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013:イヤッッホォオー!


 俺の考えた必殺技をカレンがせっかくスキル化してくれたので、<突進・相棒突き>とやらをさっそく実践で試してみることにした。そのためには獲物が必要である。


 俺はセーフルーム前でえっちらおっちらと柔軟体操を始めた。先ほどステータスを更新したばかりなので、しっかりと身体の調子を確かめておく。ついでに相棒の強度を再確認しておいた。


 ん、どうやら湧いたようだ。


「……グルルっ」


 前方の曲がり角から現れたイヌモドキが俺の姿を見て挨拶代わりの唸り声を上げた。最初は苦手だった眼光も慣れてしまえばどうということもない。


 むしろ出会い頭に敵意と殺意をこちらに向けてくれて助かるくらいだ。おかげで躊躇なく攻撃することができる。


 イヌモドキの姿形(すがたかたち)は現実のお犬様とほぼ変わらない。品種という枠組みを超えたイヌという種族を体現している。体格は一般的な大型犬サイズだ。


 もし現実のお犬様とイヌモドキが戦えば、まず間違いなくイヌモドキが勝つ。なぜならイヌモドキの牙と爪は一般的なお犬様よりも異常なまでに鋭く、大きいからだ。攻撃力マシマシである。


 だからこそ、中型イヌモドキの存在が末恐ろしい。


 中型イヌモドキはノーマル型のイヌモドキよりも更に二回りほど大きく、ノーマル型以上の鋭利な大爪と鋭牙を備えている。なおかつ、全体的に筋肉質で前足や後ろ足そのモノが丸太のように太かった。一撃でも喰らえば致命傷は避けられないだろう。


 正直、いくらステータスを上げたところでこんなバケモノを倒せるイメージがちっとも湧かなかった。今の段階ではまだ出会いたくない存在だ。


 そして、これらの特徴は他の全てのモドキにも共通している。


 ネコモドキもイヌモドキ同様に現実のお猫様と姿形はほぼ変わらない。品種の枠組みを超えたネコという種族を体現した姿だ。


 言うまでもなく攻撃力は高い。牙はそこまででもないが、爪がやばい。その威力は俺の右ふくらはぎを見ればいつでも確認できる。単体ならばともかく、2匹以上で現れたら絶対に気が抜けない相手だ。


 中型のネコモドキなんて想像したくもないね。


 ネズミモドキ? そんな奴もいたな。以下同文といったところだ。そんなことをつらつらと考えながら、俺はスキル<突進・相棒突き>を意識する。


 身体が勝手に動いた、とまでは言わない。


 ごく自然と身体を傾けて左足を後方へと半歩下げる。右足を前に踏み出す形で腰を落としながら左手に握る相棒を引き絞って身構えた。イヌモドキが定位置で飛び跳ねたのを冷静に確認するのと、ほぼ同時に地面を蹴る。


 迫りくるイヌモドキの軌跡を両眼で捉えた。


 あとは構えていた相棒を勢いに乗せて真っ直ぐ突き出すだけだった。


「ガフッ」


 相棒の突き刺さったイヌモドキが出来上がるかと思いきや、イヌモドキは喉元に強烈な一撃を受けたことで勢いよく一回転してから地面に転がった。


 筋力が向上したおかげか、スキルの補正で当たりどころが良かったのか。はたまたタイミング良くカウンターが決まったおかげかもしれない。


 とにかく今までの中で最高の一突きだった。


「……よし、かなり良い感じだな」


 肩慣らしのウォーミングアップを終えて、俺はダンジョンの最東端を目指して意気揚々と探索を開始した。





 中央エリアを精査マッピングしたおかげで俺の足取りは非常に軽い。自分の現在位置が感覚でわかるというのは安心感がまるで違う。今はちょうど中央エリアを出て東エリアに足を踏み入れたあたりにいる。


