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スラム

 ノバタケ宰相の隣に座り、小娘は馬車から身を乗り出すように城下町を物珍しそうに見ていた。

 先王と、女王が相次いで『病死』したので、このエリナ王女、いやもう女王か。が、このローヌの王位継承者とうことだ。

 もっとも六歳の小娘に政治などできない。


「だから日本から来た私が政治を補佐する。宰相として」


 女王陛下にはせいぜいお人形遊びでもしていてもらおう。そして私はこの小娘を操り人形として、このローヌ王国を思い通りにするのだ。

 なに。傀儡政権なら主民党時代に散々慣れている。


「そんな事は国民の為にはならないのであります!」


 黙れ野党に落ちた民自党議員共め。


「ノバタケよ。それでは民の為にならないのではないか」


 何が国王だ。日本の進んだ先進的な税制度である消費税を導入して国家財政をよくしてやろうと思ったら即座にこれだ。

 それ以外にも私が何かやろうとするたびにあれはいかんこれはちがうのではないかと言って。

 街並みだけでなく頭の中まで古臭い連中だ。

 だが、これからは違う。


「今日からは私がこのローヌの国王だーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっつ!!!!!!!!!!!!」


 と、叫びたい気持ちを抑え、


「如何ですかなエリナ王女様。いえエリナ女王陛下?初めての城下町は?」


 馬車の隣に座るエリナ女王殿下(六歳)にノバタケ宰相は微笑みかける。

 うー。我慢我慢。なに。この小娘には菓子だの玩具だのを与えておけばどうとでもなるわ。


「あっちへ。あっちへいってみたい!」


 小娘もといエリナ女王殿下は馬車の外を指さした。

 その先には綺麗な城下町から少し離れた、スラム街があった。


「あそこは貧民街でございます。とても女王様のような御方が行くような場所では」

「このばしゃならどこへでもいけます!わたくしはいくっ!!じょうおうのめいれーがきけぬともうすか!!」


 ノバタケはしばし考える。

 バカバカ私のバカ。

 どうして暗殺者の手配をしておかなかったんだ。

 以前自室になんとかという赤い服を来た女が夜中に現れて、

「御身近に暗殺したい方がいれば格安でお引き受け致します」とか言っていたじゃないか。

 なんで事前に計画を立てておかない。

 いや。即位直後にエリナ女王が暗殺されたらさすがに怪しまれるな。

 となると私が狙われたことにして幼い女王は巻き添えで死んでもらった方がいいかな。うん。そのシナリオでいこう。

 ノバタケ君。やはり君天才だよ。やっぱり私はこの国の王様になるべきだな。うん。

 そう思っている間にも馬車はスラムに近づいていく。

 比較的綺麗なレンガ造りの住宅が多い街の中心部と違い、木板の壁があればいい方であり、入り口ドアの代わりに布。泥を塗り固めただけの雨が降ったら崩れてしまいそうな家。

 それらの住宅と住宅らしきもの間を、道の上を洗濯物を干した綱が渡っていた。

 突如馬車が止まる。


「どうした!運転手・・・じゃなくて御者か。なぜ止まった!!」


 国王、そして王妃が相次いで『病死』し、今やこの国の実質的支配者となったノバタケ様の行く手を遮る不埒者は何者ぞ。


「子供が飛び出してきました。止まらねば轢いてしまいます」


 見れば汚泥溢れる路面に小汚い浮浪児が倒れ込んでいた。年頃は自分の隣にいる座る小娘と同じくらいか。


「ならとっととどけろ。通行の邪魔だ」


「どうしたの。はらでもすいているの?うまいみつがしがあるわ。たべなさい」


 その隣に座っていたはず小娘もとい女王陛下様が浮浪児を抱き起してらっしゃるであーりませんか。


「なんかへんなにおいがするのね。あなた」


