014:本当に俺の頭は……
決断を下す前に俺はもう一度セーフルームと小空間との位置関係を頭の中で思い浮かべた。いま、俺の頭の中には南北をY軸、東西をX軸、セーフルームを中心点としたマス目状のマップが浮かんでいる。
1マスは通路の幅を基準としてある。通路の幅はだいたい相棒5本分の長さだ。
北に進めば1プラス、南に進めば1マイナス。
そんな具合に俺は現在位置の数値を常に頭の片隅においてダンジョンを探索している。この小空間は南北軸プラスマイナスゼロ地点。つまり、この小空間はセーフルームから真っ直ぐ東の位置にあるというわけだ。
そこまで考えてある事実に気づいた。
「……てことは」
俺は急いで小空間の南側にある通路を覗き込んだ。短めの通路の先にはこの小空間よりも更に広い空間が存在している。その更に奥側の領域に視線を凝らすと南方面へと続く通路口を見つけることができた。
「……確定だ。やっぱり南エリアはあったな」
南側へと繋がるルートが最東端(or最西端)にあると予測して行動し、そして実際にあった。この事実に俺は興奮と喜びを隠せない。思わず相棒を握りしめる拳に力が入った。この何とも言えない高揚感が癖になりそうだ。
となると、この点も踏まえてどうするか決断するべきだろう。
1.南エリアを軽く覗いてみる。
2.ネコモドキを狩り続ける。
3.セーフルームへ帰還する。
俺が選んだ選択肢は……。
迷宮の短い通路を抜けると南エリアであった。俺の視界が広くなった。入ってすぐに足が止まる。
「……南エリアは本当にあったんだ! ……いや、わかってたけどさ」
何となく言ってみた。俺は淡々とした態度でダンジョンの南側の領域へと足を踏み入れる。そして、ダンジョンの構造が北側と南側とでまったく異なることを瞬時に悟った。
俺の眼前には広間と呼べるほどのゆとりある空間が広がっていた。
「……通路よりも動きのある戦闘ができそうだな。……それはモドキにも言えることか」
辺りにモドキの気配はない。今のうちにこの空間をよく観察しておこう。
先ほどいた小空間よりも更に広い空間なので、この空間を『広間』と呼称することに決めた。マス目で換算すると9マス分くらいはあるだろうか。開放感があって通路にいるより居心地がいい。
ただ、身を隠すような場所がないのが難点だった。もしモドキがふらりと歩いてきたら俺の姿が一発で見つかってしまう。通路口に隠れる程度のことはできるだろうけれど……うーん、と言ったところだ。
通路と広間、どちらの方が戦い易いのだろうか。
どちらにも利点があって、どちらにも不利な点がありそうだ。ここらへんは実際に戦ってみないと何とも言えない気がした。モドキの行動パターンが戦う場所によって変わる可能性だって考えられるし。俺も伸び伸びとした戦いができるようになるかもしれない。
戦闘に関してはひとまず置いておこう。
広間の南側と西側、それと俺が通ってきた北側に通路口が一つずつある。東側の壁はまっさらだ。通路口は壁のど真ん中にだけではなく、広間の角に位置しているものもあった。
例えば北口は壁のど真ん中に位置している。西口は北西の角に西方向へ向かう通路、南口は南東の角に南方向へ向かう通路があった。
チラリと西口の通路の奥を見通すとすぐにここと似たような『広間』と思わしき空間が広がっていた。
どうやらダンジョンの南側の領域では、通路ではなく広間による戦闘が主体となりそうな雰囲気である。長棒があればブンブン振り回せそうで便利かもしれない。左手の相棒と右手の短棒を合体できれば面白そうだ。
クイックルな棒を連想してみた。長さの調節が可能な棒というのは便利かもしれない。相棒と短棒にそういったギミックはないだろうか。そうすれば通路でも広間でも変幻自在な戦い方が……。
