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書籍

 その日。買い物に出かけた作治とアミーラはイスカンドリア南広場のあたりで人だかりのようなものができているのを見つけた。

 いや、どちらかというと戦争の準備をしているような感じであった。

 街の警備兵やら、冒険者風の若者。魔術師風の男などが続々と集まってきている。


「くそ、なんてことだっ。俺は憲兵団に入って楽がしたかっただけなのにっ!。最前線から遠く離れた内地のイスカンドリア勤務初日だっていうのこんな事になるなんてついてねぇ・・・」


「一体何があったんです?」


 作治は、悪態をつく憲兵団員に尋ねてみた。


「お前、魔法学科の生徒か?」


「普通学科です。日本の、さいたまから来ました」


「ニホン人!?そうかお前ニホン人か!!?なら丁度いい!!俺の代わりにあのバケモンをやっつけてくれ!頼んだぞ!!礼金は弾む!!どうせ税金だ!俺の金じゃないしな!!」


「それでいいんですか?」


「いいんだよ!じゃあ頼んだぞ!魔法学科のニホン人!!」


「いや、僕は普通学科の」


「おーいサク。いくぞー」


 街の警備兵の、それもなんだか偉そうな人の許可が出たのでアミーラは人垣を掻き分けずんずん中に入っていってしまう。

 おいてけまいと慌てて作治も追従する。

 広場の中央。噴水に腰かけていたのは一人の人物切りそろえた前髪と、腰まで届く長い髪。両耳の上あたりに小さくリボンが結び付けられている。

 白と青を基調とした、上品そうなロングドレスの女性。

 が、その隣にある物体が問題だった。家の一階くらいの高さのふさふさした毛むくじゃらの四足の生き物が、首を突っ込んで噴水の水を飲んでいる。

 トラか、ライオンに似た大型ネコ科動物だ。ただしサイズはゾウ程度。


「なにあれ」


「ふ。シュリケンタイガーも知らぬとは。所詮ニホン人は三等民族だな」


 知らぬで結構。とりあえず事情を聞いてみるか。

 作治はでっかいトラの隣に座る少女に声をかけてみた。


「あのーちょっとよろしいでしょうか?」


「はい?」


 作治が声をかけた途端周囲で槍やら火縄銃やらを構えていた街の警備兵たちからどよめきが起こる。


「す、すげぇ・・・。あの魔法学科の生徒、シュリケンタイガーをまったく怯えていねぇ・・・」


「おい、あいつどうもニホン人らしいぞ?」


「ニホン人?!なにあの伝説の英雄タナカ・ショーイと同じニホン人なのか??!どうりで・・・」


 もっとも小声で一斉にざわついてるので、作治には何を言っているのかよく聞こえなかったのだが。


「その巨大なトラ。どうしたんですか?」


 飼い主らしき長髪の女性に声をかける。


「巨大な、トラ?」


 作治の方を向いて女性は瞬きした後、


「ああ。この子は盲導犬のチャッピーです。トラなんかじゃありません」


「盲導犬のチャッピー?!!?」


 いや。体のサイズはともかく、体毛とか尻尾の特徴とかはどうみても犬じゃないだろうに。


「私は目が見えないもので。チャッピーがいないとお屋敷のお外を歩けないんです」


 作治は言われて初めて気が付いた。彼女の瞳はまったく光を反射していない。


「それで、家から抜け出してお主はどこへ行こうと思うておったのじゃ?」


 アミーラが尋ねる。


「本屋さんへ。イスカンドリアの書店には魔王領から輸入される珍しい書籍があるとお聞きました」


「なら話は早い。本屋なら一軒しかない。ブロード通りのボドリアン書店だけだな」


「一軒?こんな大きな街なのに本屋さんが一軒しかないのかい?」


「まぁ本というのは高いからのう」


「あ、そりゃそうか」


 きっと読むだけで魔法が習得できるような書物は貴重で高いんだろうな。作治はそう当たり前のように考えた。


「あれ、でも君目が見えないんだよね?本買っても読めないんじゃない?」


「大丈夫です。主に読んでもらいます」