 ここからは微警戒ではなく要警戒が必要だ。


 目視で直線通路の前方と後方を見通し、曲がり角や十字路等が見えれば耳を澄ませてモドキ特有の足音を警戒する。自分の足音をなるべく響かせないように歩くのにもだいぶ慣れてきた。


 常に不安いっぱいでノーマルモドキにビクビクと怯えて震えていた頃がもはや遠い昔のように感じる。


 ダンジョン内の雰囲気が変わったわけではない。無音の静寂は相変わらず重苦しい。変化の乏しい画一的な通路は不穏な気配で包まれている。いつモドキどもが物陰から現れてもおかしくない。


 そんなダンジョン特有のプレッシャーは確かにある。


「……けど、やれるっ」


 心なしかダンジョンの中はいつもよりも明るく感じた。





 拍子抜け、というわけではないが思いの外あっさりとダンジョンの最東端と思わしき位置まで辿り着いた。正確には東北東のあたりに俺はいる、はずだ。この位置からさらに東へ進もうとすると北西や西方面へ誘導される。


 循環通路も多くなり、何度か同じ場所を行き来して混乱することが多々あった。さらに途中で戦闘を挟むとどうしても「あれ、どっちから来たっけ?」と困惑することになる。


 そこで、カレンには申し訳ないが貰ったリストバンドの片方を戦闘開始前に、後方へ落として目印として使っている。当然、戦闘後にはきちんと回収する。


 恐らく迷宮の外縁部にあたるこの領域だとモドキは3体編成が基本だ。


 1戦1戦が全力戦闘になる。なので連戦を避けるためにどうしても歩いてきた元の通路へと戻らざるを得ない場合が多かった。ネコモドキ3匹を同時に相手取るのは本当にしんどい。まだイヌモドキ3匹の方がマシだった。


 それを連戦するくらいならば、後方に下がった方がマシである。


 現時点においてモドキによる直撃はまだ食らってはいないものの、既に身体のあちらこちらが傷ついていた。集団で襲いかかられると、どうしても避けられない攻撃を受けてしまう。身をよじることでどうにか損傷を軽減しているがその数は多い。


 めちゃくちゃ痛くて泣きわめく程ではないけれど、チクチク、ジクジクとした痛みが身体のいたるところから生じて酷く鬱陶しい。どこの誰だ最東端を目指そうだなんて考えた奴は。


 この反省を活かして次からはもっと慎重に探索方針を選ぼう。今の俺なら断然、西を選ぶ。まあ、その時はその時で別の問題点がきっと出てくるんだろうな。


 あとそうだ。俺にとっては僥倖な話題が一つ残っていた。


 4体以上で編成しているモドキは今(・)の(・)と(・)こ(・)ろ(・)いなかった。ビギナーダンジョンの唯一の良心かもしれないな。こちらが3体編成のモドキと戦っている際に、それ以上のモドキが後から加勢するような状況も今(・)の(・)と(・)こ(・)ろ(・)確認されていない。


 つまり、3対俺対3や1対俺対3という状況にはまだ一度も遭遇していなかった。


 とにかく辛抱強く、時には退くことも覚えて連戦だけは絶対に避けた。休憩を何度も繰り返しながら少しずつゆっくりと先へ進む。自分とセーフルームの位置取りを常に頭の片隅に置きながら南東方向を意識する。


 すると。


「……お、おお?」


 今までの画一的な通路とは異なる開けた空間が前方に見えてきた。脳内マップの位置的にもそこは最東端と思われた。広めの空間は小部屋のようにも見えなくはない。


 ようやく訪れた迷宮構造の変化に俺は興奮を隠しきれなかった。


 慎重に、ゆっくりと、通路の物陰から中の様子を窺う。


「……え、あ?」


 ゆとりのある空間の中央付近に何かが落ちている。


 それはとても特徴のあるものだ。ある意味、馴染み深い代物である。それは俺が左手に握るモノと酷似していた。ただし、長さだけは異なっている。


「……た、短棒かよ。初めての落とし物が短棒ってどうなんだ? 嬉しいような、嬉しくないような。複雑な気持ちだわ」


 いや、むしろここは「短棒が落ちてる! イヤッッホォオー!」と喜ぶべきだろうか。だが、ここで喜ぶのは少し早計だったようだ。俺はさらなる驚きをもってついにソレを見つけてしまう。