「……おい、もっと探索に集中しろ。……雑念は置いとけ」
疲労は少ないと思っていたが、集中力が少し途切れかけている。
もっと自分に喝を入れなければならない。広間における戦闘スタイルを考察するのは良いが、ないものねだりを空想しても仕方がない。そういった意見はセーフルームに戻ってからカレンに告げれば良い。ここで考えることではなかった。
さて、南側と西側へ向かう通路があるが、どちらの道を行くのかは最初から決めてあった。
「……よし、西だな」
できる限り中央付近に辿り着けそうなルートを俺は選んだ。
第一目標である最東端への到達が達成されたので、俺は探索目標を変更した。セーフルームの反対側、つまり南エリアの中央付近には何があるのか。俺がいま一番知りたい情報はそれである。セーフルームに繋がる裏口みたいなものがないかなという発想だ。
東エリアの小空間にあったネコ部屋(仮名)の扉を開けるギミックを探すことよりも、ダンジョンのマッピングを俺は優先した。一応、今回の探索目標は既にクリアされている。そういった要素の考察はセーフルームに戻ってから明確に次回の探索の方針として決めたほうが良いと判断した。
……であるならば、どうして俺はまだ探索を続けているのだろう。……ここはセーフルームに戻る一択な場面だと思うのに。
……なぜだ?
「……もっと探索を続けたかったから?」
それぐらいしか思い浮かばない。
もっと南側の情報が欲しかったからという思考もあったはずだ。ここで第4種のモドキに出会っておけば情報を得られるし。
ああ、あとそうだ。一つの可能性として領域踏破率が鍵となることも視野には入れてある。ネコモドキの領域と思われる東側をつぶさに踏破することがあのネコ部屋の扉を開く鍵となるかもしれないという発想だ。
けれど、その発想はおまけ程度に考えている。俺の中の明確な優先順位としては、まずダンジョン全体のマッピングを終わらせて全体マップを手に入れることが第一だ。ギミックの解決は二の次となっている。
ステータスが向上して思い思いの探索ができるようになったおかげで、俺の行動可能範囲が飛躍的に広がっている。その結果、ビギナーダンジョンは俺が最初に想定していたよりもそんなに大きくないことを把握できた。
マス目換算するとセーフルームからネコ部屋まで直線的におおよそ30マス程度だろうか。これは正確な数値ではない。正直、南北のマス目把握と歩いてきた通路を記憶するだけで俺の頭は手一杯だったので、横軸である東西のマス目計測はかなりおざなりになっていた。
それでも大まかな目安にはなるはずだ。セーフルームを中心とした60マス×60マスの正方形をダンジョンの全体像として仮定している。
もちろん、これは現時点においてはだ。
新たな情報が加われば全体像の変更を余儀なくされる。例えばもっと東へ行けるルートが見つかるかもしれないし、そもそも最端があるというのが俺の思い込みで延々と北や南の領域が続いている可能性だって考えられなくもなかった。
あらゆる可能性を網羅すれば、これらの想定はパーンっとはじけ飛ぶ。……まあ、そうなったらそのときだ。また新たな探索方針を定めれば良いだけの話ではあるが。……そもそも今それらの可能性について言及する必要はあるのか? 自分の行動が無駄骨であるとわざわざ考える意味も必要性もないはずだ。
「……少し落ち着け、俺」
知力が向上したおかげである程度の推察ができるようになったせいか、可能性と推測の物量に押しつぶされそうになる。アレもコレもと想像できてしまうせいで逆に頭の中がこんがらがってしまう。これは急激に知力が向上した弊害かもしれない。
俺は本当に知力を有効活用できているのだろうか?
