館
その館は街の中にあるというのに城壁のような壁に囲まれ、壁の上部全体に埋め込まれた矢じりのせいでさながら城柵の様相を伺わせている。
実際、下手な田舎領主の屋敷よりも強固で、警備も厳重だった。
一般市民の家五十軒分はありそうな敷地には常時傭兵の類が六十人近く雇われ、警戒にあたる。
正直、イスカンドリアの警備兵の詰所より厳重な警戒なのではないだろうか。
貴族や豪商の家の建ち並ぶ高級住宅街の中でも最も大きい建物。
その邸宅の庭の中心部には屋敷の主の趣味がわかりやすい石像があった。
首輪をつけられた裸婦の像。
そしてのその前に座らせた本物の全裸の女。
亜麻色の髪の成人女性だ。
「貴様があらゆる魔術を跳ね返す能力とやらを持っているのは知っていた。たくさんの見習い術者や冒険者共を捨て駒にしたおかげでな。だが、残念だったな」
頬も腕も腹も足も脂肪で弛んだ、豚よりも豚らしい。オークよりもオークらしい外見の男は鎖に繋がれた髪の長い女にガラス瓶に入った銀白の結晶体を見せた。
「お前がその魔術を跳ね返す能力とやら使う為には水が必要だというのは把握していた。もちろんそれも捨て駒共のおかげでな。だからこいつを使うことにしたんだよ」
女は何も答えない。
「こいつはな。ナトリウムという鉱石でな。使い道は何もない。せいぜいスライムよけになるくらいか。ということはお前さんはスライム以下の化け物ということか」
全身をぷるぷる震わせながら笑った。そして唐突に女に口づけをする。
「・・・ぶ!!んっ?!!!」
何かを飲まされた。女は頬を赤らめ、下腹部に違和感を感じる。
「そいつはマンドラゴラだ。効能は排卵誘発と受胎促進。さぁ、化け物に人間様の子供が宿るかたっぷりと実験してやろう!何しろ儂は偉大な魔術師なのだからな!そうだ。種付けが終わったら警備の傭兵にもお前で遊ばせてやろう!!」
脂身の塊に引きずられるまま、亜麻色の髪の女は屋敷の奥に消えていった。
ところで、この女のあらゆる魔術を跳ね返す能力とやらは水がないと使えないそうだ。
人間の唾液、精液、血液、胆液などはすべて水分を含んでいる。
おや、唾液と精液はともかく、血液と胆液に関しては人体を切断しないと手に入らない気がするが。
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都市に住む貴族や大富豪は閑静な住宅街に大きな邸宅を持っている。
小さな村では家々を見下ろす小高い丘の上に領主の館が建っている。
庶民と国王の狭間に位置する者達が住む家と城の中間の存在。それが屋敷である。
一般的な屋敷は二階以上であり、盗賊よけに敷地を高い塀で囲まれている。
狭い都市の中でも無意味に広い庭があり、菜園や厩舎など、庶民の住宅では到底考えられられない付属施設が存在することも珍しくない。
屋敷の内部は広く、贅を凝らした造りだ。
一度に何十人も食事ができる食堂。館の主を(画家が美化して)描いた絵画。
著名な彫刻家が作成した一族の守護神たる慈悲深き女神像が玄関ホールに飾られていることもあるだろう。
また、書斎の本棚に一つだけ抜き取られた部分があって、そこに本を差し込むと本棚全体が動いて隠し通路が見つかるだとか、壁に飾られている武器を取って部屋から出ようとすると天井が動いて盗っ人を押しつぶそうとする仕掛けがあったりするかもしれない。
屋敷というのは持ち主のは大概のお金持ちである。冒険者としてファンタジー世界で旅する者なら、屋敷の主から何らかの依頼を受けることも多いだろう。
ただ、実際にはその建造物の大きさから、ちょっとした罠と仕掛けだらけのダンジョン扱いされることの方が多い。
暖炉の上に絵があって、たき火に火をつけると炙り出しで文字が浮き出たり、グランドピアノを上手に奏でると仕掛け扉が開いたりする。
これが石造りの迷宮ならばどうだろう。洞窟の中に裸婦像の絵画があったり、高い物見台の屋上にピアノがあったら不自然極まりない。
屋敷には城や地下迷宮に似て、異なる存在。光りある所に建つ迷宮とも考えていいだろう。
街からちょっと離れた森林の中にあるゾンビだらけの屋敷には、あちこちに鍵がかかった扉があって、その奥には貴方の救いを求める仲間や、薬売りで生計を立てつつ邪悪な怪物を作り世界征服を目論む悪の魔術師がいるかもしれない。




