「沼城『同時調伏』の非対称設計」
深夜。
囲炉裏の火が落ち、灰のなかに残った小さな炭がひとつ、最後の意地のように赤く瞬いていた。
煤けた行灯の頼りない光の下で、直家は地図を広げていた。
それは紙に墨で書きなぐられた、この備前の地における権力分布図だ。
「中山信正と、島村盛実」
直家の指先が、地図の上の二点をなぞる。
二人の名は、宇喜多にとっての巨大な壁であり、また、排除すべき障害だった。
「この二つを、同じ日に、同じ場所で、同時に処理する」
直家の言葉は、まるでどこかの国で採れた米の相場を語るかのように、温度を持たない。
「……同時に、ですか」
私は、喉の奥が引き攣るような感覚を覚えた。
敵対する二勢力は、単独で動かせば巨大な脅威だが、連携させれば宇喜多を押し潰すことも容易い。
それをどうやって同時に、しかも戦を起こさずに消すというのか。
直家は、地図の上に置かれた二つの小石を、そっと中央の「沼城」という地点へ動かした。
「お菊だ」
直家の口から出たのは、たった三文字の響きだった。
しかし、その意味を噛み締めた瞬間、私は血の気が引くのを感じた。
「お菊に、中山と島村を招かせる。義父と、それに連なる有力者を沼城の酒宴に誘い出し、そこで宴を開く」
それは、罠だ。
お菊という「妻」の愛情を利用し、彼女の父である中山を安心させる。
そして、その油断の隙に、宇喜多の伏兵を雪崩れ込ませるという計画。
あまりにも残酷で、あまりにも美しい。
武力でぶつかれば、どれほどの血が流れるかわからない。
だが、この方法ならば、敵は酒に酔い、警戒心を解いたまま、文字通り「屠殺」されるのを待つだけになる。
直家にとって、お菊という存在は、ただの「餌」に過ぎないのだ。
実の父を、愛する夫の手で殺させるための、最も確実な鍵として消費される。
「この通りに動けば、一兵の損耗もなく沼城は手に入る。……職家、お前も異存はあるまい」
直家が私を見た。
その瞳には、私という「共犯者」に対する信頼と、逆らえば即座に切り捨てるという冷酷なまでの圧力が同居している。
私は頭を垂れた。
すでに、私の手は震えていた。
この計画書に署名することは、この地の安寧を捨て、終わりのない地獄への扉を開くことに他ならない。
「……承知いたしました」
私の声は、ひどく掠れていた。
直家は満足げにうなずき、手元の紙を畳んだ。
カサリ、と。
死を確定させる音が、静寂の部屋に低く響く。
沼城を落とすための悪魔の設計図が、完成した。
外では冷たい風が吹き抜け、木々を揺らしている。
暗い部屋の中で、私はその折られた紙の重さを手のひらに感じていた。
もう戻れない。
私たちは、血の海へと続く道を、確実に踏み出しているのだ。