「わたしおふろはいってないから」


「じゃあわたくしのふろにいれてやろう。ついてまいれ」


 エリナ女王陛下(六歳)はボロを着た汚い娘を連れて馬車まで戻ってくる。


「お待ちください女王陛下」


「なんだ。だいじん。こいつをしろまでつれてかえる。わたくしとふろにはいるのだ。ふふくともうすか。じょうおうのめいれーであるぞ」


 ノバタケは思った。所詮は子供か。


「そのように貧乏人すべてに救いの手を差し伸べるつもりですか?見てください」


 廃屋同様の家が建ち並ぶスラム街。こそこそその物陰からこちらをうかがう人影。


「この一角だけで何百人、何千人という乞食がおるのですぞ?それともなんですか?その全員を風呂に入れるとでもおっしゃるのですかな?」


「いれる」


「はいはい。そうですでも。いれるのですよ。この住人どもを風呂に。えっ?」


「ぜんぶいれてやるのだっ!わたくしのふろはおおきい!ぜんいんいれてやるぞっ!!おいおまえ!!」


 エリナ女王陛下(六歳)は浮浪児の娘を強く掴んだ。


「おまえ、わたくしのみつがしをたべたな?」


「えっ。は、はい」


「じゃあもうおまえはわたくしのけらいだ!けらいはじょーおーのめーれーをなんでもきくのだ!こいつらをぜんぶふろにいれるんだ!!てつだえっ!!」


 エリナ女王陛下(六歳)は浮浪児を自分の馬車に押し込むと、こちらを見ているスラムの住人達にこう命令した。


「おまえたちもわたくしについてくるのだ!ぜんいんしろのふろにはいれ!わたくしがからだをあらってやるっ!!」


 その日。ローヌ城の正門を軽く千人を超す浮浪者が通った。

 二百年近い王朝の歴史の中で、初めての事だった。

 そして、城の浴場に浮浪者達が浸かった。

 王族とその体を洗う使用人以外を覗けば、これも初めての事だった。

 千人の浮浪者全員を、実際にエリナ女王(六歳)が洗ったわけではない。

 軽く浸かって帰っただけの者もいるし、自分で体を洗う者の方が当然多かった。

 老人。大人。男。その中でもとりわけ多かったのは赤ん坊や子供を連れた女性で、それらのいくらかが『ばいしゅんふ』という仕事の者達であり、その内容を把握するのがエリナ女王陛下(六歳)がもう少し大きくなってからになる。


「お疲れになったでしょう?もうおやめてになられてはいかがでしょうかな?」


「・・・あらうのだ。ぜんぶあらうのだ」


 ノバタケ宰相の提言にエリナ女王陛下はそうお断りになられた。

 エリナ本人に成し遂げる覚悟だとかできる確証があったわけではない。

 六歳と言えば幼稚園児くらいの年齢。その年頃の子供が駄々を捏ねているに過ぎない。

 それが、拾ってきた孤児と共に乞食どもを必死になって洗っていた。

 朝から始まり、昼が過ぎ、夕方になる。

 黙々とただひたすらに洗う。

 ノバタケはその間トイレに行ったり、食事を取りに風呂場から出たりした。

 その間もエリナ女王陛下(六歳)は浮浪者達を洗い続けた。

 体力的には、あと五年あった方が楽だったかもしれない。

 いや、それでは彼女は彼らを嫌悪し、スラムに近寄ろうとすらしなかったろう。


「御団子ができた。お食べなさい」


 泥で団子を造る。おままごとをする。五、六歳の子供は、そういう事をする年頃だ。

 決して魔法学科を首席で卒業するような年齢ではない。

 疲労と、風呂場の熱気と、湯気で、前に立つ人物の影が霞んで見えた。


「ありがとうごぜえますだお姫様。あっしで最後です」


 年よりの声だった。

 そうか。こいつで最後の一人なのか。

 そう思うと、なんだが元気が湧いてきた。

 背中を洗う。腕を洗う。足も洗う。ついでだ。尻も洗う。

 股についてるのは、ああ。ちんちんとかいうやつか。

 確か死んだ父上にもついていた・・・。

 なんで自分はこいつらを洗っていたんだっけ?

