表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
生存の演算  作者: 端野ゼロ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
15/26

「騙されたお菊の絶望と自害」

死の淵にある広間に、ただ、重たい血の匂いだけが充満していた。


お菊は、血に濡れた畳の上で、震える指先で父・中山信正のむくろを探していた。


先ほどまでの鮮やかな宴の面影は、もはやどこにもない。

そこにあるのは、切り刻まれた肉の山と、酒の酸っぱい臭いが混じり合った、地獄の様相だけだった。


「……あ、あ……父上……」


お菊の声は、掠れ、途切れ途切れだった。

彼女の視界は、自らの傷から流れ出る血と、涙でぼやけている。

だが、その白濁した瞳は、すぐそばに倒れ伏している直家を、鋭く、憎悪に満ちた眼差しで射抜いた。


直家は、その視線を受けても微塵も動じない。

まるで、庭の落ち葉を眺めるような、あまりにも平坦な眼差しだった。


「……裏切り者……!」


お菊の喉から、断末魔のような叫びが絞り出される。


愛した夫。信じた未来。それらすべてが、父を殺すための毒の餌であったことを、彼女は今、その肉体を通じて理解したのだ。

彼女は、着物の懐から、密かに隠し持っていた懐剣を取り出した。


それはかつて、祝言の際に父から贈られたものだったか、あるいは守り刀だったか。

彼女は、その鋭い刃先を、己の白く細い喉元へと当てた。


「直家様……いえ、宇喜多……! この恨み、……黄泉の国まで引きずって、呪い殺して……!」


彼女の瞳には、かつての慈愛は欠片も残っていない。

そこには、純粋な殺意と、裏切られた者だけが抱く、凍りついた地獄の業火が宿っていた。


私は、その光景を影の中から見つめることしかできない。

ああ、この美しい娘の命を、直家という怪物はこうして壊したのだ。この世界に、人の情というものが介入する余地はないのか。


お菊の細い首筋に、刃が食い込む。

カチリ、と硬質な音が微かに響いた。


躊躇はない。彼女は、裏切り者の妻として生きるよりも、誇りを守って死ぬことを選んだ。


緋色の血が、勢いよく噴き出した。

彼女の身体が、糸の切れた人形のように、畳の上へ仰向けに崩れ落ちる。


流れ出た血が、畳の編み目を伝い、ゆっくりと、しかし確実に直家の足元へと這い寄った。

真っ赤な血が、直家の履いていた足袋の白を、どす黒く染め上げていく。


直家は、足元に迫る血の海を見下ろした。

表情には、一片の悲しみもない。


彼はただ、次の「生存」のために、この血が乾く前にやるべき計算を、脳内で始めているようだった。


床の間に生けられた椿の花が、一輪、音もなく畳へ落ちた。

まるで、彼女の命の終わりを告げる鐘の音のように、静寂の中に響いた。


これで、すべてが終わった。

だが、私には分かっている。これは、始まりに過ぎない。


私たちは、血の海を渡り、この無慈悲な時代を生き抜かなければならないのだ。

私は静かに目を閉じ、自分の肺の中に満ちる、濃厚な死臭を吸い込んだ。



もし面白かったと思っていただけましたら、下部の【☆☆☆☆☆】から評価や、ブックマーク登録で応援していただけると、執筆の大きな励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