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生存の演算  作者: 端野ゼロ


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5/5

「正義の骸と直家の冷笑」

庭先の敷石の端に、赤蟻の行列ができている。



数匹の蟻が、自分たちの体躯の何倍もある甲虫の残骸を、一糸乱れぬ規律で引きずっていく。


そこに迷いはない。


ただ、巣という絶対的な生存の基盤に、獲物を運び込むという「理」だけが支配していた。



私はその小さな営みを、陰から眺めていた。



「……正々堂々と、討ち入るべきです!」



私の耳に届いたのは、宇喜多秀安の若々しくも熱を帯びた声だった。


彼は血気にはやる年頃の武将である。


敵の非道を正し、宇喜多の誉れを取り戻すことこそが、家門を再興する道だと信じて疑わない。



「不意を突くような真似は、武門の恥。我が宇喜多が、卑怯者の烙印を押されることは、直家様も本意ではないはず……!」



秀安の声には、純粋な正義がある。


だが、その正義は、この乾いた乙子城の空の下では、あまりにも軽く、無力なものに聞こえた。



返ってきたのは、直家の乾いた笑いだった。


それは、人を蔑むような、底の浅い嘲笑ではない。


すべてを計算し尽くした末に漏れる、肺腑を突き刺すような氷の響きだ。



「……誉れか」



直家の言葉は、研ぎ澄まされた太刀の切っ先のように滑らかだった。


室内では、秀安が腰に差した愛刀の柄を握りしめ、掌の中で金属が軋む音をさせている。



「秀安よ。その『誉れ』とやらで、足軽の腹は膨れるのか? 討ち死にした兵の数は戻るのか?」



「それは……しかし、道理というものが!」



「道理で勝てるなら、世に戦など起きぬ」



直家の言葉は、一切の情を排している。



彼にとって、戦場とは道徳の競い合いではない。


生存という一点を目指し、いかに手元のリソース——兵力、時間、そして敵の心理——を効率よく損耗させずに勝利を確定させるかという、冷酷な盤上である。



秀安の呼吸が荒くなる。


彼の理想は、直家の「生存の理」の前に、抗う術もなく砕け散りかけていた。



「無駄に血を流すことを美徳と呼ぶのは、戦いを知らぬ者の戯言だ。私は、一兵も損なわずに敵を喰らう。……お前は、どちらを選ぶ? 汚名を着て勝利を拾うか、無意味な誉れに殉じて滅びるか」



直家の声には、慈悲もなければ、怒りもない。


ただ、残酷なまでの「現実」という突き付けがあるだけだ。



秀安は言葉を失い、喉を鳴らした。


その顔には、直家の論理の前に、自身の魂が少しずつ摩耗していく困惑が浮かんでいる。



私は影の中で、静かにため息をつく。


ああ、この男は——直家という怪物は、こうして若者の心を骨までしゃぶり尽くし、自分と同じ地獄の住人へと仕立て上げていくのだ。



足元の赤蟻が、獲物を巣の入り口へと運び込んだ。


何の疑問も持たず、ただ生存のために。



この閉塞した乙子城で、直家の冷徹な論理が、また一つ勝利を収めようとしている。

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