「お、おお! 部屋だ! 扉があるっ! ……っと、やばい」


 驚きのあまり、つい声を荒げてしまった。


 これまでずーっと似かよった通路を延々と歩いてきたせいだ。部屋(と思われるものに続く扉)を発見しただけで俺の気分は一気に高揚した。とはいえ、すぐさま冷静さを取り戻してから前方と後方の警戒を厳にする。


 後方はL字型の曲がり角だ。ついさっき3匹編成のネコモドキを始末してきたのでしばらくは大丈夫だとは思うが、念のために振り返った。モドキの気配がないことを確認してから再び前方へと注意を戻す。


 開けた空間と見つけた扉(部屋に続くと仮定)を区別するために、開けた空間を『小空間』と呼称する。扉の先にあるものを一先ずは『部屋』と仮定しておく。扉を開けるとさらなる通路に繋がる可能性もあるが、その時はその時だ。


「……ちッ、3体編成のネコモドキが小空間の向こう側の通路からこちら側へ向かってきている。……かなり遠目だな。俺にはまだ気づいていないようだ。部屋の反対側にも通路があるけど、そっちの様子はここからでは見えない。……どうする?」


 一旦引こう。


 俺は後方の曲がり角に戻って身を隠した。しばらくすると3体編成のネコモドキは小空間に到着し、扉の向かい側にある通路の方へと消えていった。距離が十分離れた頃合いを見計らって俺は小空間へと戻ってきた。


 そして、念願だった短棒を拾ってその手に握る。


「……おおー、っと部屋のど真ん中で突っ立ってるのは流石に不味いか」


 そそくさと場所を移し、小空間の四隅の一角に身を潜めてから、拾い上げた短棒をじっくりと確かめた。


 相棒と同じく迷宮では異彩を放つ漆黒の棒だ。


 ちょうど握りやすい太さで、相棒の約半分ほどの長さだ。相棒は一般的な木刀と同じくらいの長さだと思う。木刀なんて持っていないので実際のところはよくわからないが、地面から俺の腰くらいまで届いている。大体1m前後か。


 軽すぎもせず重すぎもしない。非常に振りやすい点は相棒と変わらない。リーチが短いので相棒よりも片手で扱いやすいことだけは確かだ。


「……うーん、念願だった短棒を手に入れたのは良いけど、これだと相棒の両手持ちができなくなるな。どうしようか」


 左手に相棒を、右手に短棒を持つと、上段から頭をかち割る両手での振り下ろし攻撃ができなくなることに気づいた。右手の短棒で攻撃をいなし、左手の相棒で突く。そういう戦闘スタイルに割り切ってしまうのもありと言えばありだが……。


「……あ、そうか。馬鹿だな俺は。邪魔だと思ったら投げ捨てれば良いだけの話か」


 相棒を両手持ちにしたくなったら単に右手の短棒をそのへんに放り投げれば良い。モドキに向かって投げつけるのも有りだな。ここらへんは臨機応変に考えよう。ここに来て俺の手数と選択肢が増えた。ありがたいことである。


 それから更に短棒の具合を確かめ続ける。


 短棒を小空間の壁面にぐっと力を込めて押し付けてみた。さらに両手を使ってへし折るように力強く体重を乗せた。それでも短棒はびくともせず、短棒であり続けた。強度もそれなりにあって大変よろしい。


 いや、それなりというのは過小評価か。相棒に関してもイヌモドキの口の中に何度突っ込み、ネコモドキの頭を何度ぶっ叩いたことか。それでも今まで一度も破損したことはない。十分に優れた強度があると断言しても良いのではなかろうか。


