012:えへへ、初めての贈り物だね
ミラクルベッドへダイビングする前に負傷した右足の様子を確かめてみた。血に染まったレッドソックスを皮膚から剥がすようにベリベリと取り外すと、痛々しい4本の爪痕が目に入った。
想像していたよりも傷口が悪化していないように見えたが……。
「……うぇぇ」
それでも見た目がグロいことに変わりはなかった。
「いやぁー、キレイな4本線だねぇ。シズク、どうするー? 記念に残しておく? 勲章みたいでカッコいいよ!」
「これが綺麗って、カレンは相変わらず趣味が悪いな」
しかしまあ、傷跡を残すという発想はなかった。
今まで受けてきた切り傷や打撲、咬み痕は特に意識することもなくミラクルベッドの治療効果で綺麗さっぱりと消え去っている。というか顔とか手や腕に痛々しい引っかき傷や咬み痕が残っていたら誰かに見られた時にどう説明すればいいんだって話だ。
説明に困るという点においては、どこのどんな傷跡だろうと残しておいたら不味いかもしれないが……。
「うーん、傷跡を戒めとして残すのも悪くはないんだけど。でもなぁ、プールとか銭湯に入る機会があったらガチで困りそうだよな」
でもまあ、プールに行く機会なんて早々ないか。銭湯も一度も行ったことないし。温水プールには興味がなくもないけど。あ、温泉にも入れなくなるのか。それは少しもったいない気がするな。
いやいや、別に入れ墨じゃあないんだからそれは問題ないか。けど、全身の至るところに傷跡まみれって、ある意味それに近い感じだよな。
「ぷーる? せんとう? おんせん? ちょっと待ってて、検索してみるね」
カレンはそう言うとローテーブル前にちょこんと座った。そしてノートパソコンのキーボードをカタカタカタっとリズムよく打ち込んでいく。
「パソコン、使いこなせるんかーい」
「へへーん、シズクが探索している間にちょっとねー」
俺が真面目にダンジョンを探索しているときにネットサーフィンとかなんなの? 心の中でそう苦言を呈しつつ、俺はカレンの隣に座り込んで寄り添うように画面を覗き込んだ。
ブラウザにはプールに浮かんで楽しそうに笑っている女の子たちの姿が表示されている。しかし、俺は正直そっちよりも隣のカレンの方が気になっていた。今はノータッチ、ノーフレグレンスモードのようだ。
残念無念である。
触れられなくてもいいから、せめて甘い香りだけでも吸い込みたい。
「へぇー、プールってなかなか楽しそうだね。温泉ってのも何だか気持ちよさそー。ボクもダンジョンに作っちゃおうかなぁ」
「プール付きダンジョンねぇ。なんか水棲生物系の魔物に引きずり込まれて窒息死させられそうだな。もしくは血の流れるプールとかな」
シャークさんが張り切って頑張っちゃいそう。
タコとかイカも定番だよな。
「そんなんじゃなくってボクとシズクが遊ぶ場所だよっ。探索者にだって休養は必要だもん。娯楽施設はあって当然だよ。むしろ常識だね!」
なるほどなぁ、ダンジョンの中に娯楽施設があるのは常識だったのか。
それは知らんかったわ。
「まあいい、そこらへんはカレンの好きにしてくれ。俺も遊びたくなったら要望でも出そうかな」
とりあえずコンビニかスーパー、あと本屋もあったら嬉しいな。あと、キッチンとリビング、大きなお風呂とミラクルベッド以外の寝室も欲しいところだ。ネットにも繋がるし、おそらくテレビも見れるよな。ついでにスマホも繋がりそうだし、家族との連絡に支障をきたさないときたもんだ。
あれ、俺、ここに住めるんじゃね?
