「血の合図、伏兵の突入」
直家の指先が畳を叩いた音は、わずか二打。
しかし、その響きは広間の静寂を粉々に砕く合図となった。
直家は、持っていた杯を床へと落とした。
カラン、と。
硬質な磁器が畳の上で跳ね、酒を飛沫のように撒き散らして転がる。
宴の騒音は、その刹那、別世界のものへと変質した。
直家の口から、低く、重苦しい声が放たれる。
「……やれ」
それは慈悲なき死の宣告だった。
その言葉を待っていたかのように、広間の障子が、爆ぜるような音を立てて外側から突き破られた。
障子の木枠が折れ、紙が舞い散る中、踏み込んできたのは秀安だった。
その顔は、あの日の夜の絶望を塗りつぶしたかのように、凍りついた能面のような表情で固定されている。
彼が握る太刀は、すでに鞘から抜かれ、月光を反射して青白く光っていた。
「なっ……! 宇喜多、何事だ!」
中山信正が、血相を変えて立ち上がる。
手にしていたはずの杯を落とし、彼は酔いから覚めたばかりの混乱した眼差しで周囲を見回した。
だが、事態を理解する時間など、彼には与えられていない。
障子を破った伏兵たちが、雪崩のように室内に侵入し、宴の膳をなぎ倒していく。
鮮やかな料理が畳に散乱し、酒の香りが血の匂いに塗り替えられていく。
お菊が悲鳴を上げ、呆然と立ち尽くす父・中山の背後に駆け寄った。
「父上、いけませぬ!」
お菊は、父を庇うようにその身を差し出した。
その無垢な献身が、悲劇を決定的なものにする。
秀安の太刀が、空を切り裂く。
彼が狙ったのは、中山の首。だが、お菊がその前に飛び出したことで、太刀筋は迷いなく振り下ろされた。
鈍い、肉を断つ音。
私の鼓動が、恐怖で止まりそうになる。
中山は娘を抱きかかえ、血の海と化した畳の上へと崩れ落ちた。
広間の外では、それまで月明かりを享受していた空に、厚く黒い雲が忍び寄っている。
夜空が完全に塗り潰され、沼城は漆黒の闇に沈み込もうとしていた。
宴は終わりを告げ、地獄が幕を開けた。
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