武具屋
その日、フィールーズの店に一人の身なりのいい女が訪れた。
「鎧師のフィールーズというのは貴男からしら?」
ロココ調のドレスを着た貴族の女はそう尋ねてきた。
「へい。そうですが。お嬢さんはどちら様で?」
フィールーズは仕事の手を休め、女の髪の毛先から靴の先までじろじろと見つめる。
金になりそうな女だ。客の身なりから、彼はそう判断した。
「わたくしの名前なんてどうだっていいわ。お仕事を依頼したいの」
ますます都合いい。名乗らないということは事情のある客だ。リスクはあるが利益も見込める。当然相手を出し抜くことができれば。という前提がつくが。
「貴男が腕のいい鎧職人と聞いてお頼みします。これで鎧を造っていただきたいの」
女は見かけより力持ちだった。大きめの木箱を持ち上げ、フィールーズの前に置いた。
鎧師が箱を開けると、中には銀色に輝くフライパンがたくさん入っていた。
金持貴族様はこれだから。まぁいいさ。あんたらの道楽にいくらでもつきあってやる。
そう思いながらフィールーズは銀色のフライパンを手に取り、指で弾いてみた。違和感があった。妙に軽い。
「それはボーキサイトという魔法の金属でできていますの。我が国では産出されませんけど、魔王領では手に入るようですわ。そのボーキサイトを一度溶かし、その地金で鎧を造れば、空を飛ぶ鎧が造れると思いますの」
フィールーズはフライパンを木箱にしまうと営業スマイルになった。
「よござんす。この仕事、お引き受けいたしましょう」
「ありがとう。お代は如何ほど?」
「代金は鎧の受け取りの際にいただきますよ。そうさな、一週間。いや、二週間ほどいただきますかね?『お嬢様に相応しい鎧』を造って差し上げますよ」
「そう?ではお願いするわね」
貴族の娘らしき女は然したる疑問も抱かずに店を後にした。
鎧の大きさを決めるために体のサイズすら図っていないが、何も問題はなかった。少なくともフィールーズにとっては。
「・・・ふん。儂は鎧職人だぞ?ボーキサイトの価値くらい知っておるわ。さてと」
フィールーズは必要の材料に必要な物を追加注文することにした。嘘はつかない。せっかくだ。あの馬鹿な小娘に相応しい鎧を造ってやろう。
「なんなんですの。これは!!」
完成した鎧を見て貴族であろう女は怒りの声を店一杯に敷き詰める。
手甲と脚甲はまぁいい。だがしかし。
「この下着みたいな物はなんですの?」
「下着?いえいえこいつは胸当てで御座いますよ。お嬢様」
「胸当て?これが?」
こんなものを身に着けても彼女の乳房下半分も隠せないだろう。
「ええそうでございますよ。ロリカ式と呼ばれる、ローヌ王朝の伝統的な胸当てで御座います。チョーカーのような物がネックガードでして。首と腰に繋がるような形で革製のレームで固定するので安定性は抜群で御座います。古来より、身分の高い者の鎧として用いられてきたもので」
「しかし。これではほとんど裸同然ではなくて?」
おそらくは貴族、そうでなけば豪商の娘あろう女はフィールーズを睨みつける。
「御注文通り空を飛べるような鎧というご依頼でしたね。空を飛ぶのは流石に無理でした。ですが、この天使の羽鎧は間違いなくお客様の満足できる出来栄えかと思いますよ」
「天使の羽鎧?」
言われてみれば。この青く輝く鎧はそのような雰囲気を醸し出していないでもない。
「天使のような心をお持ちでなければ身に着けられない鎧で御座いますよ。まさか御令嬢は心が穢れておるとでも」
「いえ。そんな事はありませんわ」
「では、早速あちらの試着室で着てご覧ください」
店主に勧められ、令嬢は粗末なカーテンで仕切られた店の一角で着替え始めた。
店の造りにしては妙に綺麗な衣装鏡の前で彼女はドレスをすべて脱ぎ、靴下も下着もすべて外して天使の羽鎧とやらの試着を始める。
「この腰当。草摺はいいとして、後ろの部分はなんなんですの。お尻がほとんど丸見えではなくて?!」
「それはカンディル対策でございますよ」
「カンディル?」
「御存じありませんか?魔王領の湿地帯に生息する蛇と魚の中間の魔物でございまして。女性の肛門に住み着き排泄物喰らって成長する恐ろしい魔物なのです。ですからこのタンガ状に腰防具をあつらえねばならぬのですよ」
「まぁ。そんな悍ましい魔物がこの世にいるのですか」
「ええ。あなたは本当に何もご存じないのですね」
本当になにも知らない女だ。俺が材料のボーキに安い真鍮を混ぜて誤魔化したことも知らないだろう。
10個近く余ったフライパンがいくらで売れるか計算しながら片手間にそう思う。
そして、この女はこの世にマジックミラーという物があることもしらない。
ふむ。なかなかいい体の締まりをしているじゃないか。
無精髭の鎧師はそうも思った。
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武具屋とはその名の通り武器や防具を扱う店舗の事である。
基本的に取り扱う商品は刀剣類や鎧や盾などの装備品のみで、薬や食料品などは扱わない。
唯一の例外は銃器に装填する弾薬類で、銃が存在する世界では武具店以外でも購入可能な場合が多い。
ごく一般的な武具店の構造としては、正面にカウンターがある。カウンターには店主がいて、欲しい商品があるときはカウンター越しに店主に話しかければいい。
商品は店の壁に所狭しとかけられている。武器、防具の品ぞろえはその世界の、または地域の技術レベルによって大きく異なる。
大きな街なら全身甲冑一式を店頭売りしているだろうし、主人公が旅立つ田舎村なら村の鍛冶屋が武具店を兼ねているはずだ。
普段は馬の蹄鉄や農具を修理するのが本業なので鎖鎌とか革の鎧程度の装備しか売ってないはずである。
カウンターの奥の倉庫を過ぎるとレンガ製のカマドがあり、剣や鎧などを製造している。
また武器の製造ばかりではなく、折れた剣や傷んだ鎧の修理をしてくれることもある。こういったことは街中の整った設備、専門の技術を持った職人でなければできない事だ。剣に特殊な宝石を埋め込んで強化したり、鎧に別種類の鉱石を組み込んで補強したりということも
よくおこなわれる。
冒険者にとってはその職業上非常に馴染み深い店舗といえる。純粋に客として訪れることもあるし、仕事で引き受けた商品を届けることもあるだろう。
他の店で製造された武器防具を納品する、鍛冶で使う石炭を届ける、原材料の鉄鉱石掘って持ってくる。
冒険者としては、腕の良い武具商人とはできるだけ仲良くしたいものである。彼らが造るのは冒険者達の命を守る鎧なのだ。




