「開かれた城門と、宇喜多の秋」
金川城の城門は、攻め込まれることで開かれたのではない。
内側から、絶望に突き動かされた家臣たちの手によって、静かに、そして重々しく解錠されたのだ。
降り続く雨は、ようやく小降りになっていた。
だが、濡れた地面に反射する城の影は、どこか油膜のように黒く淀んでいる。
私たちは、馬に乗ることさえせず、ただ徒歩で城門をくぐった。
本来ならば矢の雨が降り注ぐはずの殺気立った空間は、死んだように静まり返っている。宇喜多の軍勢が城内を埋め尽くしても、刃が交わる音は一度も響かなかった。
本丸の広間へ向かう道のりは、あまりにも空虚だった。
道すがら目にする兵たちは、鎧を脱ぎ捨て、あるいは武器を泥の中に投げ出し、ただ力なく蹲っている。
彼らの目は、直家を見ているようで、その実、自分たちの犯した罪の重さに怯えていた。
広間に入ると、そこには松田元輝が一人、うずくまっていた。
かつて誇り高き松田家の当主として君臨していた男の面影は、どこにもない。
散らばった書状、折れた扇、そして床に点々と落ちた血痕。それらが、この場所で何が起きたかを物語っていた。
「……元輝」
直家の声が、静寂を切り裂く。
その響きには、敵を憐れむ感情もなければ、勝利を喜ぶ高揚もない。ただ、答え合わせを済ませた者の、凪いだ響きがあるだけだ。
元輝は、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳は濁り、直家の姿を認識するのに時間がかかっているようだった。
「……宇喜多か。……ようやく、来たか」
元輝の声は、枯れ木が擦れるように弱々しい。
「……城は、誰も信じられなくなった。……誰もが、私を裏切り者だと罵り、誰もが、私を殺そうと刃を研いでいる。……私は、正しいことをしたはずなのだ。松田を守るために……裏切り者を、排除しただけなのに……!」
元輝の絶叫は、空しく広間に響いた。
直家は、そんな元輝を見下ろすこともせず、ただ横を通り過ぎた。
まるで、落ちている紙屑を避けるかのように。
「組織とは、お前が信じていたような強固な塔ではない。互いの信頼という、あまりに脆い糸で吊るされた、ただの幻想だ」
直家は立ち止まらず、そのまま上座へと歩みを進める。
「お前は、糸を自ら切った。……誰も信じなくなった瞬間、お前の支配は終わったのだ」
直家がその場を通り過ぎると、背後から鈍い音がした。
元輝が、床に額を打ち付けた音だったのか、あるいは、彼が何らかの決断をした音だったのか。私は振り返らなかった。
戦わずして、金川城の大半は落ちた。
これにて、松田家という備前の大樹は、その根元から腐り果てた。
残るは、直家様のご長女を道連れに本丸へ立て籠もった、松田元賢のみ。
備前の地は、音もなく平定されたかに見えた。
だが、この直後、私たちはあの『娘の命を薪にする』究極の包囲戦へと臨むことになるのだ。
私は、その光景を見届けながら、静かに息を吐いた。
私たちの地獄は、まだ終わらない。
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