「正義の骸と直家の冷笑」
庭先の敷石の端に、赤蟻の行列ができている。
数匹の蟻が、自分たちの体躯の何倍もある甲虫の残骸を、一糸乱れぬ規律で引きずっていく。
そこに迷いはない。
ただ、巣という絶対的な生存の基盤に、獲物を運び込むという「理」だけが支配していた。
私はその小さな営みを、陰から眺めていた。
「……正々堂々と、討ち入るべきです!」
私の耳に届いたのは、宇喜多秀安の若々しくも熱を帯びた声だった。
彼は血気にはやる年頃の武将である。
敵の非道を正し、宇喜多の誉れを取り戻すことこそが、家門を再興する道だと信じて疑わない。
「不意を突くような真似は、武門の恥。我が宇喜多が、卑怯者の烙印を押されることは、直家様も本意ではないはず……!」
秀安の声には、純粋な正義がある。
だが、その正義は、この乾いた乙子城の空の下では、あまりにも軽く、無力なものに聞こえた。
返ってきたのは、直家の乾いた笑いだった。
それは、人を蔑むような、底の浅い嘲笑ではない。
すべてを計算し尽くした末に漏れる、肺腑を突き刺すような氷の響きだ。
「……誉れか」
直家の言葉は、研ぎ澄まされた太刀の切っ先のように滑らかだった。
室内では、秀安が腰に差した愛刀の柄を握りしめ、掌の中で金属が軋む音をさせている。
「秀安よ。その『誉れ』とやらで、足軽の腹は膨れるのか? 討ち死にした兵の数は戻るのか?」
「それは……しかし、道理というものが!」
「道理で勝てるなら、世に戦など起きぬ」
直家の言葉は、一切の情を排している。
彼にとって、戦場とは道徳の競い合いではない。
生存という一点を目指し、いかに手元のリソース——兵力、時間、そして敵の心理——を効率よく損耗させずに勝利を確定させるかという、冷酷な盤上である。
秀安の呼吸が荒くなる。
彼の理想は、直家の「生存の理」の前に、抗う術もなく砕け散りかけていた。
「無駄に血を流すことを美徳と呼ぶのは、戦いを知らぬ者の戯言だ。私は、一兵も損なわずに敵を喰らう。……お前は、どちらを選ぶ? 汚名を着て勝利を拾うか、無意味な誉れに殉じて滅びるか」
直家の声には、慈悲もなければ、怒りもない。
ただ、残酷なまでの「現実」という突き付けがあるだけだ。
秀安は言葉を失い、喉を鳴らした。
その顔には、直家の論理の前に、自身の魂が少しずつ摩耗していく困惑が浮かんでいる。
私は影の中で、静かにため息をつく。
ああ、この男は——直家という怪物は、こうして若者の心を骨までしゃぶり尽くし、自分と同じ地獄の住人へと仕立て上げていくのだ。
足元の赤蟻が、獲物を巣の入り口へと運び込んだ。
何の疑問も持たず、ただ生存のために。
この閉塞した乙子城で、直家の冷徹な論理が、また一つ勝利を収めようとしている。
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