「あるじ?」


「はい。私が仕えているお屋敷の持ち主です。その方に本を読んでいただくのが私の趣味。いえ、生き甲斐なのです」


「では参ろうかな」


「はい、行きますよ。チャッピー」


 声をかけられ、水を飲んでいたネコ科動物が振り向いた。

 胴体は噴水の方に向いたまま、首だけ90度ぐるりとこちらに振り向く。


「首がまがったっ?!」


「何を驚いておる。これだからニホン人は」


「だってあの猫、首折れてない?」


「シュリケンタイガーは首が周囲360度回転するのだ。さらに牙をこすり合わせ衝撃波を発生させることでレザーアーマーやファイヤーボール程度なら容易に切り裂く事が可能なのだ。当然360度同時発生だ」


「それ本当に生物かうぉっ!!」


 作治は襟首を巨大なネコ科動物に咥えられ、運ばれはじめた。


「あら。チャッピーは貴方の事が気にいったみたいですね」


「では本屋に参ろうか。ところでお主。名はなんという?」


「マルレーネ・ネズウッドと申します。主はとても大きなお屋敷に住んでいるんですよ」


_______________________________________


 文盲率が高かった時代は知識は特権階級のものとされていた。

 膨大な知識を書き記した書物はそれだけで一つの魔法の品といえる。

 さる有名なファンタジー作品では「魔術師以外は人間ではない」という設定で、魔術師階級が知識を独占し、完全なる支配階級として君臨している。魔術師階級にとってはユートピア(理想郷)だが、そうでない者達にとってはディストピア(地獄郷)なのだ。

 科学を探せ。たとえ中国であっても。科学の探求はすべてのイスラム教徒の義務である。

 預言者ムハンマドはこういったという。

 ヒジュラ、とは、アラビア語で遷都、または移住という意味らしい。

 予言者ムハンマドの死後まもなくの8世紀頃、中国から紙と製紙技術が伝わるとそれに伴い本の複製、流通が始まった。カリフの指示のもと、公立図書館が造られ、それは知恵の館、バイトアルヒクマと呼ばれた。

 五代カリフの時代にはイスラム世界初の病院も建てられたという。

 大変設備の整った施設で、朝晩職員が病人の世話をし、女性のための建物も隣接して建てられたという。

 と、いうことは魔術師が支配階級として君臨するディストピア社会は中世のイスラム社会以下ということになる。

 まぁ主人公が悪名高いイスラム原理主義テロリスト未満の豚の糞みたいなやつが暴れる小説なんてこの日本でアニメ化されるわけがぁないよなぁ。

 ヨーロッパに目を向けると知識を、書物を入手するのが非常に困難だというのがわかる。

 1500年代初頭にヴェネツィア領事館の医師だったアンドレア・アルバーゴという人が医学典範という書物を翻訳しているのだがどういうわけか血液の肺循環の部分が欠落している。

不思議な話だ。

 同じ時期に肺循環の記録を残したスペイン人医師のミゲル・セルベルトなど複数の人物は火刑に処せられているというのに。

 これではまるで世界の真実を知ったせいで抹殺されたみたいじゃないか。

 それ以前に本の値段がべらぼーに高い。

 18世紀にロビンソン・クルーソー物語の初版本が発行されるのだが、お値段2シリング。

 当時の庶民の平均月収が20シリングである。ただの娯楽小説でこの価格なのだ。

 なぜこんなにも本の値段が高かったと言えば製紙技術が発明された中国から遠かったせいで、安価な紙の量産、伝来が遅れたという経緯があるらしい。

 大学の学生グループと教会側が羊用紙の購入をめぐって揉めたこともある。

 学生側は勉学のためと主張し、教会側は神に使える我々こそが羊用紙を優先的に使う権利があると主張していた。

 こういう世界なので、仮に子供向けの絵本などがあったとしても、それは冒険者が使う武器より高く売買されてもまったくおかしくないである。

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