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劇場

「わたくし、マルレーネの抱主(雇用主という意味)でローヌで小さな店をやっているマレニセントと申しますの」


 マルレーネと共に店に訪れた幅広の帽子をかぶった女性はそう名乗った。


「本日はアミーラさんと、その家畜一匹をオペラ鑑賞に御招待に参りましたわ」


「家畜一匹って?」


 マレニセントは黙って右手の扇子で作治を指した。


「ですよねー」


「オレンジはいりませんかーオレンジーオレンジはいらんかねぇー」


 劇場前にはチケットを買う人。そして入場待ちをする人が並んでいた。それに混じって物売りの声が聴こえる。


「アミーラさん」


「なんじゃ。大人しゅう順番待ちせい」


「あそこで物売りしている人がいるよね」


「小遣いが欲しいか?まぁ給料を払っておらんから今までの分を含めてくれてやらんでもないぞ?」


「弁当とか焼き菓子とかはともかくして、どうして腐ったオレンジを売っているんだ?」


「あれは劇場内に入った後で使うのだ。演技の下手な役者にぶつけてやるのだよ」


 そんな話をしているうちに開園時間となった。


 演劇の内容といえば50年前の魔軍大侵攻を題材にしたもので、その時に活躍し、不死公率いる百万の魔性の軍勢を一人で撃退したという神話級の英雄タナカ・ショーイが主人公の作品であった。


