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人形

 エリナ女王の自室には古ぼけた鳥の人形があった。

 元々は黒かったのだろう。だが時間がたち、埃や汚れがついて茶色くなっている。

 右目がなく、左の羽がもげている。

 そして、腹が白い。


「女王様。これはなんでございますか?」


 盲目の司書は尋ねた。


「欲しければあげるわ。いらないもの」


 乾燥させた海産物を咥えながらエリナ女王は言った。

 しょっぱさが堪らない。ファストルフは、”するめ”とかいう食べ物だとか言っていたか。

 このような植物が茂っている海に、私も一度行っておくべきだろう。


「いらないのですか。では捨てます」


 盲目の司書は、汚い鳥の人形を持ち、窓から投げようとした。


「やめなさいっ!」


 エリナ女王は盲目の司書が驚くくらいの勢いと、握力で腕を掴んだ。


「その人形を捨てては、駄目」



 少女が小さい頃。父親が死んだ。

 まもなく母親が病気になった。


「ははうえ。げんきになってください」


 ベッドに横たわる母にすがるように少女は言った。


「貴女に渡しておきたいものがあるの。そこの箱を開けてみて」


 少女は箱を開けた。腹が白い、黒い鳥の人形が入っていた。


「それは”皇帝”という名前の珍しい鳥の人形らしいわ。魔王領と取引がある商人から、娘に素晴らしい贈り物がないか。そう相談したらそれを用意してくれたの。本当は聖誕祭の日あげようかと思っていたんだけど。貴女にはその鳥みたく、愛らしくも名前に恥じない人になってほしいの。女の子だから”女帝”になるのかしらね」


「せいたんさい?」


「神様の誕生日よ。皆で楽しくお祭りをパーティをするのよ」


 かみさま。そうだ。かみさまだ。神様にお願いしよう。

 お祈りすればどんな願いでもかなえてくれる、凄い人。

 前に誰かから聞いた覚えがある。

「かみさま。おねがいします。ははうえのびょうきをなおしてください」


 少女は礼拝堂でで祈った。


「ただとはいいません。ははうえからもらったこのおにんぎょうさんをあげます。だからおねがいします。わたくしからははうえをとらないでください。おねがいします。かみさま」


 少女は祈った。一晩中祈った。一生懸命祈った。

 翌朝。母は冷たくなっていた。

 神に祈る事を辞めた少女は黒い鳥の人形の目玉をえぐり、翼を引き千切り、窓から投げ捨てた。


「はは!やった!やった!やったぞ!女王は『病死』した!予定通り『病死』したっ!!」


「浮かれすぎです宰相殿。病死は予定通りに起こるわけないでしょう。それ貴方には宰相としてすべき御仕事が残っています」


「あー。子供のお守りか。いやだなー私子供嫌いなんだよなー」


「いえ。その前にすることが。宰相殿はこの世界に死者蘇生の秘術があるのは御存知ですね?」


「し、死者蘇生だとっ!!?」


「必ずしも成功する物ではありません。それに病死した人間を生き返らせる事はできません」


「病死した人間は生き返らない?」


「”病死した人間”以外は問題なく生き返ります」


「それは不味いな」


「それだけでなく、高位の司祭ならば体内に入った毒素を除去する術を使う事も可能です」


「・・・何かいいアイデアはないかな?」


「こういうものはどうでしょうか?」



「女王の病は皆に移る危険がある!流行り病である!」


 ノバタケ宰相は城の者にそう告げた。


「女王は遺体を埋葬せず、火葬にする!骨まで残さず灰にしたらそれを湖に撒くのだ!」


 反対できるものは、誰もいなかった。



「おい。この世界にクローン技術ってあるのか?」


「クローン?なんですかそれは?」


「髪の毛一本から人間を甦らす技術だ」


「ホムンクルスでございますか。そのようなものを研究していた者が魔術協会にいたと。未だ実現したという話は聞いておりませんが」


「念には念を入れておくか」



「女王の部屋を焼き清める!家具も、服も、全部だ!城から病の根を立つためである!!あ、宝石は売り飛ばしてお金に変えるぞ。国家財源に貢献できれば、亡き女王陛下も喜んでくれよう!」


 少女の母は、本当にこの世から消滅した。


「この白い服は、貴女の父上と私が結婚した時に着ていた物です。貴女が大きくなったら着るといいわ」


 その白い服も燃えた。

 自分と母を繋ぐものは、この世に母がいた事を証明する物はすべて無くなってしまった。


「・・・まだ、のこっている」


 少女は庭に向かった。

 茂みの中を少女は自分が投げ棄てた人形を探して回った。

 ノバタケが国の財政赤字を救うためと称して庭師を減らしたことが功をそうしていた。

 右目と、左の翼のない、腹が白い黒い鳥の人形は、誰にも見つからずそこにあった。

 少女はそれを拾うと、抱きしめて泣いた。



「それでは、元の場所に戻しておきます」


 盲目の司書は、薄汚れた黒い鳥の人形を棚の上。椅子に座ったエリナがいつでも見える場所に置き直した。


「ええ。ご苦労様」


 黒い鳥の人形が元の場所に戻ったのを確認して、エリナ女王は考える。

 あの腹だけ白く、黒い鳥の名前はなんだったろうか。

 自分はなぜあの汚い人形を大事にしているのだろう。

 彼女には、思い出せなかった。


________________________________


 人の姿を模した人形。その歴史は古い。古代エジプトのピラミッドにはその原型ともいえるべきものが発掘されている。

 いや、石器時代の土偶も立派な人形だろう。

 ファンタジー世界で人形と言えばゴーレムである。

 石や鉄など造られた人型の物体に仮初の命を吹き込む。人工の生命体を造ろうという研究はユダヤ教の発祥で、キリスト教下では悪とされ、弾圧された。叩っ切ても出血せず、ぶっ壊して人が死なないので、ファンタジーでは便利な悪役である。

 十字軍遠征時代に描かれた絵の中に戦争の合間にチェスを楽しむキリスト教の騎士とイスラムの剣士の絵画が残っている。

 ということはチェスの駒はその当時あったのだろう。

 と、同時に敵でありながら戦いのないときは遊戯を楽しむような関係にあった者達もいたのだろう。

 いわゆるフランス人形が製造され始めたのは十四世紀頃。つまり人形が中世ヨーロッパ風ファンタジー世界にお人形さんが普通に売っていても何も問題はないわけである。

 人形の本質は根本的に人間の代わりである。子供の人形遊びもそうであるが、中国の兵馬俑のように王の墓に大量の人形を造って副葬品として一緒に埋葬する。

 これは、もともと本物の人間を埋めていたということを暗に意味している。いわゆる殉死というやつである。

 河川に人形を流す習慣は、元々本物の子供を口減らしのために水に沈めていたことを意味している。

 ファンタジー物でよくドルイド僧というのを聞くが、彼らは聖なるナラの樹で人間を絞首刑にし、供物としたそうだ。ドイツやデンマークの湿原からは首に革の縄をつけられた遺体がみつかっているという。

 また、人間そっくりの精巧な人形を造り、それに魂を吹き込む。そういう人形師の話も多い。

 今し方あなたが通りすがった、街の本屋で本を買い求めた人物も、本当は動く人形なのかもしれない。

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