賭博場
イスカンドリア街の東側にある、港にある倉庫。
夜だという妙な活気と、熱気に包まれていた。
そこは単なる物置小屋ではなく、最近この街に根を張った盗賊ギルドの運営する賭博場だった。
併設する建物には客の入用に応じて、薬、酒、女。なんでも用意できるようにしてある。
フロアーにはカードゲームやルーレートの台。魔王領から輸入されたスロットマシンなる機械が並べらている。
胸の大きく空いたドレスを着た女や、高級そうな紳士服を立派に着こなした初老の男性に混じって、酷く場違いな客がいた。
「おい。ここは子供の遊び場じゃねぇぞ?」
賭博場の用心棒がフランドル衣装を着た少女をにらみつける。
「ぇえ~?妾はぁ~。おにいたまのおぉ~。つきそいできただけだぃ~」
「おにいたまだぁ~」
すぐそばに『え?俺か?』と自分を指さす魔法学科の生徒らしき青年がいる。
「おにぃたまぁは~。ニホン人でぇ~。ニホンみたいなあ~。三等国家。にはぁ~。こんなりっぱですてきぃなぁ~。賭博場がないからぁ~一度あそびたいなぁ~って~」
「本当か?ニホン人の兄ちゃんよぉ。ニホンには賭博場がねぇのか?」
頬に傷のあるごっつい男に服を掴まれ、作治は答えた。
「はぁいいいいいいい!!あ、ありませんっ!!日本には、このようなご立派なカジノなどおおおおおおっっっ!!!」
「はは。そう邪険に扱わなくてもいいじゃないかね」
とても親切そうな、四十代くらいの男性が声をかけてきた。
「まだまだ夜は長い。後学のため、学生が変わった遊びを楽しむくらいの時間はあると思うのだがね?」
懇篤な紳士に諭され、用心棒は魔法学科の生徒らしき青年から手を離した。
「どうだね。ニホンの魔法学科の生徒さんとやら。一つ私と勝負を」
「妾が!妾が勝負をするぞっ!」
フランドル衣装を着た少女が、布袋を持ち上げて宣言する。
「ほれ!ちゃんと金もあるぞっ!!」
「はは。わかったわかった。ではおじさんと遊ぼうか」
有り金全部。いや。折角だから身包み這いで、奴隷として売り飛ばしてあげようね。
「それじゃあ何して遊ぼうか?やはりスロットマシーンがいいかな。あれは魔王領から輸入された賭博用の魔法の機械でね。上からコインを入れて、レバーを引く。三枚の絵柄が揃うとコインがいっぱい下から出てくるって仕組みなんだ」
床にさらに仕掛けがあって、コインが出てくる確率を調整できるがね。
と、懇篤な紳士は心の中で言った。
「マシューカズラをするっ!!」
「ほう?マシューカズラかね?渋いねぇ、お嬢さん」
「アミーラさん。マシューカズラってなに?」
「なんだサク。マシューカズラを知らんのか?」
サクと呼ばれたニホン人は、知らないと答えた。
「マシューカズラも知らないとは。所詮サクは三等民族という事か。仕方ないので妾が教えてやろう。マシューカズラとはサイコロを振って、出た目の合計が、偶数か奇数かを当てる遊びじゃ」
「アミーラさん。それ。丁半博打って言うんじゃ?」
「何を申す。このマシューカズラはニホン人のクローディアがこの国に伝えた遊びなのだ」
「そんな名前の日本人女性いるわけないだろ」
「たわけ。クローディアは男だぞ」
会話で二人の力関係を知った懇篤な紳士は、マシューカズラの台に着くとサイコロを振る女性ディーラーにチップを渡しながら軽く耳打ちをした。
勝負は不自然なくらい白熱した。サクが賭ける時は負け、アミーラという少女が賭ける時は勝つ。
アミーラという少女は大変上機嫌になり、有り金を全部賭けると言い出した。
狙い目だ。紳士は合図を送る。
「仕方がないな。こうなれば私は『マシューカズラ』をさせてもらおうか」
「『マシューカズラ』?今やっているでしょ?」
「いやいや。違うんだよ。『マシューカズラ』の宣言をした後でゾロ目が出れば、掛け金が三十六倍になって戻ってくるんだよ」
「よかろう、妾も『マシューカズラ』の勝負、受けた!!」
来た。
紳士はゾロ目が出るのを待つだけでいい。後は小娘を売却先を探すだけ。
マシューカズラの台には予め『中和』の魔術が使える術者が小さな範囲魔法を使ってある。
(すなわち、魔術によるイカサマは不可能ッ!この勝負、勝つのはこの私、だッ!!!)
