015:……ふ……ふふっ
一番最初に俺の存在に気づいたウサギモドキをAとする。そいつは異様にでかい前足をダンっと強く地面に叩きつけた。すると他のウサギモドキB、Cは瞬時に周囲を警戒しあっさりと俺を視界に捉えた。
「ブーブーッ」「プープーッ」「キュイキュイッ」
3体のウサギモドキは鼻をヒクヒクと鳴らして俺を威嚇している。顔の横側についている真っ赤な瞳を真正面に向けて俺に敵意と殺意を送ってきた。ウサギモドキの怒り顔を正面から見ると凄く怖い。あと、頭にオプションで付いているニ本角はいったい何の冗談なのだろうか。
カレン、一般的なウサギには二本の角なんて付いてないよ?
俺は動くべきか身構えるべきか……素直に迷った。基本的に俺は待ちの姿勢でカウンター突きを食らわせるのが好きだ。自分が動き回るのは疲れる。最小限の動きで何とか切り抜けたい。そんな気持ちの表れが俺の戦闘スタイルに出ていた。
イヌモドキは例外に近い。あいつらは立ち止まって待っていたら死ぬ。ネコモドキは半々だ。待ちが有効的な場面もあれば突進するスタイルが効果的な場面もあった。
ウサギモドキにはどういった戦い方をするのが最適か。今はそれを見極めるときだ。いつでも身体を動かせるよう無駄にリキまずウサギモドキの様子を窺う。
お互い睨みあったまま動かない。
なぜ動かない。俺がいる場所か? 俺はまだ広間に入っていない。通路内に突っ立っている状態だ。広間でしか戦いたくないのか。それとも俺が背を向けて逃げ出すのを待っているのか。
「…………」
俺はまだ、動かない。左手に相棒を、右手に短棒を握りしめ、俺はひたすらにウサギモドキが動くのを待った。モドキが同時に動いた場合は基本的に突進が有効だ。時間差がある場合はいなしてからの突きが良い。
「ブーブーッ」
痺れを切らしたのは最初に俺を感知したウサギモドキAだった。ウサギモドキAはその場でピョンっピョンっと跳ねたかと思うと姿を消した。他のウサギモドキは相変わらずこちらを睨んでいる。
「――は?」
俺は困惑し、思わず疑問符が口から零れた。次の瞬間、ウサギモドキAは再び俺の前に現れていた。その距離は既に1マス分もない。俺は反射的に相棒を縦に、短棒を横にして胸の前に十字で構えた。
ウサギモドキAの姿が再度ブレる。
「うをぉっ!」
左手と右手に強い衝撃を受けた。
押し込まれないように精一杯足を踏ん張る。俺の心臓を一直線に狙ったウサギモドキAの双角による攻撃。相棒がいなければ即死だった。相棒は双角の間に挟まって見事にウサギモドキAの突進を受け止めている。
ウサギモドキAの怒り狂った眼光と目があった。
どうすればそんな殺意を宿すことができるのか。俺に何か恨みでもあるのか。俺はとっさに相棒と短棒を手放してウサギモドキの双角をそれぞれ掴んだ。そして思い切り通路の壁面に叩きつける。
「ギェッ」
ウサギモドキAの鼻から悲鳴が漏れた。しかし、その目は死んでいない。未だに俺を睨みつけている。俺がもう一発壁にぶつけようと振り上げたその時――。
「……グァッ!?」
二本の角が根本まで俺の右太ももにのめり込んでいる。耐えろ。俺はソレを無視してもう一度ウサギモドキAを壁に叩きつけた。その間も太ももに刺さったウサギモドキは暴れ狂い傷口に追加のダメージを与えてくる。
「ヤメッろやっ! クソがっ」
既に事切れているウサギモドキAの頭を掴んで双角を太ももに刺さっているウサギモドキの胴体にぶっ刺した。太もものウサギモドキは即死だ。刺したときの衝撃によって太もも内部がズキンと痛んだ。……痛い。まだ立っていられることから大腿骨は折れていないはずである。
ウサギモドキ2体分の重さが加わり太ももに刺さっている双角がぐぃッと動く。「……うグっ」傷口が広がるもウサギモドキの死体は落ちなかった。おそらく2本とも太ももの裏まで貫通していると思われた。それか痛みを耐えるために太ももにギュッと力を込め続けているせいかもしれない。
「……あと……1体は」
広間に視線を散らしてもう1体のウサギモドキの姿を探し――顔面! 避けろ! 上半身を無理矢理にねじりつつ顔も全力で右に反らした。しかし。
「あがっ!」
俺の左頬が双角の一本によってえぐれた。左耳も千切れ飛んでいる。……痛いなんてもんじゃない。苦しい。勝手に涙が流れた。涙が頬の傷に染み込んで痛みを倍加させる。口の中に血が溢れていく。
「じねっ、ぐぞが」
無心となってウサギモドキAの双角を死体から引き抜いた。
ウサギモドキAの首を掴み、すぐさま振り返る。そこには既に体勢を整えてこちらに跳ぶ気満々のウサギモドキがいた。鋭い眼光で俺を睨みつけている。ヤツの目を見るまでもない。こいつの狙いは俺の顔面だ。
