塩・砂糖
謁見の間に、薄汚れた鎧を着た髭の大男が踏み込んできた。
まるで山賊王のようではあったが、彼は山賊ではない。
男爵の爵位を持つ、立派な騎士であった。
髭面の大男は戦利品の木樽をエリナ女王の前に設置した。
エリナ女王は玉座から立ち上がると、木箱の中身をすくい取った。
すくい取った白い砂粒のようなものを隣によりそう自分と同じ年頃の、女中服を着た黒髪の娘に差し出す。
「このつぶを舐めろ。甘いぞ。砂糖だ」
女中服の幼女はなんの疑いもせず、エリナ女王の手を舐め、むせた。
「けほ、けほ。しょっぱい」
小さな女王は笑った。
「当たり前だ。塩だからな」
「ふん。女王に献上品だから通せとどんな財宝を持ち帰ったと思えば、たかだか塩ではないか」
ノバタケ宰相は不服そうだった。
「宰相殿。我がローヌは海に面しておりません」
「それがどうかしたのか?」
「塩を手に入れるには二通りの手段があります。東の湖から魔王領の船から輸入されるものを買うか。西の街道から通ってくる同じ人間の国を経た物を買うか。いずれにしても高い塩でしょう」
「だからなんだ。私は金持だ。別に困らん。欲しい物は金さえあれば手に入るわ」
そうだ。ローヌは私の物だ。ローヌ王国の金でなんでも好きな物を買えばいいのだ。
「北のマジノス山脈近くに今は使われていない古い林道がございます。魔王領に通じる大地下道マジノス迷宮に近く、魔の者共が跳梁跋扈するような場所でございますが、そこを抜ければ他国の関所を抜けずとも、海のある場所まで辿り着けます。山道林道を整備すれば、今までとは逆に彼の地で仕入れた品を我が国を通して売る様な事もできるかと」
「なるほど。山や林を切り開いて道を整備すれば確かにそれができよう。だが、魔王の国に通じるトンネルが近くの山に空いているのだろう?いつ化け物共が襲ってくるのでは道路工事もままならぬわ」
ノバタケ宰相がそう否定的な意見を述べていると、謁見の間に風が吹いた。
一人の軽装の兵士が息を切らせ、室内に走ってくる。
「火急の知らせであります!」
「何事だ!無礼であろう!」
ノバタケ宰相は兵士を叱りつけた。
「マジノス迷宮に近いベルゲンの砦が魔王軍によって攻め落とされたとのことです!」
「な、た、大変だ!すぐに和平交渉をっ!!」
うろたえるノバタケ宰相に対し、エリナ女王は酷く落ち着いていた。
「おい。山賊」
「山賊ではありません。エリナ女王陛下。最下身分の男爵とはいえ、ジョン・ファストルフは陛下にお仕えする騎士でございます」
「ベルゲンの砦は今日からお前の物だ。お前の物だから、行って魔王の手下から取り返してこい」
「畏まりました」
「なりません!城や砦を持てるのは伯爵以上の身分の騎士だけですぞ!」
「なら、この山賊はこの国で一番偉い騎士だ。なら城を持ってもいい。それと山賊」
「なんでしょう女王陛下」
「お前が持ってきた塩を街で売って金にしろ。その金で兵と武器を買え。魔王の兵士と戦争するのだからな」
一か月後、ジョン・ファストルフはベルゲンの砦を取り戻し、無事王都ローヌに帰還した。
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白蓮教という仏教の宗派がある。
御仏が五十六億七千万年後にこの世にあらわれ、すべてを救ってくださる。
これが仏教弥勒菩薩信仰の基本的な考えだ。
白蓮教はその中でも特殊であり、「弥勒菩薩は人間に転生して現生で人々を救済してくださる」というまこと都合の良いものだ。
教え自体は問題なかった。
都合が悪かったのは、我こそは弥勒菩薩なり。そういう者に先導され民衆が勝手な事を恐れた貴族。皇帝たちだった。
白蓮教は代々の王朝から厳しく禁止され、弾圧された。
当時の中国では、塩は政府の専売品だった。政府に逆らって、地下で安い塩を密売するグループがあった。
捕まれば一味揃って死罪。
やがて彼らは歴代の王朝が弱体する度、反乱を起こすようになった。
「我こそは弥勒菩薩なり」
そう名乗るものをリーダーとして。
塩は人間の生命活動にとって必要な必須栄養素であり、摂取しなければ人は生きていくことができない。
中世ヨーロッパで岩塩及び海水から作られる塩は小さな農村、漁村を一大貿易都市に変貌させるほど利益をもたらす商品だった。
ヴェネツィアもその一つである。
色が白く、食べ物の腐敗を防ぐ効果があることから、世界各地で神秘的、呪術的、宗教的に力があるものとされている。
日本だけでなく欧米でも幽霊には御塩(葬式帰りのあれである)なのだそうだ。
また、イエス・キリストは人間の偉大な事を表現するため、人々を「地の塩」と言ったというし、
旧約聖書には神に塩の柱に変えられた人の話も登場する。
また、戦国時代の武将武田信玄は山国に本拠を構えていたが、周囲の国が信玄を包囲し、塩を売らない様にすると、ライバルの上杉謙信は「塩で困ってるような者と戦うような卑怯な事は出来ぬ」と塩を送った言われる。
砂糖の栽培と製糖技術は中世アラブにおいて大いに発達した。水と牛乳を加えた上で煮詰めることで上白糖を得る手段が確立される。
十字軍遠征で砂漠を訪れた中世ヨーロッパの人々は、アラビア語でスッカルと称される激烈な甘さを舌に与える白い粉末の存在を忘れる事ができなかった。
ドイツ語でズッケル。イタリア語でズッケーロ。フランス語でスクレ。英語でシュガー。
響き似通っているのが砂糖が短期間でヨーロッパの東の端から西の端まで辿り着いたためである。
香辛料が中世ヨーロッパで珍重されていたのは大変良くしられているが、砂糖については軽視されがちである。
そもそもヨーロッパは寒いのでサトウキビが育たたない。
現実の中世ヨーロッパでは砂糖は純粋な甘味料ではなく薬局で薬として販売されていた。
当時は現在より食糧事情は悪かったであろうし、栄養失調になるものは多かったろう。
純粋な糖分の塊の砂糖はまさに万病の薬で間違いないはずだ。
新大陸でカカオが発見されると、液体のチョコレートドリンクに砂糖を入れて飲むことが富裕層を中心に流行する。
どちらも健康によかっただろう。
コンピュータRPGでも飴玉だの板チョコだのでHPを回復できる作品があった。確かに体力が回復しそうだ。
共通点としては塩・砂糖共に色が白いこと。食べ物の腐敗を防ぐ作用があること。そして、その世界の創造主の都合にもよるが、普通に馬車に乗せ行商人が商品として売りさばくだけの商品価値があるということだろうか。