 がっ。


「なんだこれは」


 瞳孔の開いた目で舞台を見ながら作治はそう呟いた。

 物語は劇のクライマックスのイスカンドリア攻防戦のシーンである。


「くっ、殺せ!」


 真ん中にいる美人女優が、ヒロイン役の女騎士らしい。


「フフフ。姫騎士アンジェリカよ。散々手こずらせてくれたが貴様の命運もこれまでだな」


 紫色のローブを着て、骸骨のお面を被った俳優が悪役の魔王を演じているらしい。


「うへぇへぇへぇ。魔王さま。この女どうしてくれやしょう?」


 縛られた女優の周りにいるのはオーク役の俳優らしい。手足に比べて腹が太って見えるのは、服の中に綿でも仕込んでいるからだろう。


「知れたこと。ローヌ王国の姫騎士アンジェリカよ。貴様をオーク共の慰み者としてくれようぞっ!!」


 魔王役の俳優は縛られた女優ではなく、観客席にいる聴衆に向かってよく聞こえるように宣言する。


「まぁ!なんて斬新な脚本な演劇なのかしら!!」


「そうですね。私もこのような内容の物語を聞くのは初めてでございます!」


 そして過剰に喜ぶマルレーネさんとその主。

 ところで、作治は日本にいた頃、このような内容のゲームをよく遊んだ気がする。


「そこまでだ。魔王よっ!!」


「おのれぇなぁにやぁつっ!!!」


 突如劇場内に響き渡る声。

 魔王役は予めその場所を知っていたかのように、というより脚本にあったのだから当たり前だろうが。照明で照らされた位置に視線をを送る。

 そこには一人の美男子が立っていた。


「貴様は何ものだっ!名前を、なーのーれぇーーー!!」


「ならば、教えてやろう。我こそはニホン人タナカ・ショーイ」


「ニホン人。タナカ・ショーイ。だと???!!」


 待て。ピカピカの鎧とヒラヒラマントは演劇だから百歩許す。

 だが金髪白い肌青い目の日本人ってなんなんだ。


「ニホン帝国魔王学科の主席生!即ちニホン最強、いやこのタナカ・ショーイこそが世界最強の殲滅戰爭級魔法戦士!!すべての魔術師の頂点に立つ男!!!」


「ほざけっ!かかれ、オークどもよっ!!」


『おおおっっ!!!』


 オーク役の俳優たちが、タナカ・ショーイというニホン人(?)役の俳優に一斉に襲い掛かる。


「すべての攻撃を往なし、蔑ろにし」


 作治にも避けれそうなスロゥモーナ動きでニホン人役の俳優はオーク役の攻撃を回避し、


「余殃を受けるっ!!」


『ぐぅーあー。やーらーーれーーたーーー』


 オーク役の俳優達は服の中に仕込んでいた染料で赤く塗った綿袋をばらまきながら舞台に倒れていく。


「凄い!十体近くの敵の攻撃を回避しながら一瞬で打ち倒すなんて、わたくしにはとても真似できる事では御座いませんわ!!!」


「ああ、一体どのような流派の剣術の使い手なのでしょうか??!」


 作治は、なんか日本にいた頃よく似た内容のアニメを見た気がする。


「おのれ、ニホン人タナカ・ショーイめっ!!こうなれば魔王であるこの儂自らが相手になってやろうぞっ!!」


 魔王役の俳優は杖を振りかざし、ニホン人役の俳優に襲い掛かる。

 ニホン人役の俳優は手にしていた剣(勿論西洋風だ)を捨てる。そして。


「くらえ!ニンジツ奥義。テコンドー!!!」


「ぐはぁーーー!!!」


 ”シェー”のポーズで飛び蹴りをかます。

 魔王役の俳優は天井から伸びるロープに吊り下げられて宙に浮かび、観客の頭上を越え、舞台から劇場の入り口付近まで飛んでいった。


「これぞニンーザの師匠より教わったカラーテの奥義、テコンドー!!」


「おのれ、ニホン人タナカ・ショーイよっ。今度会った時が貴様の命が尽きる時、覚えておくがいいっ!!!」


 魔王役の俳優は劇場の入り口から出ていく。


「素敵ですわ!タナカ・ショーイ様!!結婚して!!」


「はは。残念だが俺はジュコン・アン師匠から伝授して頂いたニンジツ奥義テコンドーでこの世界に救う悪を一掃するという使命があるのだ。ではサラダバー」


 幕は閉じる。拍手と共に。


「アミーラさん」


「なんじゃ」


「給料全部くれ。今すぐ」


「よいが、何を買うのじゃ?」


 劇場から出てきた作治は、その足でオレンジ売りの下に向かった。


「その腐ったミカンを売ってくれ。全部だ」


 山の様な腐ったオレンジを抱えると、再び劇場に入っていく。


「あら?面白いことになりそうね。マルレーネ」


「なんでございましょうか?」


「もう一度。先ほど演劇を鑑賞致します」


「畏まりました」


 その日の夕方。

 マレニセントは高そうな絹のドレスから柑橘系の醗酵臭を漂わせながら、


「大変面白い演劇でした。また一緒に鑑賞致しましょう」


 そう作治に賛辞を述べ、別途謝礼を支払って去って行った。

______________________________


 SHIROBAKO、というアニメが一部差し替えになるという出来事がありました。主人公の友人がゴトーを待ちわびてという演劇を観に行くシーンがあったのですが、それの著作権を所有する原作者の遺族から苦情があったらしいのです。

 こういう事件は演劇の世界では頻繁に起こっているようで、平成四年に東京青山劇場で『欲望という名の電車』を「全員男性のキャストでやってみようか」と軽い気持ちでやってみたところ、やはり原作者の遺族から「女の役は女にやらせろ」と苦情が入り見事上演中止に。なお初演は1947年だそうです。

 日本人としては「演劇なんだから男が女(女が男)演じてもよくね?」という感覚なのですが、海外ではそうではない場合も多いようなのですね。

 さて、ファンタジー世界で生活する人々も、娯楽を楽しみます。

 日々の労働で鬱積した精神的重圧から解放され、気晴らしが必要なのです。

 まぁ感情のないロボットだとか、スケルトンとゾンビだけが労働者として暮らす死者の街などではそんな物は不要なのかもしれません。

 だが、少なくとも今この文章を書いている私は人間だ。食事と睡眠の休息の他、どうでもいい事に時間を費やす『娯楽』という時間を大事にするのが人間であると考えます。

 劇場というのは闘技場や賭博場に並ぶ娯楽施設である、といいたいところであるが、ファンタジー世界においてはそうそう出番はない。

 というのも物語に登場させても、主人公達の行動の足枷にしかならない。『観客席』と『舞台』という、二つの空間にはっきり分かれてしまう。特に観客席が問題であり、大量の椅子が固定設置されている可能性もある他、一般市民が観客として場内にいる可能性もあるせいで、仮に悪漢が暴れた場合大変なことになる。

 となると自由に動ける空間は舞台の上に限定される。ある有名なアニメで、テロリストが主人公にやられる為だけに観客席に大勢いる一般人を一切無視し、人質も取らずに舞台上に上がって主人公にやられるシーンには失笑を禁じ得なかったですね。

 現実世界だと演劇の『チケット売り場前』などで贔屓客同士の争いで流血の惨事が発生する。このようなありえそうなシチュエーションでのもめ事を心がけたいものです。

 逆に大きな劇場ではなく、小規模な劇団、あるいはサーカス団のようなものならば登場させ易いかもしれない。

 主人公自身がサーカス団と共に旅をしてもいいし、旅芸人の一座が盗賊団の隠れ蓑として江戸の町に入り込む。というのは時代劇で時折見る。それに、空中ブランコのあるサーカス団なら上に空間が広いのでその分主人公の行動範囲も広がるでしょう。

 木造舞台に、客は地面に座るか、自宅から椅子を持ち込む屋外劇場ならもっと楽。遊園地のヒーローショー見たく観客席で大立ち回りを演じても全く問題ありません。

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