「血染めの畳と直家の冷淡な差配」
広間を包み込んでいたのは、濃厚な死臭と、ぶちまけられた酒の酸っぱい臭いが混ざり合った、この世のものとは思えぬ悪臭だった。
お菊の遺体は、畳の上に横たわっている。
喉から噴き出した血が、彼女の着物をどす黒く染め上げ、まだ温もりを残す肌に冷たい夜の空気がまとわりついている。
私は膝をつき、彼女のまだ何かを訴えるかのように開かれた瞳を、そっと手で閉じた。
瞼を閉じると、その表情にはかつての無垢な面影だけが残った。
「……片付けろ」
背後から、直家の声がした。
あまりにも平坦な、まるで庭の落ち葉掃除を命じるような響きだった。
私は振り返った。
直家は、お菊の亡骸に目もくれず、血の海となった畳を見下ろしている。
そこには、娘を死に追いやった男の苦悩など一片もない。
ただ、この惨劇が片付いた後、どのような手順で沼城の接収を行うか、その軍事的処理の手順を脳内で整理している男がいるだけだ。
「……直家様」
私は声を絞り出した。
「お菊様を、丁重に……」
「沼城の防備を固めるのが先だ」
直家は私の言葉を遮り、冷たく言い放つ。
「この血の跡を消し、死体を運び出せ。夜が明ける前に、城内の兵たちへ『中山信正の急死』を告げ、我らが沼城の支配を継ぐことを宣言する」
彼は足を踏み出した。
彼の履く足袋の裏が、お菊から流れ出た血を踏み越え、真っ赤な足跡を畳に刻んでいく。
その光景を見つめながら、私は悟った。
この男の内部において、人の情というものは、とっくの昔にその機能を停止しているのだ。
家族も、愛も、己の痛みすらも、すべては家門という巨大な生存装置を回すための燃料に過ぎない。
一切の美意識や感傷を排除した、純粋なる「生存の理」。
直家という男の完成は、まさにこの瞬間にあった。
「……承知いたしました」
私は頭を垂れ、足軽たちに合図を送る。
無機質な動きで、男たちが畳を剥がし、遺体を運び出していく。
広間の外では、東の空が白み始めていた。
遠くの森から、夜明けを告げる鳥の声が、あまりにも空々しく響く。
血に濡れた床の上で、私は直家の背中を見送った。
彼は、新しい朝の光の中へと歩み去っていく。
その背中には、彼が切り捨ててきた無数の命の重さが、呪いのように張り付いているはずなのに。
私は立ち上がり、自分の掌に残る、お菊の冷たくなった肌の感触を拭った。
この朝焼けは、私たちにとって、終わりのない地獄の始まりに過ぎない。
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