アパートの住人に気を使う必要もないしな。夏場は暑くなく、冬場は寒くない。電気代や光熱費といった諸々の費用もかからないしな。精々通信費と受信料くらいか。
真っ白で殺風景なことを除けば中々良い物件だ。無音すぎるのが玉に瑕だが、カレンとお喋りしていれば気にならないし、BGMを流せば事足りる。そもそもアパートの自室も殺風景だしな、飾りっ気が欲しければ自分で飾ればいい。
その上、娯楽施設まであったら至れり尽くせりだ。もはやダンジョンの中だけで生活の全てが完結してしまいそうだな。もしそうなったら俺の人生はどうなってしまうんだろう。
現実を捨ててここでずっと暮らしてしまいそうな気がする。
「そ、そそ、それ良いねっ! よーし、ボク頑張っちゃおうかなっ!」
テンション爆上げなカレンにホッコリする俺。
「思いの外、乗り気だな。そんなに俺に、ここにいて欲しいのか?」
カレンは真剣な表情を俺に向けた。距離が近い。カレンの青い瞳に吸い込まれそうになる。彼女のぷるんとした唇からとろけるような声が飛び出した。
「そんなのあったりまえだよっ。ボクはシズクがここに居てくれるだけで幸せなんだから! あ、もちろん、ボクを攻略してくれたらもっともっと嬉しいんだけどね」
抑えきれないとばかりに興奮して物語るカレンの言葉に、俺は胸が熱くなった。誰かに必要とされることが、こんなにも嬉しいものなのだと初めて知った。心臓がバクバクと音を立てている。
「おう……カレンの気持ちは理解したよ」
このまま抱きしめてしまいたくなる衝動を抑えるために、俺は立ち上がってカレンと距離を取った。ついでに顔も背けた。なんだか凄く気恥ずかしい。
「あ、そう言えばシズク、ベッドに行かなくていいの?」
「え、あ? そういえばすっかり忘れていたな」
カレンとお喋りを楽しんでいたら、いつの間にか体力と気力が満ち溢れていた。セーフルームにも疲労回復機能でも付いているのだろうか。負傷した右足もちっとも痛くなかった。
いや、それは流石に不味くないか?
「それでけっきょく傷跡はどうするの? 消しちゃう? 残しておく?」
「…………残しておくか。今日の悔しさを忘れたくない」
時間たっぷりに悩んでから、カレンにそう告げて俺はミラクルベッドに倒れ込んだ。
瞬時に全身が癒やされたことを理解する。ボロボロになったスポーツウェアや運動シューズ、靴下も新品同様に修復されていた。右足の裾を上げると、そこには四本の爪痕がくっきりと残されている。
「ほへー、傷跡ってこう残るんだな。すげぇー」
「ね、ね。格好良いでしょ?」
カッコ良いかどうかはさておき。
裾を戻してしまえば、当然ながら全く目立たない。半ズボンでも穿かない限り人目に触れることはなさそうだ。包帯を巻いたり、サポーターで覆ってしまえばそれもカバーできるだろうな。
「サポーターと言えば、リストバンドとかサポーターなんかは武装のうちに入るのか? 包帯なんかは小道具扱いで駄目なんだよな」
「んー、そうだねー」
カレンはちらっと俺の足を見てから。
「うんっ、良いよ。そういった装着具の類いは許可します! 創意工夫は大切だもんね。武装には含めません! でも包帯は禁止のままです。使い道がありすぎて、あまりにも便利すぎちゃうもんね」
創意工夫は有りなのに包帯は無しなのか。カレンの頭の中にはどういった判断基準があるんだろうな。……まあ、いいか。
「そうか、これで最低限の止血装備は確保できそうだな」
「あ、でも、あんまり欲張り過ぎちゃだめだからね?」
「わかってるよ。程々にするさ」
と言っても今日のところは用意できそうにない。確か家にはリストバンドもサポーターもなかったはずだ。明日、スポーツ用品店にでも寄ってみようかな。
そう思いながらカレンの元へと戻る。
セーフルームはいつの間にか物で溢れていた。初めてここに来た時とは大違いだ。生活感バリバリでもはや無機質な印象など受けることもできないくらいである。
うちから持ってきた家財道具もあれば、見たことがないものも多い。うちでは見かけたこともない二人がけのソファーがいつの間にかテーブル前に設置されており、カレンは何やらそこでモジモジしていた。
そんな様子に俺は首を傾げながらもカレンの隣に腰をおろした。高級感溢れるソファーだ。座り心地が半端ない。もしかして、アパートの自室にあるベッドよりも寝心地が良いのではないだろうか。
「あ、あのね。ボクが作ってあげようか?」
カレンの提案には心躍るものがあった。
女の子から何かをもらうなんて母さん以外に経験がなかった。まあ、母さんを女の子枠に入れるなって話だがな。
