毒・麻薬
ローゼス公国南部。エルブルツ山脈。
標高3000メートルを越す山奥にアラムートという城があった。
城というよりはむしろ宮殿に近く、水量豊富な美しい庭園にはハス系の植物が咲き乱れる。その庭園の中心に、一人の若者がいた。
どこにでもいそうな、そんな平凡な若者だ。そう。例えばそこら辺の村から睡眠薬入りの酒を飲ませて拉致して連れてきたような、そんな感じの若者だ。体格はよく、比較的がっしりとした体つきで健康的。
彼はたくさんの豪勢な御馳走に囲まれ、その周りを美しい女達が集う。
女達は髪の色や髪型は様々だが、みな同じ赤淡色の着物を着ていた。
そういえば、庭の池に咲く艶やかなハスの花も赤淡色だ。
「あぁ~ここは天国だぁ~」
男はそう言いながら酒を飲む。さっきから酒ばかり飲んでいる。
「頃合いか」
どこかの村から誘拐されたような男に、白い仮面をかぶり、赤淡色の立派な衣を着た人物が近づいてきた。
「その通りだ。敬虔なる神の信奉者よ。お前は今天国にいる。しかも生きたまま、な」
「あぁ~。そうなのかぁ~おらぁ~生きたまま~あ。天国に一致まぁつたのかぁか~」
男は酒を飲もうとした。が、瓶から酒が出てこない。どうやら飲み過ぎて空っぽになってしまったようだ。間髪入れずに仮面の人物が新しい瓶を用意し、盃に灌いでやる。
「あぁ~こりゃどうも。すまねぇだぁ~」
「これは言うなれば天国の仮入国。お前が神のため、より良き行いをすれば天国行は確実な物と約束される。神の啓示に従い、善を行うのだ」
「神の、善ぅ~?」
「そう!すなわち!」
仮面の人物は両手を高く掲げた。
「暗殺は、正義!」
「あんさつは、せいぎ?」
「暗殺は、浄化!」
「あんさつは、じょうか?」
「暗殺は、魂の救済!」
「あんさつは、たましいのきゅうさいういういうい~」
「罪の意識に苛まれる必要などない!むしろ神のために行う殺人は善行!純粋な気持ちな行う暗殺。それ即ち功徳!」
「殺人は、善行?」
「さぁ正義するぞ正義するぞ正義するぞ正義するぞ」
「正義するぞ正義するぞ正義するぞ正義するぞ」
「さぁ浄化するぞ浄化するぞ浄化するぞ浄化するぞ」
「浄化するぞ浄化するぞ浄化するぞ浄化するぞ」
「さぁ救済するぞ救済するぞ救済するぞ救済するぞ」
「救済するぞ救済するぞ救済するぞ救済するぞ」
「さぁ暗殺するぞ暗殺するぞ暗殺するぞ暗殺するぞ」
「暗殺するぞ暗殺するぞ暗殺するぞ暗殺するぞ」
「よし!では汝に神から啓示を伝えようぞ!」
「神からの啓示、暗殺正義救済浄化浄化救済正義暗殺暗殺~ぅううううう!!!!」
「イスカンドリアの北、聖アナスタシア修道院がある。そこに行ってシスター共を殺すのだ」
「シスター、殺す暗殺穢れなき純粋な気持ちで殺人、殺人!」
「場所を間違えるなよ。道中の道や、他の村や町ではない。イスカンドリア北。聖アナスタシア修道院だ」
「イスカンドリア北。聖アナスタシア修道院でぇ!」
「シスターを殺すのだ」
「純粋な気持ちで、暗殺!純粋な気持ちで、殺人!穢れなき、浄化!魂の、救済!それすなわち、セイッーーヒゥギ!!」
「よし、行け」
「よっと」
クレハは修道服のスカートの中からモーニングスターを取り出すと振り向きざまに飛び掛かってきた男をぶん殴った。
右側頭部に命中。即死である。
「どうわあっ!!」
「なんじゃこいつは?」
作治は派手に驚き、アミーラは二階の窓から急に投げ捨てられた生ごみ程度にしか思わなかった。
「ああ。そいつかえ。時折うちの修道院に喧嘩売ってくるコソ泥連中じゃなかろうか」
老尼僧は赤淡色のジャケットと白のズボンをそう説明した。茶色い腰のホルダーには二刀短剣がしまったままである。
「コソ泥?コソ泥って・・・」
「確か酉の骨とかいうチンケな窃盗団かのう。まぁ修道女たちに目立った被害もないし放置してもよかろう」
「修道女に被害がない?でもさっきあのシスター襲われたでしょ?」
作治は疑問に思った。
「それなんじゃが、この酉の骨とかという連中は実に奇妙な連中でな。この老いぼれと、そこのクレハにしか、襲い掛かってこんのじゃ」
「いいんじゃねーのー?この修道院で三番目に強いのがアタシ。二番目がアミーラのお袋。一番ツエーノがバーさんなんだし」
聖アナスタシア修道院の『外』にいるシスター達は皆、ちゃんと修道服を着て農作業をしたり、街で奉仕活動などをしている。
が、修道院の『中』で修道服を着ているのは、老尼僧とクレハだけで、他は皆私服を着て、気楽に過ごしていた。
