017:フィッシング・フェイクキャット・キル
ここはサバンナじゃねえんだぞ? どうなってんだカレンさんよぉ!
姿形そのものはノーマル型と大して変わらない。あらゆるネコ系の種族を合成して平均化したような姿は中型のネコモドキも同じようだ。だが絶対的に体格が異なっている。ノーマルの2倍、いや3倍近くは巨大に見えた。
ガッシリとした骨格と筋肉、それを包み込む毛並みは滑らかで気品すらあった。太くて大きな四肢にはそれに見合った大爪が備わっている。ライオンや虎、チーターなんかが霞んで見えるほどだ。
外見はあくまでもネコモドキだ。日本で見かける一般的なネコがそのまま巨体化していると表現してもいい。それ故に異質さがヤバい。ムキムキマッチョなネコとかマジ勘弁してくれ。
……ガリガリ……ガリガリ。
ヤツが身じろぐ度にそんな音が鳴った。ご立派すぎる鋭爪は普通のネコと違って収納できない仕様らしい。寝そべっている状態でこれだ。歩行したり走ったりすればかなり騒がしい足音を立てるだろうな。
それにしてもかなり離れた位置の物陰から観察しているのにここまで爪研ぎの音が聞こえてくるとは……。うちのアパートでは絶対に飼えないな。家具や床がボロボロにされそうだし。ま、ペット禁止だけどな。
でもまあ、あの爪は奴の長所であり短所でもあるとも言えそうだ。
ネコは本来、爪を引っ込めることで忍び足ができる。獲物に足音を気づかれないようにする機能だ。ネコの狩猟は待ち伏せ型と何かの番組で聞いたことがある。もしネコモドキがその特性を引き継いでいたらかなり厄介なことになっていたな。
そう考えると、攻撃力あげあげの仕様は逆に良かったかもしれない。
ノーマル型はもはやステータスのゴリ押しで何とかなるにしても、あの巨体で隠密行動を取られたら無理ゲーとしか思えない。今のところモドキからの不意打ちが無く、こちらが先手を取れるからこそなんとかなっているのが現状だ。
俺が一撃で殺すか。一撃で殺されるか。
中型ネコモドキとまともに戦うことを想定するなら必然的にこのような結果になりそうである。となると、相手の攻撃パターンをあらかじめ想定しておく必要がありそうだ。
「…………」
予測できる攻撃パターンは4つあたりか。
1.大爪による引っ掻き
2.前足と大爪による捕捉と体重を乗せた伸し掛かり
3.咬み付き
4.巨体を活かした体当たり
一番の強みである鋭爪による引っ掻き攻撃は要注意だ。前足が大きい上に爪自体も長いのでリーチがとても広い。上段からの振り下ろしや左右からの横薙ぎを上手く躱しきれるイメージがこれっぽっちも湧かなかった。
……ホントどうしよう。
そもそもの話、引っ掻かれる以前にあの両爪でガッシリと肉体を掴まれたら俺はどうすればいいんだ? それだけでも爪が身体に食い込んで相当の深手を負わされるだろうな。伸し掛かられるのも危険だ。一度マウントを取られたら脱出方法が全然思い浮かばない。
一度でも押さえつけられたら、死は免れないと考えるべきだろう。より正確に言うならば後手に回ったら死ぬ。ターン制バトルなど問題外だ。
ノーマルモドキの攻撃には大分慣れてきたと自負している。
しかし、あの中型ネコモドキの突進を真正面から受け止めることができるのだろうか。冷静にカウンターを決める自信は皆無だ。そもそも質量の違いによって正面からぶつかれば弾き飛ばされてしまうかもしれない。全身の骨がバッキバキに折れそうだな。
そんなわけで、中型ネコモドキと真正面からまともに戦うという選択肢は俺の中から削除された。
「……ッ」
思わずため息がこぼれそうになったが、腹に力を込めてそれを収める。
俺が取るべき戦法は2つだ。
一つ、どうにかして不意打ちを突いて一撃で殺す。
二つ、中型ネコモドキをあの場所から遠くに誘い出し、直接戦闘を避けてその間にセーフルームへ逃げ込む。
逃げるという選択肢はいつだって用意されている。ただ、普通に逃げたところで肉体能力の差によって追いつかれるだけだ。逃げるにしても何か一工夫することが必要不可欠となる。
だからこその不意打ちだ。
こちらの足が怪我をしているのならば、相手にも同様の怪我をさせる。条件がイーブンであるならば逃走成功の確率はグンと上がるはずだ。元々のステータスや種族値がイーブンでないことは箱の中にそっと仕舞っておこう。
絶対に一撃で殺す気持ちで挑み、致命傷を与えられなければ逃げる。追撃で殺せそうであればとどめを刺せばいい。その判断はそのときの状況、中型ネコモドキの眼光と動き方、負傷具合を見て決断するしかない。
「……ふぅ」
あいつはあの場所から絶対に動かないのだろうか?
