕と手首に装着するタイプだ。
素材が鉄かどうかはわからない。しかし見るからに殺傷力が高そうである。生き物の爪にくっついてて良いもんじゃないだろ、これは。
4本の鋭く長い鉤爪が手の甲のあたりからニョキっと飛び出ている。格ゲーによくいる爪使いになれそうだ。右手にも左手にも装着できるなんて有能過ぎる。指に自由があるので何かを持つことも、握ることも可能だった。
一通り確かめ終わると、俺はまた虚空を眺めた。
「…………」
……帰ろう。
疲れた。歩くのもダルい。北に設置した誘引物を回収する作業もしたくなかった。けれど、流石にそれはないだろうと自分の精神と肉体に喝を入れる。上着を包み代わりにして荷物を雑にまとめあげた。それを落ちないようにしっかりと腰の辺りで縛っておく。
壁に手を添えてゆっくりとセーフルームへ向かった。
尋常ではない消耗だ。エネルギーが足りない。何かを食べたくて仕方がない。眠たい。地べたに座り込みたい。くそっ……こんなところで朦朧状態なんてゴメンだ。なぜなら、あと三匹は必ず相手をしなくてはならないからだ。
ここまで来て死ぬなんてのは無しだ。
「ガルルっ」「ガルァっ」「……アウ?」
例によってセーフルーム直前のL字から現れた三匹組。
「……ぶち殺すぞ、お前ら」
俺は悪態をついて睨みつけた。
何度でも言うが怒りってのは本当に便利だ。思ったことを言うだけで精神状態がクリアになる。身体の動きはまだ鈍くても意識だけは鮮明になった。とりあえず相棒を捨てた。もう突く気力もわかない。2体のイヌモドキが俺に向かってくるのがわかる。
まず、一匹目は右手に装着済みの籠手をそのまま食わせてやろう。もちろん爪の向きを調整することだけは忘れない。腕を振るう力はないが、足の踏ん張りだけは身体を支える力として最後まで残しておかなければならない。
左手にツインホーンを握り、首元を狙ってきたイヌモドキの口の中に俺の手首ごと突っ込んでやった。左手首が牙によって千切れそうになるが耐えるまでもなく想定の範囲内だ。
自らの突進力と咬合力で死ね。
「…………」「……アウ?」
また、1対1になってしまった。
こいつには背を向けることはできない。常に困惑イヌモドキを睨みつけたまま、のそのそと前進する。困惑顔はL字の角に引っ込み、そこですれ違う形になった。俺はなけなしの力を振るって困惑イヌモドキを追い払う。
……殺意が籠もっていない瞳はどうも苦手だ。
セーフルーム前にたどり着くと扉が自動で開かれた。部屋の中で嬉しくてたまらないといった表情を浮かべているカレンを見て、俺も笑みを浮かべた。そして左頬がえぐれていることに気づいて、ようやく痛みを思い出した。
「おかえり、シズクっ」
「……ただいま」
そんなわけで、俺は死なずにセーフルームへと帰還を果たした。疲れた。もう寝たい。カレンとお喋りを交わす余裕もなく、俺は真っ直ぐにミラクルベッドへと向かった。
今回の探索結果
* * * * * * ス テ ー タ ス * * * * * *
名前:中ノ森シズク 性別:男 年齢:19
パラメータ(アスリート:10 達人:15 超人:20)
生命力= 10 → 12(探索後)
魔法力= 0 → 0
耐久力= 10 → 11
筋 力= 8 → 8
器用さ= 8 → 8
敏捷性= 8 → 9
知 力= 8 → 9
精神力= 11 → 13
スキル:<耐える> <突進・相棒突き> <ステップ>
<休息> <激発>
探索回数:24 死亡回数:16 獲得経験値:376
* * * * * * ス テ ー タ ス * * * * * *
獲得経験値 376=92+265+19
討伐経験値 計92
討伐数×経験値
中型ネコモドキ:1×10=10
ウサギモドキ: 3× 4=12
イヌモドキ :10× 3=30
ネコモドキ :20× 2=40
ネズミモドキ: 0× 1= 0
探索経験値 計265=40+120+105
取得物・短棒:5
要警戒歩行:5
方針転換:5
愚行探索:5
負傷戦闘:5
創意工夫:5
潜伏観察:5
オーバーワーク:5 小計40
ネコ部屋発見:10
南エリア発見:10
ウサギモドキ発見:10
初めてのドロップ:10
マス目マッピング:10
死体活用:10
負傷強歩:10
応急処置:10
完全休息:10
トラップ:10
作戦実行:10
完全不意打ち:10 小計120
戦利品を持って帰還:30=5×6個
積極的かつ果敢な戦闘:15
中型ネコモドキ初見撃破:30
探索時間最長記録更新:15
探索を終えてセーフルームに帰還:15 小計105
スキル名:<休息>
生命力10 精神力10 耐久力10
(知 力10 器用さ10 筋 力10)
アクティブ&パッシブ:時間経過によって効果変動
生命力:休息時、負傷箇所の治癒力向上
精神力:休息時、精神的疲労の軽減
耐久力:休息時、負傷箇所の悪化抑制
(筋 力:休息時、スタミナ回復力向上)
(器用さ:休息時、周囲の警戒力向上)
(知 力:他の項目に補正効果)
スキル名:<耐える>
生命力10 精神力10 耐久力10
アクティブ
精神力:ダメージを受けながらでも、冷静な反撃が可能。
生命力:負傷時、肉体機能を損なわない行動が可能。
耐久力:肉体硬化、ダメージ軽減
パッシブ
精神力:軽度の負傷を気にせずに行動が可能。
生命力:負傷時、肉体機能の維持。
耐久力:負傷時、傷口の悪化及び負担の軽減
スキル名:<激発>
精神力10 生命力10
(筋 力10 瞬発力10)
アクティブ
精神力:精神的混乱を収拾する。激昂からの賢者タイム。
生命力:全身の肉体機能が活性化
(筋 力:筋力強化)
(瞬発力:瞬発力強化)
パッシブ……使用後、一定時間。賢者タイムとは別効果。
精神力:敵意や殺意を抱きやすい。攻撃的。高揚感。
生命力:体力が著しく消耗する。集中力の低下。
(筋 力:肉体の消耗が激しい)
(瞬発力:肉体の消耗が激しい)