 木刀や真剣の強度や耐久性能をよく知らないので比較できないのが困りどころだ。


「……一番気になるのは中型モドキの攻撃力に耐えられるのかどうかという点だけど、そればっかりは実際に対峙して戦ってみないとなんとも言えないか」


 俺が正確に相手の攻撃力を把握していないせいなのか、どうしても相棒が噛み砕かれるイメージが湧いてしまう。先入観や思い込みはよくないと思いつつも、その恐怖心がなかなか拭えない。


 通常のイヌモドキについては実践証明がされている。以前、相棒を横に構えてイヌモドキに咬み付かせたことがあったが、ノーマル型の咬合力には楽勝に耐えてくれた。流石、相棒である。


 中型モドキに関しては自分でも口に出したように、実際に戦ってみないとわからない。一旦脇においておこう。それよりも今は重要な案件があるはずだ。


「……ふふっ、扉だ。ようやくセーフルーム以外の扉を目にしたな」


 大型店舗やスーパーの出入り口によくある両開きの自動ドア。見た目的にはそんな感じだ。ただし、透明なガラス張りではなく通路の壁面とほぼ変わらない灰白色な色合いをしている。そのかわり扉の輪郭がくっきりと濃く浮かんでいるので、ひと目でソレが扉であることはわかる。


 俺は三方向の通路(南側、北側、西側)にネコモドキの姿がいないことを十分に確認してから扉と向きあった。


「……扉の向こうには何があるんだろうな……ゴクり……宝箱、アイテム、モンスターハウス、スイッチ、トラップ……また通路があったら嫌だな……考えても仕方がない……開けよう」


 俺は、扉にそっと手を触れた。


 正しい開け方かどうかはわからないが、取っ手がないのでそうする他ない。重量を感知してくれるセンサーが扉についているとしたら既に開いているはずだしな。


 未知の空間へと繋がる扉が……。


 いま――。


「開かないんかーい! ……あっ」


 俺は三方向にすばやく視線を巡らせた。


 いい加減、驚く際にも小声で呟く癖をつけないとな。いや、それとも「……ッ」みたいな感じで言葉を飲み込む訓練でもするべきか。今はどうにかなっているが、本当は思考を口に出すのもよくはないのはわかっている。まあ、迷宮があまりにも無音なので、声を出さないと頭がおかしくなりそうになるから、仕方がないといえば仕方ないのだが。


 今後の課題としてあげておこう。


「……ふぅ、良かった」


 モドキの気配はない。……にしても。


 扉は開かない! 開きませんでした! これはカレン案件なのだろうか。そう思って扉から離れようと手を離した。すると、扉がぼんやりと光を放ち始めた。


「……紋様?」


 ネコをデフォルメしたかのような紋様が扉の中心にゆっくりと浮かび上がる。紅い宝石のように煌めいているがその色は若干薄いような気がした。


「……扉を開くための条件か」


 単純に考えるならばネコモドキの討伐数が最初に浮かんだ。正確な数は忘れたが道中に15匹前後は倒してきたと思う。いや、ここは正確に思い出すべきだ。


 俺はここに来るまでに戦ってきたモドキの数を正確に数え上げた。


 イヌモドキが5体。

 ネコモドキが16体。

 ネズミモドキは0体。


「……この数でこの光り具合か。……切りのいい数字だと20体とかかな?」


 カレンにとっての切りの良い数字が10進法とは限らないけどな。実は素数大好きっ娘で17とか19、23という線もなくはない。それともこの紅い紋様の輝きはまだまだ序の口で、その倍以上のネコモドキを狩らなければいけないとかそういう可能性だって考えられてしまう。


「……さて、どうする。……決断しろ」


 実のところ討伐数は中型モドキの出現条件でもあると俺は睨んでいる。このままネコモドキを狩り続けるか。それとも最東端を目指すという目的は達成されたとして、一旦セーフルームへ帰還するか。または南へ繋がるルートがあるのかどうかを調べるのも悪くはない。


 決めるのは俺自身だ。


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