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聖水

 作治達は老尼僧に礼拝堂の中に案内にされた。

 修道女が座るためのニスの効いた木工長椅子が両サイドにずらりと並び、中央奥には右手にハンマーを、左手にシールドを持った尼僧の石像が立っている。


「あの石像がこの修道院を建てた聖アンジェリカ様じゃ。まぁ本物と比べて大分美化されておるがな」


「お会いしたことあるんですか?」


 作治は老尼僧に尋ねた。


「彫刻家が言うに、女性の英雄だから女性らしさを強調した像でなければならんそうだ。乳房とか長い髪とかな」


 言われて見れば。修道服を着ているのに髪の毛を覆うヴェールはかぶってはいない。


「さてと。これが婆の聖水じゃ。こいつを街で売るといい。何しろ一週間もかけて聖水を買いにくるような物好きはおらんからな」


 老尼僧は礼拝堂の床に置いてあった木箱を作治達の前に置いた。

 木箱の中には、ガラスの瓶が二十本ほど。運んでいる最中にガラス同士が当たって割れないよう綿が敷き詰められて納められている。


「婆の聖水ってなんか嫌な響きですね」


「聖水?こんなものただの水ではないか。妾の店で売れるのか?」


「アミーラよ。お前さんにとっては、当然ただの水じゃなあ」


 老尼僧は聖水の入ったガラス瓶一つとり蓋を開けた。


「ちと飲んでみい」


 老婆に勧められるまま、アミーラは聖水を飲んでみる。


「やはりただの水のような気がするが」


「ていうか、これただの水なんじゃないですか?」


 疑問を抱く作治達。


「お前さん方がそう思うのは当然じゃ。だからわかりやすい実験をしようと思うてな」


「実験?」


 老尼僧がぱんぱん、と両手を叩いた。

 老尼僧の合図に合わせ、礼拝堂の奥から一体のスケルトンが立ち上がり、そしてこちらに歩いてくる。


「が、骸骨がっ?!!」


 驚き、怯え、アミーラの背後に隠れる作治。


「おいおい、まさかスケルトンも見たことないのか?これだから三等民族は」


「ていうか倒さないと!なんで修道院の中にモンスターがっ!!」


「ああ。心配はいらん。あれは妾の母が造ったものだ。魔力の波動でわかる」


 アミーラはまったく怯える素振りなどみせず骸骨の化け物に歩み寄る。


「妾の母はエンプーサと呼ばれる魔王領の住人でな。お主ら人間が魔王と呼んでいる人物に仕えておった事もあるらしいのだが今はこの教会で修道院長をやっておる。特技は暗黒系を中心とする攻撃魔術」


