村
簡素な丸木小屋の家々が立ち並び、その周囲を畑を取り囲む。
どこにでもありそうな、あまり豊かではない村だった。
イスカンドリアだのローヌだのと違って、このような名もなき村には住民を怪物だの盗賊だのから守る石の壁などない。
「この村で一番価値があるのは村の中央の川に設置された水車小屋かしらね」
村一軒の小さな酒場を兼ねた宿に似つかわしかなくない令嬢はそう言った。確か、王都のローヌから来たと言ったか。
使用人として、妙な女中を連れている。若い娘。というのはわかるのだが、目が見えないというのは使用人として如何なものだろうか。それでは使用人として役に立たないのではないのか。
現に今も運ばれてきた食事を、令嬢の方がスプーンを持ち、目の見えない女中の口に運んでいる。これではどちらが使用人だかわからない。
「あの水車にそんなに価値があるんですかねぇ」
奇妙な令嬢と女中の食事風景を見ながら店主は金網の上の魚を焼く火加減を調節すべく、炭を追加した。
「ええ。あれは素晴らしいものでしてよ。例えばこのパン」
令嬢はパンをちぎって片方を食べると、もう片方を女中の口に押し込んだ。
「パンを焼くには当然、麦を製粉しなければなりませんわ。その為には製粉作業をしなければなりませんけど、水車がなければ人間の奴隷がそれをやらねばなりませんわ。マスター。貴男は麦を小麦粉にする魔法が使えまして?」
節くれだった指の店主は苦笑交じりに返事を返す。
「それなら最初から魔法でパンでも肉でも、なんでもいいから食い物を造った方が早いな。ほれメインディッシュだぜ。お姫様。こいつはその水車小屋のある川で今日採れたばかりのやつだ」
焼きあがった岩名にほんの気持ちばかり塩をふりかけただけの物を二尾。皿に乗せて二人の女性が座るテーブルに置いた。
「まぁ、よくわたくしがローヌのお姫様だとお分かりになりましたわね?」
扇で口元を隠しながら令嬢は微笑む。金属製の妙な扇子だ。都会ではそういうものが流行しているのだろうか?
「じゃあ村の者を代表してお姫様にお礼を言わせてくれよ。去年は凶作で、借金苦で種もみも手に入らずに娘を売り飛ばすしかないって村が多かったんだが女王様が金貨をばらまいてくれたそうでな。みんな奴隷にならんでいいと喜んでいたよ」
「ほほほ。それはそれは。もっとローヌの女王を褒めても宜しくてよ?」
令嬢はまるで自分が褒められているかのように大変機嫌がよくなった。
「女王が貧民を助けるのは当然ですわ。放火、破壊、凌辱、略奪。そのような行為が限度を越えて行われば耕作地は放棄され、離散者が続出し無人村が産まれだす。徴税員はにこやかに受け取り、国民は渋い顔をしながら支払うもの。でもそんな土地からは税金なんて取れるわけないでしょう?乞食が都市に溢れ出ればマシな方。貴男盗賊というのがどうして跋扈するのか理由を御存知?それは元首の政が悪いから増えるのよ」
「お姫さんの言っていることが俺にはよくわかねぇんだがなぁ・・・」
店主は頭を掻いた。
「簡単に言えば民百姓を大事にしない王族は民衆に処刑台に送られても文句は言えないという事ですわ」
「はは、違ぇねぇ」
店主は確信した。この嬢ちゃんよくわかんねけどローヌの女王様じゃあないな。だって自分を処刑台に送れとか言わないだろ。普通。
「確か、この間読んだ本。フランクでしたかフランドールでしたか。それとあと凄く特徴的な、滅びた魔法国家もそうでしたわね。えーとなんていう名前」
「オケアノスで御座います。御主人様」
目の見えない女中は、即座に答えた。
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村とは、人口数百人以下の小さな集落の事である。
農林水産業といった第一次産業を主な収入源としている。
基本的に村の住人は村の外へと出ることなく、村の中で一生を終える。
主要産業や立地条件から、農村、漁村、山村などに分類されるが、基本的な構造は同じである。
街と違って財政規模が少なく、城壁の類はほぼない。また戦時下、占領下でもない限り常駐の軍隊などはいない。従って盗賊、魔物が蔓延る様になれば真っ先に被害を受けるのはこういった村落である。
中世ヨーロッパを模したファンタジー世界には国家元首として国王がおり、その配下として地方領主、地方貴族(主人公候補だ)がいる。
地方貴族或は騎士達は複数の村を治めており、税金を徴収する代わりに盗賊やら魔物のから村人を守るというわけだ。もっともその仕事をおろそかにする騎士階級が多いおかげで、
冒険者は仕事に困らないわけなのだが。
村には村長がおり、村人達の意見をまとめたり住民達の代表として領主に陳情をおこなったりする。また小さな村には村の規模に応じた小さな教会があって、司祭や神父がいる。裏庭で野菜を育てる片手間に、住民達の相談に乗ったり、医者の代わりをしたりしているだろう。
旅人のための宿屋や道具屋もあるだろう。武器屋もあるかもしれないが、大都市のそれと比べ品揃えはおそらく悪い。
農具や釣具を造る職人以外は住民達は農業、林業、漁業と言ったその村々の主要産業に従事し、それぞれ堅実な暮らしぶりをしている。冒険者などという定職を持たずブラブラしているような放蕩者たちとは違うのだ。
いや、ここは逆に考えよう。他国の領海に侵入し、網を投げ入れ、魚もサンゴも根こそぎ採りつくし、水産資源を壊滅させてしまうような漁民達を登場させてみてはどうだろうか。八十歳無職童貞の老人がダンプカーに轢かれて飛ばされて逝く異世界で戦う悪党としてはピッタリではないか。
それでは実際に物語に登場する村の役割について考えてみる。
最初に考えられるのは旅立の地としての村である。故郷の村の周辺で弱弱しい魔物と相手に経験を積み、救国の英雄を夢見る村の若者は多い。
その中の一人が『物語の主人公』出合ったり、『旅の仲間』であったりする。
次に考えられるのが休憩地点としての村である。どの村にも宿屋や、旅に必要な品物を売る道具屋がある。
伝説の剣は無理でも、鍛冶屋で剣を研いだり、狩人が消耗品の矢をお店で購入するくらいの事はできるだろう。
村長直々に山賊退治を依頼されたり、村の酒場で行方不明の子供の捜索を頼まれることもある。
引き受けるかどうかは勿論個々の冒険者の価値観次第だ。
ミステリー小説でよくあるのは小さな村の盟家で殺人事件が起こり、主人公が犯人捜しをするというパターンである。
村と街をつなぐ一本しかないトンネル(又は吊り橋)は、何故か事故により、壊れ、村全体が完全な密室となり、容疑者は村の住人だけとなる。
また、村を魔物(或は山賊、敵国の兵)から守る、というのも考えられる。
住民全員を連れて逃げるのか、彼らを武装させて戦うのか、すべての敵を引き受けるのか、意表をついて哀れな村人達を見捨てて逃げるのか。
『頭のいい』冒険者の腕の見せ所なのである。




