公衆浴場
いつものようにアミーラに付き従い、仕入れた商品を担いで歩いていた作治は街のあちこちから白い煙が上っているのを見た。
火事ではなさそうだ。街の異常を知らせる時になりそうな教会の鐘はならない。
シスター服を着た女性が籠を持ってどこかへ出て行った。
あまり急いでいる風には見えない。
「アミーラさん。あの煙なんだろう?」
「煙?」
作治は煙を出す、煙突の一つを指さしながら訪ねた。
「ほら。街のいろんな場所から出ている白い奴」
「あれか?あれは公衆浴場の風呂をわかしている薪だか水蒸気のだな。今日は風呂の無料日ゆえ」
「公衆浴場?」
「やれやれ。どうやらニホンとかいう三等国家には公衆浴場もないらしいのう。確かこの国の女王が自分の国の民が最低限文化的な生活を送らねばならぬということで始めた政のひとつでな。ちょっと大きな街や村には風呂場があるのだよ。金曜が女が無料。火曜が男が無料。月曜は風呂屋が休み」
「最低限文化的な生活を保障するのか。それなら日本にもあるよ。生活保護費と言って、貧乏な人に毎月お金をあげるんだ」
作治はちょっとだけ自国の政治制度を自慢したつもりだった。が、それは大きな間違いであった。
「戯け。財源はどうする」
「ざ、ざいげん?」
「サク。これだからお前は三等民族なのだ。考えてもみよ。貧しいものすべてに金を配っていたら近隣の国々から貧乏人が俺にも生活保護くれ生活保護くれと押し寄せてきて、なぜか自国民は貰えず、国家財政が破たんしてしまうではないか。そんな簡単な事がわからぬからサク達ニホン人は何時まで経っても三等民族なのだ」
事実であるが、正論なので何も言い返せなかった。
「まぁよい。火曜日。お前と一緒に公衆浴場に行くからな」
「え?今日は金曜で、女性が無料。火曜が無料なのは男性だけでしょ?」
「小学生以下の子供はどっちも無料なのだ。妾は十二歳だから小学生以下。髪の毛と尻と、足の裏でも洗ってもらおうかの」
「ふーん。小学生以下は無料なんだー」
・・・・おい。それはすばらしい、いや。かなりやばいことではないのだろうか?
______________________________________________________________
イスラム教の聖典コーランには清潔は信仰の半分とされ、推奨されている。
中世イスラム世界で文明の証とされたのが市場の賑わい。
学校と並び、文明の証とされたのが公衆浴場であった。
造りが古く、光が豊かで、天井が高く、部屋は広いことがよい浴場の条件とされた。
大理石の床など、温熱性が高く、防水性に優れているものが好まれた。
水は当然ながら純粋で香りよいもの。不純物、動植物などの残骸が混じっていない物である。
浴場と墓場以外のすべての大地は礼拝所と言ったイスラム法学者もいる。
逆に言えば浴場は礼拝所ではないので、(実際にはこれにトイレや、男女が交わる寝室なども加わるのだが)偶像崇拝を禁じるイスラムであるにも関わらず、公衆浴場の壁に日本の銭湯のような壁画が描かれることも多かった。
『テルマエ・ロマエ』を例にとるまでもなく、その歴史は古代ローマにまで遡る。
ローマ人達は柱や床に蒸気を這わせることで室内の温度を保つ技術を持っていたようだ。
庶民の風呂。兵士の風呂。王侯貴族の風呂などいろいろあった。
きっと出撃のたびに24時間風呂に浸かり、食事も風呂で済ませ、大量に食事を取る女将軍もいたであろう。
中世ヨーロッパになるとその習慣は廃れてしまった。
復活したのは十字軍以降であり、それはアラブ社会に行って、
「こんな素晴らしい物がこの世にあったのか」
と学んだことがきっかけである。
公衆浴場には広いホールの中央に大きな湯船。というのが一般的なイメージだろう。
普通の温浴の他、蒸気を使ったサウナ。垢すり、マッサージ、洗髪、散髪、髭剃りなども行ってもらえるかもしれない。
ところで、冒険者は風呂場に武器を持って入るべきか否かという疑問を昔目にしたことが私はある。
その解答はたぶんこれだろう。
昔アラブにアイバクという王様がいた。
遠征から戻ってきた彼を妻のジャッジルは風呂場で彼を出迎えた。
「お疲れになりましたでしょう。戦果はいかがでしたか?」
「うむ。ところでな」
「はい」
「美しい姫君を後宮に迎えたい。俺は強い。俺つえええええ。奴隷ハーレム創ってもかまわんよな?」
妻のジャッジルは石鹸で夫アイバク頭を洗った。
そして石鹸の泡で目がふさがると、アイバクが風呂場に持ち込んだ刀でその首を切り落としたそうである。
さすがアラブ最強の戦士に相応しい刀。稲妻のようによく切れる。




