「騙されたお菊の絶望と自害」
死の淵にある広間に、ただ、重たい血の匂いだけが充満していた。
お菊は、血に濡れた畳の上で、震える指先で父・中山信正の骸を探していた。
先ほどまでの鮮やかな宴の面影は、もはやどこにもない。
そこにあるのは、切り刻まれた肉の山と、酒の酸っぱい臭いが混じり合った、地獄の様相だけだった。
「……あ、あ……父上……」
お菊の声は、掠れ、途切れ途切れだった。
彼女の視界は、自らの傷から流れ出る血と、涙でぼやけている。
だが、その白濁した瞳は、すぐそばに倒れ伏している直家を、鋭く、憎悪に満ちた眼差しで射抜いた。
直家は、その視線を受けても微塵も動じない。
まるで、庭の落ち葉を眺めるような、あまりにも平坦な眼差しだった。
「……裏切り者……!」
お菊の喉から、断末魔のような叫びが絞り出される。
愛した夫。信じた未来。それらすべてが、父を殺すための毒の餌であったことを、彼女は今、その肉体を通じて理解したのだ。
彼女は、着物の懐から、密かに隠し持っていた懐剣を取り出した。
それはかつて、祝言の際に父から贈られたものだったか、あるいは守り刀だったか。
彼女は、その鋭い刃先を、己の白く細い喉元へと当てた。
「直家様……いえ、宇喜多……! この恨み、……黄泉の国まで引きずって、呪い殺して……!」
彼女の瞳には、かつての慈愛は欠片も残っていない。
そこには、純粋な殺意と、裏切られた者だけが抱く、凍りついた地獄の業火が宿っていた。
私は、その光景を影の中から見つめることしかできない。
ああ、この美しい娘の命を、直家という怪物はこうして壊したのだ。この世界に、人の情というものが介入する余地はないのか。
お菊の細い首筋に、刃が食い込む。
カチリ、と硬質な音が微かに響いた。
躊躇はない。彼女は、裏切り者の妻として生きるよりも、誇りを守って死ぬことを選んだ。
緋色の血が、勢いよく噴き出した。
彼女の身体が、糸の切れた人形のように、畳の上へ仰向けに崩れ落ちる。
流れ出た血が、畳の編み目を伝い、ゆっくりと、しかし確実に直家の足元へと這い寄った。
真っ赤な血が、直家の履いていた足袋の白を、どす黒く染め上げていく。
直家は、足元に迫る血の海を見下ろした。
表情には、一片の悲しみもない。
彼はただ、次の「生存」のために、この血が乾く前にやるべき計算を、脳内で始めているようだった。
床の間に生けられた椿の花が、一輪、音もなく畳へ落ちた。
まるで、彼女の命の終わりを告げる鐘の音のように、静寂の中に響いた。
これで、すべてが終わった。
だが、私には分かっている。これは、始まりに過ぎない。
私たちは、血の海を渡り、この無慈悲な時代を生き抜かなければならないのだ。
私は静かに目を閉じ、自分の肺の中に満ちる、濃厚な死臭を吸い込んだ。
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