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図書館

 エリナ女王は書物を音読していた。


「国王一家は実に愚かであった。深謀も遠慮もなく、落ち着き過ぎていた。

昼間だというのに馬車を何度も降りて、風景を眺め、近寄ってくる通行人や農民と談笑する始末であった。国境付近で早馬に乗ったドルーエに追いつかれた。

『その者達は我らを捨て、贅沢三昧を繰り返した国王オウギュストとその妻ドートリッシュだ。捕えて首をはねるのだ』」


 そして本を閉じる。水差しから意匠を凝らした陶磁器の器に水を注ぎ、喉をうるおしてから盲目の司書に命じた。


「この本はこれで終わりね。続きが気になるわね。お願いします」


「畏まりました」


 盲目の司書は即座に応じる。そして城の地下にある大図書室に向かう。

 何層もあり、実は城壁を超えて城の外側まで伸びているとも聞く。

 無数の図書が所蔵されたこの地下室は訪れるのは城主に管理を依頼された者。でなければ不埒な盗っ人か。

 それ故にこの図書室には歓迎せぬ者を薙ぎ払う仕掛けが幾重にも用意されている。

 例えば図書室が地下にあるので、明りの松明を持ってあるいたとする。ある場所を歩くと、その松明に反応して廊下がアダマンタイト製の壁で閉じてしまうのだ。

 ではそれはどうやって開くのですかとエリナ女王に尋ねたら


「中の酸素がなくなったら開くわ」


 とお答えになった。酸素とやらがよくわからぬが、どうやら閉じ込められた人間は死ぬまで出られないらしい。

 もっとも松明を持って地下図書室に入らない盲目の司書には関係のない話である。

 元から目の見えない彼女には、明るい太陽の下だろうと真っ暗な地下道だろうと同じなのだから。

 しばらくして、盲目の司書は変な物体を持って戻ってきた。

 頭蓋骨が陥没し、カエルのようになった人間の遺体である。


「申し訳ございません。女王様。地下図書室にカギをかけずにいたところ、賊の侵入を許しました」


「よくわかったわね。足音がしたのかしら?」


「いえ。明りの魔法を使っていたので魔力の術式を視て、直接殴りに行きました」


 魔導を少しでも齧ったことのある者には説明不要かもしれない。

 目が見えないのと、魔力が視えないのは別次元の話である。

 もっとも魔法を使っていなくても、事情は変わらなかっただろう。

 ローヌ城で長い間暮らしている彼女にとって目が見えないことはなんの障害ではない。

 食器棚の皿の位置から、クローゼットの下着の場所まで完全に把握している。

 そうでなければエリナ女王の司書は務まらない。

 この城の城主はエリナであるが、城内においては世界の中心は盲目の司書であり、

 城内において盲目の司書に勝てる者は存在せず、

 城内において盲目の司書は物語の主人公なのだ。

 そう、ローヌ城の中では。


「死体はわたくしが処分しておくから、貴女は手を洗ってらっしゃい」


「はい。申し訳ございません」


 盲目の司書はエリナ女王に一礼し、閲覧室から出ていった。

 エリナ女王は盲目の司書の代わりに盗っ人の懐をまさぐる。

 首尾よく失敬した暁には書籍愛好家ピヴリオマニアにでも売ろうと思っていたのか。盗もうとしていた本が一冊出てきた。


「皇帝ネロ。奴隷の服を着て売春宿やアレーナを歩く。これも大切な意味のあることなのかしらね」


 表紙のタイトルがかすれて読めなくなった本を見ながらエリナは呟く。

 だいぶ劣化しているようだ。予定を変えて、今日はこの本の写本作業をすることにしよう。

_______________________________________


 ファンタジー世界には冒険者が自由に立ち入りできる図書館がしばしば登場する。

 ただし、現実の中世には図書館自体は存在したが、それは不特定多数の人間が利用できるというものではなかった。

 理由としては盗難防止である。貴重な蔵書を持ち出しで売り飛ばしてやろうという不届き者が容易に想像できたからだ。

 ファンタジー世界の魔法学校なら当然あるのは魔術書なわけで、それをどこで魔物に襲われて死ぬかもしれない冒険者なんかに渡した日にはそれこそ『死ぬまで』借りられてしまう。

 中世の図書館は知識の収集にある意味今以上に熱心で、旅人が価値ある書籍を所持していればそれを没収し、写本作業を行う事すらあった。

 その甲斐あって、アッバース朝時代(西暦約1000年頃)の図書館から世界初の図書館と言われるアレクサンドリア図書館(紀元前300年頃)の書籍の写本が見つかっている。

 写本に写本を重ねた結果、2000年以上昔の書籍が現代の研究者に手渡されたのだが感謝するしかない。

 写本というのは紙に書かれた本を手書きで模写し、書き写す行為で今のように印刷技術が生まれる前に行われていた本の唯一の製造方法だ。ゆえに本は量産化できず、高級品だった。

 ファンタジー世界で文字、文字を教える学校があっても、印刷会社がなければ本の値段はそれこそ家が一軒買えるほど高いはずだ。偉大なる魔術書ならばなおさらである。

 人間が本を読むために三つの要素が必要とされているらしい。

 識字率、本、そしてガラス。

 そもそも字が読めなければ話にならないだろう。学校のない社会では本もないだろうし、魔術師が魔術技術を独占しているようなディストピア世界では一般人が魔術文字を解読することはほぼ不可能だ。もっとも、別世界から来る『何者か』ならば読めるかもしれない。

 そして本。実際に文字書かれた物体がなければ読書はできない。パピルスでも石版でも人間の皮で作った読むだけで魔力が身につくがなんだか魚みたいな顔になってしまう奇怪な本でもいい。とにかく本だ。

 最後はガラス。厳密には本が風で飛ばされず、だが太陽などの明りが届き、そして暖かい部屋。暗いと文字が読めないし、寒いと人間は読書する気分になれないからだ。冷たい冬の空の下で文庫本を読むのは、コミケの開場待ちをしている連中くらいなものだ。

 図書館の本を読めば知識が手に入る。だが安心してはならない。

 図書館の司書が主人公を殺すべく襲い掛かってくる(名探偵コナン)場合もある。あるいは本自体がモンスターとして襲ってくる時もある。(月下の夜想曲)

 そうやって艱難辛苦のあげく手に入れた知識を活かせるかどうかは、結局は冒険者次第なわけだが。

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