俺の地頭とステータスの数値が噛み合っていないような気がする。それとも脳内マッピングが想像以上に俺の脳みそに負荷をかけているのかもしれない。今の俺は余裕があるのに余裕がない。酷くもどかしい感覚だ。
「……とにかく、今はひとつずつ事実を把握していくしかない」
現時点において最東端はあのネコ部屋だ。今のところダンジョン全体はそんなに大きくない。セーフルームに戻ろうと思えば直ぐに戻れる。優先事項はダンジョンのギミック解決よりも迷宮構造の把握だ。新しい領域である南エリアの情報がもっと欲しい。
だから、俺は南エリアを探索する。これで良いはずだ。
それに、今の俺ならセーフルームに戻ろうと思えば簡単に戻れる。この自信が探索続行を後押しした。この地点からセーフルームに戻ると決定すれば瞬時に帰還ルートを選定できる。道中に出くわすモドキのせいでルートがズレるかもしれないが容易に修正できる余裕と余力はあるつもりだ。
体力もまだまだ十分に残っている。このままダンジョンの外周をぐるっと回れそうなくらいには力があり余っている。負傷も大したことはない。既に痛みも引いている。精神的疲労は……確かにあるかもしれない。けど、やる気だけはまだ漲っている。まだやれるはずだ。
余裕があることも選択肢が多いことも、それはとても素敵で素晴らしいことである。けれど、それが逆に俺の思考をオーバーワークさせている要因かも知れない。知力があってもそれを使いこなせなければ宝の持ち腐れということなのだろうか。
本当に俺の頭は……。
「……あまり悲観するな」
そうだ。逆にもっともっと考えろ。混乱しても思考停止よりはマシだ。いや、待て! 考えるのはセーフルームに戻ってからでいいはずだ。何をごちゃごちゃと考えている! とにかく今はダンジョンの探索に集中しろ。
……気づいていないのか、さっきからずっと立ち止まったままだぞ。しかも通路のど真ん中でだ。
「……ぁ」
いつの間にか俺の足が止まっていることにようやく気づいた。
働け、俺の精神力! その数値は伊達なのか? もっと精神を研ぎ澄ませろ。ここは無駄な思考は極力さけてもっと警戒に力を注ぐべきところだ。今は新しい領域を探索しているんだぞ? 新しいモドキがいるかもしれないと推測したのは俺だ。
……落ち着け、もっと慎重になれ。
「…………ふぅー」
大きく深呼吸をした。突如襲った精神的混乱をどうにかして収めたところで俺は正気を取り戻した。これはガチでセーフルームに戻るべきかもしれない。判断を誤った。
予想以上に俺の精神は消耗しているようだった。
肉体的に問題がなかったせいで、欲が出てしまったらしい。短棒の発見、ネコ部屋の発見、南エリアの発見が相次いで冷静な判断力を失っていた。俺が今からセーフルームに戻ることを真剣に検討していると。
……待て。通路の先、広間から何かが聞こえないか?
「……ブーブーッ!」「……プープーッ!」「……キュイ?」
俺の鳴き声ではない。俺がぶーたれたわけでもない。おならでもない。つまりは、敵だ。
通路の壁に張り付くようにしてできるだけ身を隠した。音を立てないようにゆっくりと広間の入り口に近づき中の様子を窺う。
今まで遭遇してきたモドキとは違う第4種。新たなモドキの姿がそこにあった。
それはとても白いイキモノだった。
毛並みがふんわりとしていて長い耳が特徴的だ。お目々がパッチリ瞬いてお口とお鼻がとってもキュートで可愛らしい姿をしていた。敵意に満ちた眼光と鋭く尖ったニ本角がなければ思わず頭を撫でていたかもしれない。そして他のモドキと同様に一般的なソレよりも体格が一回りも大きかった。
また俺の動物愛護精神がガリガリと削られることになりそうである。
「……ウサギモドキかよ」
それはほんの小さな呟きだったはずなのに、ウサギモドキの1体は長い耳をピクリとさせて俺の方へ振り返った。ネコモドキやイヌモドキが拾えなかった俺の小さな呟きをウサギモドキは容易に聞き付けるようだ。
これは本格的に思考の口頭化問題を何とかしなければならない。