どちらにしても中型ネコモドキがあのT字路から動くか否かが重要な鍵となる。まずはそれを確かめなければならない。中央エリアのマッピングは完全に頭の中に入っている。
ダンジョンの構造を利用してヤツの行動パターンの把握に努めよう。
まずは音で釣れるかを試してみる。
単純に相棒で地面をカンカンと叩いた。中央エリアなのでノーマルモドキは単独行動が多い。仮にノーマル型がこの音に引き寄せられたとしても速攻で殺せばいいだけだ。
俺は音を鳴らしてすぐに南側にあるL字型の通路の影に引っ込んだ。音を鳴らした場所は少し進んだ先のT字路(←↑)だ。T字路の左矢印が中型ネコモドキの場所へと続いている。
俺は耳を澄ませて集中した。中型もそうだが、ノーマル型の足音も同時に警戒しなければならない。片方の耳が残ってほんとに良かったよ。
「…………」
特徴のある足音は聞こえてこない。
チラりとT字路を覗き込んでもモドキの姿はなかった。俺は音を鳴らしたT字路に戻って中型モドキの様子を窺う。まったく動く気配がない。音ではダメなのか? 俺はもう一度その場で相棒を強く地面に打ち付けて音を放った。
今度はL字通路に引っ込まず、T字路の物陰に隠れてそのまま様子を窺った。中型ネコモドキは耳をピクっと動かしただけで寝そべったままだった。
「…………」
しばらく見続けてもやはり動かない。音ではダメか。いや、相棒ではダメなのかもしれない。正直やりたくはないが、仕方がない。
「がああああっ!! 掛かってこいや! このニセヌコがぁっ!」
俺は怒鳴り散らしてすぐさまL字通路に引っ込んだ。そして更にもう一つ進んでT字路の角に身体を預けた。そして耳を済ませる。
……ガリっ……ガリっ……ガッ!……ガッ!……ガッ!!
「…………」
……来たぁー。
「グァァッ!! ……ガウ?」
L字の奥からモドキの気配を感じる。
ガリガリと爪を地面へ擦り付けるような音が通路に響きわたる。まだこっちに来るなよ? もうちょっと検証させてくれ。ツインホーンを握る右手につい力が籠もった。
……まだ来るな……まだ来るな。
「……がぅー」
中型ネコモドキのしょんぼりとした鳴き声が俺の耳に届いた。
ガリッ……ガッ!!……ガッ!……ガリッ……ガっ……っ……。
そして少しずつガリガリ音が遠ざかっていくのがわかる。
「フシャァッ!」
背後から1体のネコモドキの唸り声が聞こえた。……チッ、やはりノーマル型も寄って来たか。1体だけなのがせめてもの救いだ。殺してやるから掛かってこい。
モドキの習性で唯一助かっているのは、こちらの姿を認識すると挨拶を交わしてくれるところだ。不意打ちはしない。そんな心意気をモドキから感じる。俺はするけどな。
やはりと言うべきか、単独時のネコモドキは比較的行動が読みやすい。冷静に対処すれば、どこを狙ってくるかはネコモドキの目や顔の向き、前足の位置を見れば大体わかるようになった。我ながら凄いと思う。
不慮の事態は起こらず、相棒によるカウンターが見事に決まった。
顔を狙ってきたネコモドキの喉元を真正面から突き殺した。今までの俺なら地べたに転がっているネコモドキの死体は放置一択だったが、俺は嫌々ながらもそれを抱きかかえた。
死んだネコモドキは、お猫様の遺体にしか見えない。全力で目を反らしたいが、俺は死体を見つめ続けた。まだ生暖かい……あまり考えないようにしよう。無心で抱え続ける。
数秒後にネコモドキの死体が消え去った。同時に、ポンッとドロップ品が俺の手に収まる。
「…………」
ネコモドキの爪だ。4本の鉤爪が連なっていて手の指に装着できるようになっている。4本爪のくっついたメリケンサックが一番近い表現だ。カレンさんはこれを使って俺にモドキと殴り合いをしろとでも言いたいのだろうか。
……嫌だっての。
それにしても文字通りポンポンとドロップするな。ここに来るまでに相手をしたネコモドキとイヌモドキの混成部隊からも俺はしっかりドロップ品を回収していた。
ぶちのめした後、遺体を無理やり抱えたおかげである。思い出したくもない感触だった。