ディーラーが必ず”1”が出るイカサマダイスを持ったのを見て、懇篤な紳士は勝利を確信した。
そして、”6””6”が出た。
「そんなッッッ!!!!???イカサマがッッッ、できる、はずがッッ!!!??」
「何が、イカサマをできるはずが、なんじゃ?あ、オレンジジュースもう一杯頼む」
ディーラーは信じられないといった表情で自分が振ったサイコロを見ている。
「さて、妾の賭けた金貨。その三十六倍を払ってもらおうかのう」
「は、ははは。仕方ないな。ではこうしよう」
懇篤な紳士が指を鳴らすと、用心棒たちが集まってきた。
「君たちにはここで果てて頂こう。理由はお分かりだね?」
「理由はだいたい想像つくが、その前にサクに言っておくことがあるのだ」
「どうぞ。別れの口づけくらいは許そう」
「サク。なぜ妾が今晩急に賭場に行こうと言い出したのか。理由はわかるか?」
「わっかるわけないでしょぉおおおお!!!」
自分の頭より大きな拳を持つ用心棒に囲まれ、作治はそう叫んだ。
「実はな。今晩街の警備隊が違法賭博の摘発を行うと耳にしてのう。その前に人稼ぎさせてもらおうと思ったのだ」
賭博場の外。倉庫の入り口付近から大勢の足音と、怒鳴り声が聞こえてきた。
と、いうか。倉庫の天井が崩れてそこからバンディトメイルを着込んだ髭のガッチリとした大男が落下してきた。
バンディトメイルとはチェインメイルの上に胸の部分に鉄板などをつけて防御性能を高め、補強したものだ。決してバンデット(山賊)という意味ではない。
でも髭の大男は物凄ぉおくバンデット(山賊)の大将に見えた。
「なんだてめぇはっ!!」
近くにいた用心棒たちがナイフを抜き、バンデット(?)に一斉に突進する。ナイフが何本か突き刺さった。
「ぬぅうううううんんんん!!!!!!!」
大男が両手を広げてその場で大回転をると、用心棒たちが六人ほど吹き飛んでいった。
ある者はスロットマシンの機械に激突しそれを粉砕し、また別の物はテーブルにぶつかる。
乗せてあった油の乗ったステーキが床に落ちた。
大男が床に落ちたステーキを拾って食べると、瞬く間に体力が回復する。食ったのはただのステーキだ。もちろん薬草の類ではない。
「なんだてめぇはっ!!化け物かっ!!!」
「私はこの国の治安を守る一介の兵卒に過ぎん。それとも貴様ら何か。この私がこの街の市長にでも見えるのか?」
「オーガかトロールの親玉にしかみえねぇーよ!!」
「それにしてもしばらくこのイスカンドリアを離れていたが、このような悪の巣窟が出来上がっていたとはな。聞けば貴様ら奴隷売買までやっているそうだな。私に娘がいなくてよかった。もし誘拐されていたなら、私自らお前達のアジトに乗り込んで壊滅させねばならなかっただろうに」
「もうとっくにやってる!ていうかそんな事すんな!!大迷惑だ!!」
「私はお前達のような悪党を成敗しに来ただけだ。ぬぅんっ!!」
迂闊に近づいた用心棒が掴まれた。そして掴んだまま天井近くまでジャンプすると、ひっくり返して頭から叩き落す。巻き添えで二人ほど動かなくなる。
山賊大将どころじゃないだろ。なにこいつ。
どうやら、小娘と遊んでいる暇はないらしい。
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古今東西、人類は賭博という行為をしてきた。
というか人間という生き物は生来博打が大好きな生命体らしい。
古代エジプトピラミッド文明の頃には既にサイコロがあったそうだ。
もしかすると次の王座をゲームで決めたり、ゲームで負けた相手に死の制裁を加える闇のゲームというのもあったのかもしれない。
ファンタジー世界でも賭け事は大変人気のある遊びである。
大きな都市に行けば必ずと言っていいほどカジノが存在するし、ごく普通の酒場や宿屋でも街の住人達が今晩の酒代を賭けてカードやサイコロ遊びをしている光景を旅の途中で目にするのではないだろうか。
賭博場には現金とコインを交換するカウンター、アルコールを楽しむバー、カードゲームやルーレットの台、スロットマシン、貴族や大金持ちなどをお迎えする特別室などがある。
ファンタジー世界だからモンスター同士を戦わせて、その勝敗に現金を賭けるということもあるだろう。また賭博場では毎晩大金が動くのだから、隠し金庫には大金があり、それを守るために用心棒が雇われているのが普通だ。
賭博場が物語に登場する際に一番多いのはごく普通に主人公が賭博する場合である。賭ける物は素直に現金でもいいし、おじいちゃんの形見の魔法のカードでもいいし、親友の魂でもいい。
もっとも、最近ではあまりにも人間の命を気軽にゲームの掛け金にしてしまう輩が多く、この手の賭博は正直「もう、飽きたよ」と言われてしまうかもしれないが。




