病院
アミーラはマルレーネを連れて、真っ白な建物に来た。
妙に薬品臭い。
その薬の臭いを誰よりも(盲導犬のチャッピーを除けば)強く感じたのは、目の見えないマルレーネだった。
「こちらは?本屋さんではないようですか?」
「魔王領から来た医者がおる病院だ。せっかくだからお主の目を診てもらうがよい」
「いえ、ですが私の目は産まれたときから」
どうせ無駄だろうから。そんな風に尻すぼみする。
「妾の郷土の魔王領はお主ら人間の国より千年は医術が進んでおるのだ」
「いや、千年は流石に」
作治が口を挟もうとした。
「黙れ三等民族。ともかくその眼を診てもらえ。金は妾が出す」
アミーラは作治を黙らせると、マルレーネを伴って病院の中に入っていく。
真っ白な白い待合室にはふわふわとした柔らかい椅子に診察を待つ人が何人もいた。長い廊下の奥はベッドのある病室だろうか。
他の患者に混じって順番待ちする事20分ほど。診察室には女医、らしき人物がいた。
「まぁすべすべのお肌をしてらっしゃるのですね」
マルレーネは女医、であってるであろうその人の手をさすりながらしげしげと言った。
作治には性別も年齢もわからなかった。なにしろその医者は、トカゲ人間だったのだから。
皮膚に体毛がなくて当然である。
「それでは診察してみましょうか」
女医?のトカゲ人間はマルレーネの瞳にロウソクを近づけたり遠ざけたり、上から水をたらしてみたりしてみた。
「ふーむ。どうやらあなたの目は光をまったく反射していないようですね。まるですべてを吸収してしまっているような。魔王領は人間の国より眼科医療が発達しているのですがこのような症例は初めてです」
「と、いいますと?」
「あなた方人間の国では目から光線を発し、物体を捉えるという説が有力です。ですがそれが間違いなのです。太陽などの光を放つ物体から発せられた光線を目の視神経が受けることによって目が見えるのです。まぁこれはあくまで軍事目的に利用できる事実から産まれた副産物に過ぎず、医者としては正直複雑な心境ですよ。凹面鏡、凸面鏡などを利用し、光を一点に集めれば遠く離れた場所に火をつけることが出来るとか」
「ああ、それソロモン要塞を焼いたソーラレイの理論じゃないですか。見たことありますよ」
作治はぽろりと言った。
「見た事ある?」
「形のある物体だけじゃなくて、大気中の空気や雲などに色を感じるのはそれらが粒子レベルで光を人間の目に送っているからです。空が青く見えるのはレイリー散乱。雲が白く見えるのはミー散乱です」
「アミーラさんこの青年は一体?!」
トカゲ医者は声を振るわせながら訪ねた。
「え?サクのことか?ニホンから来た魔法学科の生徒だぞ」
「普通学科です」
作治は速やかに訂正する。
「そうですか。医学に関して魔王領が一番だと思っていましたがニホンはそれ以上の・・・」
トカゲ医者は少し考え込んだ後、
「マルレーネさん。とりあえず点眼薬を出しておきます」
「ありがとうございます。お代は如何ほどでしょうか?」
「いりません。改めて医学を学び直さなければ・・・」
そう呟きながら医者は診察室を後にした。
「ただで診察してもらえたな。得したなマルレーネ」
「そうですね。ところでサク様」
「なんですか」
「貴方は本当に優秀な魔法学科の生徒なのですね」
「普通学科です」
作治は訂正した。
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施療院、療養所といった施設はいわゆる病院である。
病気怪我になったらすべて回復魔法で解決、というような世界ではこれらの施設は必要ない。
その場合は間違いなく医学、薬学の衰退が必至なので、一度エボラ出血熱のような疫病が発生すれば国が滅亡するとか、世界の人口が半分になるとかは簡単なことであるし、不治の病で宮殿から出たことがない王女がいたとしても、その原因を突き止めることは困難を極める。なにせ治癒魔法が一切効かず、病気の診断をしようにもその世界には「魔法でなんでも治せばい~や」と考える魔法使いたちの長期の怠慢の結果、医学が壊滅しているのだ。
ああ、どこからかある日こんな哀れな王女の病気を治してくれるような神の手を持つ旅の治療師でも現れてはくれないだろうか。
さて、こんな極端な例はともかくとして、医学が壊滅していない世界の状況を考えてみよう。
一般的な病院には受付、患者のベッドが並ぶ病室、実際の処置を行う診察室、外科医療が発達している地域なのば手術室がある。
薬や医療器具の倉庫もあるだろう。
経営母体は様々だが、富裕層向けの私立病院、貧困街にある個人病院、宗教団体が運営する慈善病院などが存在する。
医者が活躍するテレビドラマは非常に多いので、雰囲気を把握するのはそれ程難しいことではない。
中世ヨーロッパ風世界では基本的に医療技術は低いと考えていい。軽い病気や軽傷の患者しか治せないだろう。
頭に刀傷を負った剣士をあっさり治せるような外科医師がいれば、神様扱いされるのは間違いない。
また、製薬会社が存在しないため、治療に使う薬は各医師が自前で調合しなければならないだろう。
薬草やキノコ、樹皮や木の実、植物の根といった物を市場で仕入れる。また、冒険者に依頼して
特殊な動物(もちろん非常に強いモンスター)の内臓やツノなどを材料として使うこともある。
時には鉱石も薬の材料になるだろう。鉱石を薬の材料にするとは不思議な感じがするが、具体的にはカルシウム、ナトリウムなどである。
確かに体に必要なものである。
それらを調合し、粉末、丸薬、軟膏、液体といった形状にする。当然ながらカプセルはない。
乾燥した草木が並べられた薬品棚からは葉片や木片の薬効臭が漂っているだろう。
また冒険者ギルド指定の店舗には冒険者用の即効性高い薬が売られている事が多い。
傷薬や魔力回復を袋一杯に、あるいは資金のあるだけ買い込んで迷宮に挑むのは、冒険者にとって常識のようなものだ。
あなたの英雄が活躍する世界はどんな医学、薬学の世界なのか。
水虫もウィルス性の心臓病も虫歯も痛風も全部回復魔法で治ってしまう世界なのか。
それはそれで滑稽で、面白い気もする。