「そりゃ、欲しいけど。良いのか? 返せるものなんて思いつかないぞ」
「別にお返しなんていらないよ? ボクがシズクにプレゼントしたいだけ。えへへ、初めての贈り物だね」
カレンは何処からともなく2つのリストバンドと2つのサポーターを取り出すと、気づいたときには俺の手のひらに収まっていた。
初めてどころか、俺は既にカレンからずっと欲しいと願っていたものを受け取っている。カレンには感謝の気持ちしかなかったが、あえて口には出さなかった。言うだけ野暮である。
カレンの柔らかな手がそっと俺に触れた。
そのまま手を握りたかったが、カレンはそれをスルッと避けて俺の両腕にリストバンドを付けてくれた。彼女のトレードマークとも言える蒼白の色をしている。
それには俺には読めない文字で金色の刺繍がなされていた。
あと……物凄く今更なんだが蒼白ってあんまり良いイメージがないよな。青白いとか、顔面蒼白とか、なんだか病的なイメージがある。カレンを表現する自分の語彙力と選択基準に少しだけ後悔する。
それとも、無理やり病的なまでに美しいとか可愛らしいとかプラスの理由付けをしてしまおうか。いやまあ、カレンを表現する方法は後で考えるとして、早くお礼を言わないとな。
「ありがとう、カレン。大事にするよ」
「うん、どういたしまして」
彼女の微笑みに釘を差したくはないが、これだけは言っておかねばなるまい。
「あー……きっと、怪我をしたときの止血に使うから血で赤黒く染まっちゃうかもな。モドキの攻撃を受けたらボロボロになるかもしれないし。そうなったらごめん。先に謝っておくよ」
カレンからの贈り物だと思うと、何だか少しだけ探索に身に着けていくのが惜しくなってきた。
「それがシズクの役に立つならどんな使い方をしてくれてもボクは構わないよ? 大事にすることとボロボロになることは別に矛盾しないからね」
カレンがそこまで言ってくれるならば、大いに活用しようじゃないか。俺は2つのサポーターを膝関節に被せて装着した。リストバンドもサポーターも俺の身体にピッタリとフィットしている。
「そう言えばこの金糸の刺繍はなんて読むんだ? 日本語じゃあないよな。というか異世界語?」
「ふぇっ! あ、それ。そ、それはですねー。えと、その……か、カレン。カレンって読むんだよ」
なるほど。そういうことか。
いや、カレンが恥ずかしがる意味はよくわからないがここは納得しておこう。頬を染めてモジモジと動揺しているカレンは思わず抱きしめたくなるほどの引力がある。実体があれば絶対に抱きついてるね。
「と、とにかく! シズクが無事に戻って来られますようにって想いが込められてるの!」
力説するカレンに俺はうなずいた。そんなことを言われては是が非でも無事に戻ってこられるように頑張らないとな。
「さて、そろそろステータスを確認するか」
「あ、そうだね。ボクもすっかり忘れてた。ふっふふー、今回はきっと驚くよ?」
「大抵のことにはもう驚いてあるからな。そろそろ耐性がついてる頃合いだろ?」
カレンにステータスを見せてもらった。
…………。
「……ス、スキルガフエテルー!」
習得した覚えのないスキルが増えていた。さっぱりワケがわからない。
いや、推測はできるけどさ。
「もしかして、俺が自力で習得したってことか?」
「そのとーりーっ。やるねー、シズクー。もうね、シズクのことを凡愚と評価したボクが凡愚だったよ! ボクの可愛いお目々にも弱点があったね。シズクはボクの想定した道筋の斜め上を行ってるよ」
中ノ森シズク、ここに来て才能が開花する。
カレン曰くってところがちょっぴり信用できない。
* * * * * * ス テ ー タ ス * * * * * *
名前:中ノ森シズク 性別:男 年齢:19
成長率:大器晩成 才能:微才 称号:斜め上を行く男
パラメータ(アスリート:10 達人:15 超人:20)
生命力= 10(9)
耐久力= 8(7)
筋 力= 7
器用さ= 7
敏捷性= 8(7)
知 力= 8(7)
精神力= 11
スキル:<耐える> <突進・相棒突き> <ステップ>
探索回数:23 死亡回数:16 獲得経験値:99(1)
* * * * * * ス テ ー タ ス * * * * * *
うーん、このパラメータを見てしまったからにはもう駄目だった。もう筋力と器用さを上げろって言ってるようなもんじゃんか。もはや勝手に思考が動いてしまった。
俺は40×2=80ポイントを使って筋力と器用さをそれぞれ8にした。残りの獲得経験値は19となる。
……ってまた間違ってるやないかーい!
