「喀血の夜、冷徹なる誓い」
本陣の奥、直家の私室は、重苦しい死の匂いに満ちていた。
私が踏み入ると、暗闇の中から湿った咳の音が聞こえた。
それは、獣が断末魔に喉を鳴らすような、不吉な響きだった。
「……職家か」
直家の声が、微かに震えている。
私は手元の行灯の芯を少しだけ太くし、わずかな光を差し込ませた。
直家は床に崩れ落ちるように座り込み、懐紙で口元を覆っていた。
彼が手を離すと、そこには赤黒く染まった紙が、まるで冬枯れの落ち葉のように転がった。
私は黙って、桶に用意しておいた濡れた布を手に取り、彼の口元へと差し出した。
布越しに、直家の唇の熱さが伝わってくる。
その生温かさは、つい先ほどまでこの男が自らの血を分け与えた娘が持っていたであろう体温と、奇妙な対比をなしていた。
布で血を拭う私の手に、ねっとりとした粘着質がまとわりつく。
それは、彼が命を削って積み上げた宇喜多という家の、紛れもない対価だった。
直家は、荒い息を整えながら、暗闇の中を見つめている。
「……娘の命を薪にした」
独り言のように、その言葉は零れた。
「あれを贄として差し出したことで、この先、十年の寿命を引き延ばした。……そう数えておる」
私は言葉を失い、ただ彼の口元を拭う手を止めた。
娘の自害すらも、彼は最初から「薪」として計算に入れていたのだ。
家門という巨大な炉を燃やし続けるために、血肉を切り崩し、投じる。
そんな理屈が通るはずがない。だが、この男は、その理屈を現実に変えてしまう。
「職家よ」
直家は虚ろな瞳を、私に向けた。
「地獄へ供をしろ。お前の手で、私の最期までこの背を拭き続けろ」
その命令は、呪いにも、切実な願いにも聞こえた。
私は桶を置き、静かに頭を垂れた。
「……直家様」
私が口を開くと、声は驚くほど平坦に響いた。
「地獄のことなど、今さら恐れはいたしませぬ」
私は、二十年前のあの日を思い出していた。
まだ幼い直家が、初めて冷たい算盤の珠を弾いたあの日。
その時すでに、私たちは二人して、この世の理から外れた場所に立っていたのだ。
「……すでに、地獄を歩まれておられますから」
私の言葉に、直家は薄く笑った。
その表情には、もはや慈しみも怒りもない。ただ、凍てついた静寂だけがそこにあった。
陣幕の隙間から、冷たく冴え渡る下弦の月が、無言でこの血に染まった天幕を照らしている。
私は再び濡れた布を手に取った。
この男が息絶えるその瞬間まで、私は血を拭い続ける。
それが、この地獄を共にするという、私たちの誓いなのだから。
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