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原始時代、人は狩りで効率よく獣を仕留めるため、矢じりに毒を塗るという方法を思いついた。
それは草木の汁であり、生物の体液であった。
自然界にも猛毒の針を持つ生き物は存在し、ミツバチや、イモガイ、アンボイナなどが知られている。
だが、対人用の殺害の手段としてはどういうわけか卑怯で、陰湿なイメージがつきまとう。剣か銃で「セイギノミカタ」が悪人をバッサリ成敗するのはよろしくても、悪人が毒物を用いて善良な市民を殺傷するのはいけないらしい。
主人公のロボットが宇宙戦艦をビーム剣で真っ二つ。数百人が死ぬ。
悪の軍隊がスペースコロニーに毒ガスを注入する。数百人が死ぬ。
結果自体は同じであるが、セイギノミカタは毒を使ってはいけないらしい。
毒の使い方として基本三種類あり、武器に塗っておき、傷口から相手の体内に侵入させる方法。ガス状にして標的に吸入させる方法。飲み物や食べ物に混ぜて食べさせる三つの方法がある。
武器に毒を塗るタイプは冒険者としてファンタジー世界を旅する者なら誰もが一度は目にして事があるはずである。
コンピューターRPGならアイテムを鑑定すると「毒付与14%」などとついている武器がある事がある。戦闘中に徐々に相手の生命力を奪っていくので、攻撃力が低くてもあえて装備すると有効な場合が多い。
イングランドの英雄伝ベーオウルフは怪物グレンデルを退治しにフンフェルト家の家宝である魔剣フルンチングを持っていくのだが、この正体は単に毒を塗布しただけの只の剣である。
「ロングソード」+「毒蛇のなきがら」で合成すると怪物と戦うための伝説の銘剣の出来上がりというわけである。
重要なのは毒性の武器というのは敵はもちろん、自分にも味方にも効果は抜群という事である。ギリシャ神話のケイローンは、ヘラクレスの毒矢の誤射により死亡している。毒矢の材料はレルネー沼のヒュドラの血だ。
さらに敵から毒、麻痺などの状態異常は直接的なダメージよりも遥かにいやらしく、厄介に感じられる。ダンジョン最深部のお目当てのお宝を前に引き返す羽目にならないとも限らないし、冒険者達が未熟で、回復魔法もろくに使いこなせない連中ならば街の病院や教会で治療を受ける前に帰り道で毒のダーメジ、あるいは全員麻痺で痺れて全滅。という事もなくはない。
そのため冒険者達は道具店で毒消し薬を山のように買い込んだり、アクセサリーショップでパラライズガードなど特別な防御効果のある品を買い求める羽目になる。状態異常の攻撃と状態異常への防御の応酬というわけだ。
また、戦闘ではなく、暗殺に使う毒となるとさらにこの卑劣度が増大する。
食べ物に混ぜた後、数時間後に死に至らしめ、完全犯罪を成立させる毒。徐々に体力を奪い、あたかも病死に見せかけて殺す毒。
たとえば、魔王を倒し世界を救う勇者の一行がいたとして、彼が何気なく開いた宝箱に開けたら毒ガスが噴射される罠が仕掛けてあればどうだろう。
その惨状は想像を絶する物がある。
そう。毒というのは本来暗殺者の使用する物であって、正義の味方の勇者様の使用する物ではない。
歴史上の暗殺者と言えばイスラムの暗殺者教団があまりにも有名である。
ペルシャ、現在のイラン北部に拠点を構えていたこの集団はハサン・ザーバッハという名の開祖を頂点として、自分達こそが真のイスラム教の伝統者であるとしてアラブ各地で暗殺活動を行った。歴代の首領は山の長と呼ばれていたそうだ。
悪名高き歴代の山の長ハサンとその弟子達は、自分達を高く評価してくれるとして、十字軍の信仰の際はキリスト教徒側につき、多くのイスラム教徒の将軍達を殺戮したと言われてる。
彼らの脅威は長く広く、そして大勢のイスラム教徒たちを怯えさせ、苦しめた。東の彼方からチンギス・ハーン率いるモンゴル帝国が訪れ、圧倒的な武力を用いての殲滅戦を行うまでハサン達の凶行は続いた。中世最強と謳われたモンゴル軍とハサン暗殺軍の激しい死闘は一年近く続いたそうだ。
戦闘員にハシッシという麻薬を吸わせ、興奮状態にさせてから、暗殺、あるいは戦闘に使う。これが暗殺者、アサッシンの語源となっている事は多くの著書に記されている事だ。
麻薬と毒の境界線は曖昧だ。得体の痴れない粉末、例えば強力な幻覚作用のある『毒蛾の粉』を戦闘中に吸入すれば、魔法使いがまともに呪文を唱える事が出来なくなったり、奇声をあげつつ諸刃の剣で味方に切りつけたり。そういう事もあるはずだ。
敵対する存在が扱うのは当然のこと。仮に自分が毒物、麻薬類を扱うなら細心の注意が必要なのだ。決して床に落ちている青酸カリをペロッ!と舐めたりしてはいけないのだ。