アスリート圏内の消費経験値は20である。20×2=40ポイントを使ってというのが正しい数値だ。よって残りの獲得経験値は59となる。
「ああーっ、ちょっとちょっと早いよ、シズクぅー。最初にスキルの説明をしたかったのにさぁー」
どうやら早漏だったようだ。次からは気をつけよう。俺は何事もなかったかのようにカレンの話に乗っかった。
「スキルの説明? いや、どうせ獲得経験値は99だから足りないなって思ってさ。……ってよく見たらスキルの名前が変わってるじゃんか。<耐える>には確か(精神)がくっついてなかったっけ? ……というか、俺が勝手に付けた突進・相棒突きをスキル名にしないでくれないか? けっこう恥ずかしいんだけど」
俺が心の中で名付けた必殺技(笑)をこうしてステータスで見るといたたまれない気持ちになる。もっとカッコいい名前にするべきだったな。
<棒術・突口牙>とかな。相棒を牙を生やした口の中に突っ込む技みたいな? いや、ないか。もっとセンスを磨かないと。
「だ・か・ら、そのことも含めて最初に言おうと思ってたの!」
とりあえず、カレンから聞いたスキルの詳細はこんな感じだった。
<耐える>取得条件:生命力10 精神力10(耐久力10)
アクティブ
精神力:ダメージを受けながらでも、冷静な反撃が可能。
生命力:負傷時、肉体機能を損なわない行動が可能。
(耐久力:肉体硬化、ダメージ軽減)
パッシブ
精神力:軽度の負傷を気にせずに行動が可能。
生命力:負傷時、肉体機能の維持。
(耐久力:負傷時、傷口の悪化及び負担の軽減)
<ステップ>取得条件:生命力10(敏捷性10)器用さ5
取得:修練
アクティブ:ステップ時、体勢や体幹を崩さずに攻撃が可能。
パッシブ:肉体機能を十全に活かした足運びが可能。
(パラメータ以上の動きは不可能)
<突進・相棒突き>取得条件:なし
取得:修練
アクティブ:相棒による鋭い突き、クリティカルに補正。
パッシブ:相棒を手にしている時に限り、命中率に補正。
「なるほどな」
とりあえず納得しておいた。
本来、<耐える>というスキルは三種類あるらしい。生命力、耐久力、精神力の三つだ。察するとおりそれぞれのパラメータが10かつその他のパラメータが5で覚えられる。三つのスキルを覚えると統合されるシステムだそうだ。
で、今回の探索で生命力の<耐える>を習得可能になり、なおかつ俺は自分でそれをモノにしたんだとか。ただ、パラメータの能力値は絶対らしく、耐久力の<耐える>はまだスキル化してないうえに能力値が追いついていないので効果は付与されないとのことだ。
カレンとしては俺にまず耐久力を10にしてもらいたかったらしいが、残念、もはや手遅れである。次の獲得経験値に期待しておこう。……いや待て、全然手遅れじゃなかった。
容易に修正できる。
何度も言うがアスリート圏内の消費経験値は20だ。獲得経験値は残り59なので余裕でパラメータに割り振ることができた。それにしても俺のこのポンコツ具合は知力がいくら高くなっても治らないのだろうか。
少しだけ不安になってきた。
……と思いきや、やっぱり手遅れだった。カレンの言葉にはまだ続きがあったのだ。
「関連のあるスキルを習得しているとね、新しいスキルを習得する時に消費する経験値量が減るケースがあるんだよ」
つまり、<耐える(耐久)>のスキルを、俺は経験値を50消費するだけで覚えられるようになったんだってさ。さて、俺の残りの獲得経験値は?
19だ。ふふふっ、覚えられませんね。
さてさて、これも自力で習得できるように意識して頑張ってみようじゃないか。……先走り、ダメ、絶対。
次からは反射でパラメータを振るのはやめておこう。
<ステップ>のスキルも似たようなものだと教えてくれた。自力でスキル化したのは良いが、自分の限界を越えた動きはできないし、能力値を超えたスキルを無理に使い続けると肉体が壊れやすくなるという忠告をもらった。
結局のところ、スキルシステムは俺という枠組みから逃れられない純粋な技能ってことだ。スキルを獲得すればすぐに超人へと変身できるわけじゃあないらしい。
そして一番大切な認識は、スキルシステムはカレンが構築したシステムの枠組みの中で存在しているということだ。
「結局のところ、カレン次第ってことになるな」
「ま、そゆことだね。でも、ボクがしていることって一種の可視化に過ぎないからね。シズク次第って言い方でも間違ってはいないと思うよ?」
俺はとりあえずこう返事をしておいた。
「なるほど」
さて、カレンの話を大まか大体おおよそのところ理解したところでそろそろ次の探索に向かうことに決めた。
次こそは必ず最東端へ辿り着いてみせる。
そして、最後まで無事に生き残って成果を持ち帰ってみせる!
その英気を養うために、一先ず休憩することにした。持ってきたお菓子をモグモグと頬張りとシュワシュワで喉を潤す。ちなみにサイダーを牛乳と混ぜるとまろやかになって美味い。おすすめだ。
カレンもスナック菓子に興味を示したので、一緒に食べて前祝いを始めた。こういう時、何も言わずに実体化するんだからずるいよな。もっと気軽に実体化して欲しい。そして思う存分抱きしめたい。
そのためにもまずはビギナーダンジョンを踏破しなくてはならない。
というわけで、頑張ろう。




