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道路

 作治とアミーラが乗った荷馬車ならぬ荷乳牛車がイスカンドリアの大通りを進んでいると、馬面の獣人が地面に落書きをしている場面に出合わした。通りは広いものの、獣人が落書きをしているせいで馬車も荷車も片側一車線、交互にしか通れない。

 人間達は皆迷惑そうな顔をしているが、周囲を体躯のいいオークが武器を構え辺りを睨み付けている為誰も文句を言うことが出来ないでいる。


「あいつら何をしているんだ?中立都市とはいえ、ここは人間の街のはずだろう!」


 作治は激怒した。ディオニソス王に短剣一つで襲い掛かるメロスのように激怒した。

 が、セリヌンティウスようにアミーラを身代わりに処刑台において逃げるわけにはいかない。

 作治は冷静なのでオーク達に襲い掛からなかった。

 決して自分より二倍近く体格がよく、脂肪質ではなく筋肉質な豚の兵隊に臆してわけではない。


「やれやれ。どうやらサクの故郷のニホンという国には道路交通法がないらしいのう。所詮は三等国家ということか」


 アミーラは憤慨する作治を見てそう言った。


「道路交通法?」


「三等国民であるサクに特別に教えてやろう。実は妾がまだ赤子の頃、酒を飲んで酔っぱらった御者が運転する馬車が道端で遊んでいた子供たちに突っ込み、十人ほどなくなったのだ。それはもう悲惨な有り様で、蘇生の秘術を用いて蘇らせること敵わなかった。そこで考えたのだ。馬車、荷馬車というのは非常に便利なものだ。だがほんの少し運転を誤るだけで平穏に暮らす人々の大きな脅威となる。故に国会で数年に渡って議論され、可決、成立されたのがこの道路交通法というわけだ」


「なんでこの世界に道路交通法なんてものがあるんだよ・・・」


 作治に問われ、アミーラは道路で落書きを続けている馬面の獣人を指さした。


「あれを見るがよい!馬の絵が書かれているな?」


「うん」


「馬や馬車は道路のあそこを走るのだ。そして道の端の方に人間の絵が描いてあるだろう?」


「うん」


「人間はそこを歩くのだ」


「なんでそんなことを?」


「ふ。そんなことがわからないとは所詮ニホン人は三等国民だな。よいか。あらかじめ人間が歩く場所と荷馬車が走るところを分けておけば車にひかれて死んだり、怪我したりする者が大幅に減るのだ」


「それくらい知っている」


「いや。わかっておらんな。サク。お主あれがなんだかわかるか?」


 アミーラは空を指さした。いや、空ではない。幅広い道路の上に、川もないのに橋が架かっている。


「なにあれ?橋だよね?」


「ふっ。あれは陸橋と言ってな。道路の左手に小学校があるのだが、実は右手に住宅地があるのだ。そしてあの橋を渡って子供達は学校に通うのだ。道路を横断する必要がないので万に一つも車に轢かれる事がないのだ。どうだ。凄いであろう!」


「なんでそんなことを自慢するの?」


 尋ねる作治に、アミーラはこう答えた。


「これだから三等国民のニホン人は困る。学校に通うのは魔法おろか、読み書きすら満足にできぬ子供達だぞ?それとも何か、貴様の故郷のサイタマとかいう街には三才で言葉を話し、五歳で宮廷魔術師になるような子供がゴロゴロしておるのか?」


____________________________________


 都市と地方を結ぶ幹線道路を街道。街や村の中、人々の生活の場に隅々まで張り巡らされた細かな道路網を街路という。

 いづれにせよ、道路は陸上交通の要となる重要な存在である。もっとも、その世界の住人すべてが転移魔法なり、飛行魔法が使えるのならば話は別だ。

 実例がある。ドラゴンボールに登場したナメック星人の村には村と村を繋ぐ道路、村内の道路が存在しない。これはナメック星人たちが飛行能力を持っているからである。

 ファンタジー世界の道路は主に地面を馴らしただけの簡単なものが多い。ちょうど時代劇に出てくる、主人公が山道を歩いていると浪人者が切りかかってくるような、あのような感じの道である。

 ファンタジー世界の道路事情が悪いのにはそれなりに理由がある。文明程度が高ければ路面が石材で舗装されていることも多いのだが、ひとたび治安状態が悪化すれば街道の整備はされずに放置され、荒れ地同然となる。

 路面の修理や保全は行政の仕事、つまりそのファンタジー世界の王侯貴族の責務なのだが、まず貴族に「道路がよくなれば民が喜ぶ」という意識が低いことが多い。そんなお金があれば自分の宮殿を豪華にすることに使ってしまう。

 さらに街道を整備しようと領主が考えたとしても、それは到底一週間や二週間で終わる工事ではない。当然一年をとうして行われる事業になるわけだが、そうなれば台風の季節や大雪が降ることだってあるだろう。

 その度にチート魔法使い様が台風を吹き飛ばすのか。大雪を熱で溶かすのか。

 世界の反対側まで影響の出そうな魔法を道路建設のたびに行使してどうするつもりなのか。

 自然の猛威は人間如きの力ではどうしようもないが、(どうにかできてしまうのならば、それはもう人間の力ではない)自然の猛威以外の街道建設を阻害するものがある。

 街道沿いには盗賊が出没する事が多い。その国の国王のまつりごとが悪ければ悪いほど、彼らの勢力は大きいだろう。外交政策が悪ければ隣国と戦争になり、敵国の兵士が領内に攻めてくるかもしれない。

 その世界に魔王の類がいるのならば、配下の魔物が出没し、これまた領内を荒らしまわっているかもしれない。

 森林山間部には野生の猛獣は出没する。彼らは自然動物なので、外交政治政策とは一切関係なく自分達の縄張りを荒らす工事関係者に噛みついてくるだろう。

 では、自然の猛威のない街路はどうか。

 確かに街の隅々まで石材で舗装され、人も馬車も歩きやすいだろう。その道は高級住宅街からスラム街まで繋がっている。

 行き交う人も貴族、商人、他の冒険者と様々だろう。『ニホン』から来たサラリーマンがスリに全財産を奪われることもあれば、自分の強さを示したいだけの愚か者の魔法学科の生徒が街中で攻撃魔法を意味なく炸裂させ、街中の警備兵から追われるようなこともあるかもしれない。

 なぜ警備兵たちはそんなことをするのだろうか?

 彼らの役目は街の治安を維持する事である。治安がよくなければ土木業者が安心して道路工事ができないのである。

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