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宗教施設

 イスカンドリアを立ってから七日。予定の五日を経過し、予備の食料であった小麦粉も残り少なってきたころ。

 麦畑に農作業をする人が目立つようになってきた。

 ただの農民ではない。女性が多く、皆黒っぽいヴェールと、修道服を着ている。


「ここまで来れば聖アナスタシア修道院まで一日とかからん」


「それ、昨日も聞いたから」


 作治はアミーラに文句を言った。年齢的にも性別的にも、小麦粉とミルクで練った非常食をアミーラより多く食べるわけにはいかない。

 よって空腹なので、若干いらついている。

 立場上最後のパンもどきは君が食べろと言ってしまったが、迫りくる飢餓感を我慢できるほど作治は大人ではない。


「不満そうだな。だがいつ辿り着くかは荷車を牽く乳牛次第だぞ。・・・ほれ、見えてきた」


 前方に、人間の背丈とほぼ同じくらいの木々に囲まれた、お城のような建物が見えてきた。


「変な形の木だね」


 作治はお城の周りを囲む背の低い木々を見ながらそう感想を述べた。


「これは葡萄の樹だぞ。葡萄畑も見たことがないとは所詮ニホン人は三等民族だな。まぁワインなんて輸入すればいいとか考えている国も世の中にはあるかもしれんが、この修道院は違うぞ」


 道沿いに進んでいくと、入り口らしき大きな扉が見える。扉は開けっ放しになっており、そのすぐそばにはマスケット銃を抱き抱えた若い尼僧が寝そべっていた。


「・・・見張りの意味がないな」


「儀式的なものだからな。そもそも外の畑で農作業している尼僧がおる時点でこの辺り一帯は安全という事だからのう」


 だらしなく開けっ放しの門をくぐり抜け、乳牛が牽く荷車は修道院の内壁に入る。

 見えてきたのは大きな礼拝堂。野菜畑。井戸。獣臭いのは家畜小屋だろうか。

 そして、それらの間を歩き回って畑仕事や家畜の世話をする____


「なんだこれは」


 そこらの村人のような服装の女性が大勢いた。いや、厳密には『ような』であって、村人ではない。

 皆揃いのヴェールをかぶっている。だが服装はバラバラだ。


「ぶははは!小屋の隅でバタバタ震えるのは終わりだ!自分を雄鶏として産まれたことと、本日それが発覚したことを神に祈りと不平不満を抱きながら天へと召されよ!!」

「やーんクレハちゃんはしたなーい」

「黙れ!他人代わって手を汚す仕事している即ちアタシこそが真のノブリシュオブレシュなんだよっ!!!」


 ブラウスを血に染めてニワトリをシメている者がいればお姫様のドレスを着てティータイムに勤しんでいる者達もいる。


「お前さん。修道女に何か幻想でも抱いておらんかな。だったらこの際その幻想をぶち壊してしまえ」


 作治達に一人の老婆が話しかけてきた。だいぶ腰が曲がっており、顔はしわくちゃ。ただ服装は他の修道女?たちと比べてきちんとしたものだ。


「修道女は格別処女でなければならぬという決まりはない。ヴェールをかぶる以外は別段の取り決めはなく、みな普通の令嬢と同じような衣装を着てよいのだよ。祈祷用の大きな上着もあるが、農作業などをする時以外は着用したがらないし、交際も自由で、結婚の申し込みもだろうとなんだろうと一向に差しさわりはない。神聖な奉仕をするのが儂らの義務じゃが、神よりも魅力的な紳士が求婚してきたら、尼僧院を出てもええのじゃて」


 修道女としてしっかりとした身なりの老婆は、だらけた服装のシスターもどきが多い理由を教えてくれた。


「えらく砕けてますね」


「皆が皆が神と結婚したら神が重婚の罪を犯すことになるからのう。さて」


 老婆はアミーラに向き直る。


「よく来たなアミーラ」


「まだ生きておったのは以外だったぞ婆よ」


「お知り合いなんですか?」


「この小娘はな」


 老婆は自分と同じくらいの背丈のアミーラをなでながら言う。


「この老いぼれの孫みたいなもんじゃて」


________________________________________


 古今東西、人々は神を信じ、すがり、祈ってきた。

 神を信じないのは中国人くらいなものだ。

 いや、中国人は共産党という名の現人神を崇めているのかもしれない。

 人間或はそれに准ずる知的生命体がいるファンタジー世界ならば、当然彼らの信仰があり、その宗教施設があるわけなのだが、その建物の構造は奉じる神や教義によって大きく異なる。

 大概の場合は神像や祭器などを祭った礼拝堂を中心とし、司祭の執務室や住居。信徒向けの宗教書を収めた図書学問室があるはずである。

 また冠婚葬祭や季節の祭事は彼らが中心となって行う場合が多い。

 ハロウィインもクリスマスも本来は宗教関係のイベントだし、ラマダン月になればイスラム原理主義者も(比較的穏健な派閥は)イスラエルとの停戦に応じる。

 世界にもよるが、地元住民にとっては揺り籠から墓場まで面倒を見てくれる大切な施設なのだ。その性質上施療院から墓地、納骨堂まで完備されている。

 冒険者が立ち寄る場合は、司祭達の持つ神の奇跡的な力を借りる為に訪れることが非常に多い。

 旅の途中で力尽きた仲間を蘇生させるため、教会に莫大な寄付金を支払った勇者様ご一行は大勢いるのではないだろうか。

 だがしかし。未来の英雄たちに力を貸してくれる司祭達がいれば、その反対の者達もいる。

 深い洞窟の奥深く。誰も訪れなくなった古代の神々の神殿に怪しげな神官達が集い、遥か昔に封ぜられた邪悪な神を復活させ、この世に破壊と混沌を齎そうとする。

 これもまた。よくある話ではないだろうか。

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