「乙子城の極限閉塞」
乙子城の、狭い一室。
そこは城とは名ばかりの、湿った土の匂いが染み付く牢獄のような場所だった。
雨漏りが、割れた茶碗に落ちる。
ポツン、と乾いた音が、静寂の中でひどく大きく響いた。
外からは、備前の海から吹き付ける塩気を含んだ風が、容赦なく城を叩いている。すべてが塩にさらされ、白く干からびた景色。三十貫という小さな所領は、四方を敵に囲まれ、窒息する寸前の小魚のような状態だった。
私は、その暗がりで膝をつく直家の背中を見つめていた。
直家は、古びた机の上に撒いた白砂の上に、小石をいくつも並べている。
それが、この弱小領主・宇喜多が生き残るための地図だった。
「職家」
直家が、低く濁った声で呼ぶ。
「……沼城と砥石城。この二つを掌に収めねば、我らは冬を越す前に土に還る」
直家の指先が、砂の上に置かれた二つの石をなぞった。
その所作には、迷いがない。空腹に耐えかねた獣が獲物の急所を狙うような、純粋で殺伐とした欲求だけが漂っていた。
「まともに戦えば、兵は全滅する。……ゆえに」
直家は、手元に残っていた真っ黒な石を、そっと地図の中心に置いた。
それは、中山信正の居城を示す位置だった。
「……中山の娘、お福を娶る」
部屋の空気が、凍りついたように止まった。
私は言葉を返せなかった。
それは、単なる縁談ではない。敵の懐に己の刃を差し込み、内側から食い破るための「餌」として、一人の女を人生の盤上に引きずり込むという宣言に他ならなかったからだ。
直家の瞳には、情欲も、恋慕も、一切の温もりがない。
ただ、この窮地を突破するために何が必要かという、冷え切った算盤の珠を弾くような思考だけがあった。
「中山の娘は、器量良しと聞く。……利用価値は高い」
直家は、まるで日々の粮をどう調達するかを相談するように、淡々と言葉を続けた。
私は頭を垂れ、その決定を飲み込む。
この男に、「人としての情」を求めてはならない。彼が求めているのは、家門という火を灯し続けるための燃料のみ。
その燃料として、最初に指名されたのが、無垢な一人の娘だった。
外では、飢えた野良犬が、干からびた魚の骨を噛み砕く、カリカリという音が聞こえた。
生きるために、骨までしゃぶる。
この窮地にあって、直家の冷徹な生存の執念は、すでに誰にも止められない場所へと踏み出していた。
私は静かに、その「地獄への歩み」の始まりに黙礼した。
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