 ぼんやりした頭で考える。

 体を自分で洗い、あるいは幼いエリナに洗って貰った浮浪者達はみな彼女にありがとうありがとうと感謝の言葉を述べて風呂場から出て行った。

 廻りに誰もいない。

 いや。父上と母上が楽しそうに笑っているのが見えた。

 そうだ。今度は私が洗ってもらう番だ。

 父上と母上に。

 歩く。あるく。

 不意に。足をとられた。

 全身が温かい。父上と母上のぬくもりを感じる。

 このまま近づいていけば。

 彼女の腕は、何者かに掴まれ、そのまま意識を失っていく。 


 ノバタケ宰相は湯船の中に沈んでいくエリナを見た。

 先ほど廊下ですれ違った、皮膚病を患った浮浪者は自分で最後だと言ったか。

 となればここには自分以外は誰もいない。


「事故死だな。お悔やみ申し上げる」


 事故なら仕方あるまい。国をあげての盛大な葬儀をして差し上げよう。

 そう思って風呂場から出て行こうとしたノバタケ宰相は水音を耳にした。

 酷く不愉快な水音だった。


「じょうおうさま。しっかり」


 あれは。浮浪児の娘だ。湯船で溺れたはずのエリナを引き上げ、洗い場まで歩いている。

 余計な真似をしおって。

 そう思ったが、杞憂だったようだ。

 浮浪児はエリナを洗い場を運んだところで力尽き、二人仲良く倒れ、そのままぴくりとも動かなくなる。

 まさに天祐とはこの事か。

 ノバタケは両手をエリナの首に伸ばした。

 このままこの娘を絞め殺す。

 そしてその罪は浮浪児にかぶせる。

 完全犯罪の成立だ。

 ・・・いや無理だな。日本にいた頃、テレビの刑事ドラマ、女医が捜査に口出しするやつで視た事有るぞ。

 確か手の形で犯人を割り出すんだ。

 大人と子供では、手の大きさが明らかに違いすぎる。これでは自分が犯人だと言っているようなものじゃないか。


「あぶないあぶない・・・」


 となれば、そうだ。この手拭いを使おう。布ならば手の大きさはわかるまい。この世界には指紋を調べる技術はないようだし、この手拭いをさっきまで使っていた浮浪児が犯人だと主張すれば完全犯罪が。

 ちょっとまて。廊下ですれ違った浮浪者は皮膚病を患っていたな。

 この手拭いを触って私がこの世界にしかない得体の痴れない伝染病に感染したらどうするんだ。

 日本にいた頃、テレビの勉強になる番組でやっていたぞ。

 梅毒は元々アメリカ大陸の風土病で、地元住民にはたいしたことなかったけど、ヨーロッパで大流行して二十年も経たずに日本まで伝来したそうだぞ。

 そういう病気だったらどうするんだ。

 私はこの国の支配者になるんだ。腹上死ならまだしも、ジジイから病気を貰って死んだら話にならん。

 この場で。ノバタケ宰相が取るべき最善の行動とは。


「誰か。誰かおらぬか。姫様が風呂場でお倒れになったぞ。医師を呼べ」


 良い人を演じて皆の心象をよくしよう。うんそれがいい。

 そういえば日本にいた頃、民自党の県知事が地元に立派な病院を建てて「議員先生ありがとうございます。次も投票させていただきます」と言われていたことを思い出した。

 よし。ローヌ王国の国費で私専用の立派な病院を建てよう。

 国の金は私の金だ。この国は私の物なんだから何も問題はないな。

 ノバタケ君。君はやっぱり天才だよ。やはりこの国の頂点に立つ為にやってきた人間なんだ。

___________________________________


 世界最古の都市は、シリアのアレッポと言われている。できたのはおおよそ四千年前だそうだ。こういった長い歴史を持つ都市は栄えているときはいいが、落ちぶれ、寂れてくるときも当然ある。

老朽化した建物は徐々に迷宮のようになり、スラムと化していく。

 スラムとは貧民街のことである。その日の食事にも事欠く人々が集まり、

 暮らしている。彼らの多くは仕事もなく、お金もない。

 宗教法人などの慈善団体からの給食のみでどうにか食いつなぐ者が多い。

 建てられてから何十年も建ち、碌に修繕もされない家屋が建ち並び、清掃や警備などの公的サービスは行き届かない。

 薄汚れた異世界の街で、現代日本から来た若者がピカピカ光る腕時計なんてしてようものなら腕ごとナイフで切り取られ、持ちされてしまうかもしれない。

 白昼堂々路上で追い剥ぎ、強盗が行われ、殺人事件が起こらない日はない。犯罪組織のアジトがあり、麻薬の密売が行われる。

 そのような暗黒街に中国式略奪が起こることも珍しくないだろう。

 新鮮な鮮魚を積んだトラックが横転するとたちまち付近の住人達が群がり、重傷を負った運転手をそのままに魚の奪い合いを始める。果物、食用油、卵。家電

 衣類を積んだ車が爆発炎上しても火災はそのままで燃えてない服だけ拾っていく。

 高速道路で横転すれば住民達が高速道路に乗り込み、別の車にはねられることも事故車は止まってはいけない。法律違反は高速道路に入ってきた住人たちなのに加害運転手が袋叩きにされるかもしれないのだ。

 彼らを攻めてはいけない。なぜなら本当に攻めるべきはスラムに住む貧民を放置し、贅沢三昧を続ける施政者であるべきなのだから。

 こういったスラムが無くなる根本的な解決策は、残念ながら私は知らない。

 行政が区画整理を行って強引に住人達を立ち退かせるか。

 火事や地震。洪水。疫病なので住民丸ごと総入れ替えになるか。

 そうそう。最初にシリアのアレッポと言ったか。派手に戦争でも起こって、街ごと瓦礫の山になれば、スラムなど無くなってしまうだろう。

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