「それ、修道女って言えるのか?」


「尼僧は尼僧でも破戒尼僧じゃがのう。さて」


 老婆は水の入った木のバケツを作治に見せた。


「これはそこの畑にある井戸で汲んだ水じゃ。ほれ小僧。飲んでみい」


 老尼僧は木のコップで水をすくい、作治に渡した。促されるまま飲んでみる。やはり何も起こらない。


「単なる水じゃから人間であるお前さんには喉を潤す以上の意味はない。もちろんこやつにもな」


 アミーラの母が造ったというスケルトンに頭からかけてみた。頭蓋骨から、肋骨。腰骨から足の骨まで流れ、礼拝堂の床に水たまりを造るだけだ。


「しかしじゃな。こうやって」


 老尼僧は再びコップに水を汲んだ。その木製のコップが一瞬だけ光輝いて見えた。


「まず半分だけ飲んでみい」


 作治は言われるまま飲んでみる。とくになにもおこらなかった。


「これをこのしゃれこうべにかけるとな」


 作治がたった今飲んだはずの水、その残り半分がかかった瞬間、スケルトンは頭からドロドロ溶解し始める。まるで硫酸の類でもかけられたのようだ。

 しかしこの水がそのようなものなら先に飲んだ作治の内臓がドロドロに溶けているはずなのだが。


「今のは祝福、ブレスの魔法でな。元が単なる井戸水でもかけるとこの通り。故に瓶に詰めて売る事ができる。買う物がおるのでな」


「誰が買うんですか?こんなもの」


「阿呆だなサク。所詮ニホン人は三等民族という事か。水をかけるだけでスケルトンが倒せるなら冒険者だけでなく、街の住人も買っていくではないか」


「ところで水に魔術をかけるだけで聖水ができる。これを踏まえた上でお前さん方に聞いてもらいたいことがあるんじゃが」


 老婆は長椅子に座り、語り始めた。


「あれはアミーラが産まれる前じゃったか。産まれた後の事じゃったか。儂にとっては遠い昔の出来事じゃが、お前さん方にとってはおそらく、明日の出来事じゃ」


「どこの大天使様ですか」


「立案者は、エリナ女王の前になる前の国王か。それとも法王庁の者か。ともかくこう考えたのじゃ。『スケルトンをはじめとする魔物は聖水で倒せる。水は聖水から造れる。イスカンドリアの東に巨大な湖があって、その遥か向こう岸に魔王領がある。ならばその湖の水、すべてを聖水にすれば魔王領の住人を皆殺しにできるのではないか?』」


「馬鹿な計画をして。そんなもの無意味に決まっているで」


「な、なんと恐ろしい計画なのだ・・・!!!」


 アミーラは明らかに怖れ驚き、動揺した様子を見せた。


「サク。お主にはこれがどれ程恐ろしい計画だかわからぬのかっ?!!湖の水を飲んだだけで衣服だけを残し全身がどろどろと溶けって無くなってしまうのだぞ!!!こんな事も理解できぬと所詮ニホン人は三等民族という事だなっ!!!」


 若干怒りに声を荒げるアミーラに、老尼僧は制するように左手を出した。


「あちこちから高名な神官、僧侶、司祭が集められた。そして湖の畔でひたすら祝福の魔法を使い、湖畔で水を聖水にし続けた」


「どうなったんですか?」


「結論から言えば失敗じゃった。一ヶ月ほど祝福の魔法を使った結果、スケルトンを突き落としただけでドロドロ溶けるようになった。もちろん人間には影響はない。じゃがそれだけじゃった。向こう岸にあるはずの魔王領の民にはまったく影響がなかった」


 老尼僧はコップから水を汲み、自分で一口飲んで、言った。


「冥界から現れし、邪悪なる者達を地上から一掃する。中央の連中はそう言っておったな。そもそも不死者アンデッドを葬る術で、牛だの蜥蜴だのの頭をした者達を殺せるわけがない。同じ生きてる者なのだからな。第一」


「第一、なんです?」


「自分の気に入らん者共をこの世から皆殺しにする連中の方がよっぽど邪悪とは思わんか?」


________________________________________


 聖水と言うのは本来神を信じる人々を洗い清める水の事で、極論水だったら山奥の清水でも水道水でもなんでもよい。

 イエス・キリストは修行中パプテスマのヨハネという川で洗礼の水をかけてもらい、それから神の子としての活動を始めたそうだ。

 今でもキリスト教徒は聖水で信者を洗い清める慣習があるし、イスラム教には「清潔は信仰のひとつ」という教えもある。

 インドには世界的に有名なガンジス川で身を洗い清める人が毎日大勢訪れる。

 なお、ガンジス川は動物の死骸や住人の排泄物が流れているので不衛生で伝染病にかかる危険性が高く、観光客が入ろうとすると地元民に止められるそうだ。

 そんな神秘の水が、どういう経緯でモンスターにダメージを、特にアンデッド系に有効な攻撃アイテムになったのかは不明である。

 ファミコン時代以前、というのは間違いないようだ。

 神を信じる者が信仰心を込めた水がこの世に存在してはならぬ者達を追い払う。というのはそれなりに説得力ある話である。

 多くの場合はそういう理屈で不死の怪物にダメージを与えるのあろう。

 ならば宗派が違う、イスラム文化圏の、例えばミイラにはどの程度効果があるのか。

 幽霊が人形を動かして襲ってくるならば、それには通用するのか。

 ではそれに効果があるとして、才覚ある人形師が精巧な人形を造り、それに魂が宿った場合は聖水の攻撃対象になるのか。

 そもそも人間と精神構造がまったく違う、例えば動物だとかドラゴンだとかには聖水が効くのか。

 疑問は尽きない。そもそも人間と魔物との境界すら曖昧なのだ。

 その国境線を決めるのは、その世界を創った神の仕事なのだろうが。

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