心臓を狙うかもしれないじゃないか。チラッとそんな思考が流れたが、既に俺の身体は勝手に動いていた。
咄嗟にウサギモドキAを眼前に突き出した。ほぼ同時にウサギモドキAの胴体は双角に貫かれ血しぶきをあげる。選手交代だ。俺はウサギモドキAを手放し、ウサギモドキの足首を掴んだ。バカが付くほど大きい足だ。これなら瞬発力の高さも理解できる。
俺は力任せに振り回して通路の壁にウサギモドキを顔面から叩きつけた。うめき声を上げさせる暇もなく連続で叩きつける。4回以上繰り返してようやく俺は我に返った。ウサギモドキの顔は完全に押し潰れて見る影もない。
「……痛い……痛いよ、ぐぞっ」
泣きたくもないのに涙はどんどん流れ落ちていく。耐えろ。頬と耳から伝って口の中に入ってくる血を吐き出して俺は大きく息を整えた。
「……ふぅ……ふぅ」
顔の左側の感覚がよくわからないまま、広間を見渡した。モドキの姿はない。すぐさま後ろを振り返った。血しぶきが飛んで通路の壁を赤く染める。通路にも、その先の広間にもモドキがいるような気配は感じられなかった。
いや、左耳が機能していないせいでわからなかった可能性もある。自分の両目と右耳を信じてもう一度確かめた。……いない。よかった。
俺はウサギモドキを投げ捨てて相棒と短棒を拾い上げようとした。しかし、ふとウサギモドキを捨てるのがもったいないような気がした。ウサギモドキの双角による攻撃力は魅力的だった。今まで一度たりともモドキの死体を武器として利用しようという気にはならなかったが……。
……どうにかして剥ぎ取れないかな。
そんな気持ちで支配される。でも、確かモドキの死体は時間経過で消えるはず。そう思ったのだが。
「……だじが、ゴホッ……確か」
死体を通路に放置していた場合しか見ていない。死体をこの手に持ち続けてどうなるかは試していない。動物の死体を弄んだり、手に持って振り回したりして遊んで喜ぶ性癖など持ち合わせていない。
……でも、試す価値はあった。
俺はまず右腕の裾に短棒を収めた。カレンから貰ったリストバンドである程度動かないように固定する。短棒を右腕に装着する形だ。もちろん、モドキの攻撃をいなすためでも攻撃するためでもなかった。純粋に持ち運ぶために固定している。
そして相棒を右手に、ウサギモドキの死体を左手に持ってセーフルームに戻ろうと一歩足を踏み出したとき。
「……うグッ……わすれてた」
俺の右足の太ももにはまだウサギモドキの死体がぶっ刺さったままだった。
俺がウサギモドキの死体を太ももから引き抜くか引き抜かないかで迷っていると。
「引き抜かない方が良いよ、シズク。失血死しちゃうからね」
カレンから有り難い助言を頂いた。とは言ってもこのままでは歩き辛い。だが、カレンの助言を無視するのもどうかと思った俺は結局、耐えることにした。
一歩、足を踏み出す度にポタリ、ポタリと血潮が垂れる。
……痛い。けど痛い程度なら問題はない。つらかった。どうして俺の左耳がないのだろう。どうして俺の左頬がえぐれているのか。どうして俺の太ももにはウサギモドキの死体がぶっ刺さっているのか。
そう考えるだけで胸が張り裂けそうになる。そして笑えてくる。
けれど、辛いのは今だけだ。時間が経てばどうでもよくなる。これは経験談だ。痛みは続くがそれだけだ。血も勝手に流れ出ていくが、それだけだった。右腕が千切れかけたときも最初は泣き叫んだが、歩き続けると関心がなくなる。
そういうものだった。
右手に握る相棒を松葉杖の代わりにして、左手にウサギモドキの頭を掴んでいる。モドキが襲いかかってきたらこのツインホーンで串刺しにしてやる。
そう息巻いていると、ウサギモドキの死体がふっと消え去った。
「…………」
つい無言になった俺だが、次の瞬間に目を見開いた。いつの間にか俺の左手には二つの角が連なったウサギモドキの頭蓋骨があった。そして俺の太ももにも双角が刺さったまま残されている。どうやらこれがドロップ品ということらしい。
「……ふ……ふふっ」
こんなに痛い目にあっているのに、心底ゲームっぽいなという感想が浮かんだ。やはりカレンはちゃんとドロップ品を用意してくれていたらしい。つまり俺は今までドロップ品を放棄していたというわけか。
……うん、あんまり後悔はしていない。
それ以上に死体と関わるのは本当に嫌だった。正直、まだ忌避感が残っている。でも、これからはそういうわけにもいかないだろうな。……俺が本気でダンジョンを踏破するつもりなら。