イヌモドキは足に装着するタイプの牙だが、今のところ用無しだ。
取得していたメリケンサックは既に右手に嵌めているので、余った方を袖の端を結んで作った簡易袋にしまう。ツインホーンが若干持ちにくくなるが、無手でいるよりはマシだろうという判断だ。流石に相棒を握る左手は、握りやすさを優先して何も付けていない。
さて、だいぶ時間は経ったように思える。中型ネコモドキは定位置に戻っただろうか。俺はL字路を通ってT字路の物陰から中型ネコモドキの様子を窺った。
……いた。やはりそこで待ち構えるのが当然とばかりに居座っている。
結論から言えば、釣りはできそうだ。ただ、もう一つだけ確認しておきたいことがある。
「…………」
音だけではなく物に反応するかも知っておきたい。なので俺はおもむろに上着を脱いだ。そして中型ネコモドキが通路の向こう側に首をかしげたのを見計らってスポーツウェアの上着を放り投げた。
あとはL字路の影まで撤退だ。数十秒後に成功か否かがわかる。
……ガっ……ガっ……ガリッ!……ガッ!……ガッ!!
「……がう?」
ガリガリッ……ガッ!!……ガッ!……ガリッ!……ガっ……っ。
俺は確信した。これはイケる。
まず一つわかることは、元の位置まで走ってでも素早く戻っているという事実だ。つまり、中型ネコモドキはあのセーフルームに直結しているT字路からそんなに離れたくないことが透けて見える。なので、いくら音や物で釣れるとしても無制限に何処までも誘引できるとは思えなかった。
つまり、遠くに誘導してから逃げるという選択は消えた。まず間違いなく追いつかれる。不意打ちで一度でも中型ネコモドキに一撃を与えない限り、俺がセーフルームへ戻ることは不可能だ。
では、どうやって不意打ちを与えるか。それが肝心である。
そして、俺が考えた作戦はこれだ。
作戦名:『フィッシング・フェイクキャット・キル』
略してFFKだ。うん、何でも横文字にして略せばいいってもんじゃないな。本作戦は文字通りネコモドキを釣って殺す。それだけだ
まずは現在地点を確認しよう。
中央エリア付近のセーフルームからやや北東の位置に俺はいる。
第一に俺の姿で釣る。今いるT字路に俺が姿を見せることで中型ネコモドキを引き寄せる。来なかったら大声を出す。そして俺はすぐさま北へ直進し、先に進むともう一つのT字路があるので右に曲がってクイックターンだ。
その場で俺は息を潜めて相棒又はツインホーンを構えて攻撃に備える。
北方向には中型ネコモドキを誘引する物をあらかじめ置いておく。それに釣られて眼の前を通り過ぎる中型ネコモドキを狙って不意打ちを突く。殺せれば良し。殺せなかったら逃げる。回避されたら……相打ち狙いでワンチャンスってところか。
完璧だなっ! ……いや、不安しかない。
2回目の誘引に引っかかってくれるかどうかがどうしても未知数だ。自分で中型ネコモドキはセーフルームから大きく離れないと推測しているのにこの始末だ。よほど魅力的な誘引物でなければ2回目は動いてくれない気がする。
上着は既に回収済みだ。中型ネコモドキは俺の上着を持ち帰ることもせずにそのまま放置したらしい。もしかしたら上着ではもう誘引できなくなったかもしれないな。いや、それは早計だな。
そうだ、別に出し惜しみする必要はないな。いっそのこと全部使えばいい。
血まみれの運動シューズ、血まみれの靴下、ドロップ品、包帯代わり改め簡易袋の両袖、もちろんこれも血まみれだ。さらに血まみれになった破けたズボン、血まみれのサポーター、血まみれのリストバンド。あと短棒ってところか。
……よく失血死してないな、俺。
もしかしたら2回目以降に興味を示さなくなるかもしれないと思うと何度も実験できないのが辛いな。
念のため、遠回りするように北側へ移動する。そして誘引物をあらかた目立つように設置して作戦開始位置まで向かった。
「…………ふぅ」
この作戦が本当に正しいのか。成功するかどうかもわからない。
ただ、今の俺にはこれしかない。これが精一杯だ。
……必ず、殺す。
ただそのことだけを考えて俺は一撃を放つだけだ。




