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バスの中で曲順が決まった。
まさかではあったけれど、そこには彼がスタンバイしていた。
よく来たね!
そう言いながら何故だか手に持っていたシャンパングラスを掲げた。
バスの中には他のメンバーも勢揃いだった。と言っても、学校外のメンバーはまだ一人きりではあったけれど。
彼は私達の演奏を楽しみだと言い、ロックは楽しむ事が全てなんだと言い続けていた。
私はずっと、マリンバがそこにあるかどうかが気になっていた。
武道館でのリハーサルはなかった。
元々は用意されていた時間があり、私達は予定通り到着している。けれど、彼がそれを阻止してしまった。もちろん意図的ではなく、事故だった。
ライヴには体力が必要だからね。そう言って会場近くの焼肉屋へ連れて行かれた。
打ち上げで使う場所でしょ! なんていうツッコミは無意味だった。
実際に打ち上げ会場は別に押さえていたんだから流石よね。
焼肉は美味しく頂いたけれど、武道館に着いてすぐステージに向かわされたのには驚いた。それは勿論、あの人も同様だった。
いきなり上がらせられたステージではあったけれど、機材のセッティングは完璧だった。私とドラム以外は自前の楽器が完璧な状態で置かれていた。ドラムとマリンバもそれぞれの好みに合っていたから驚きだ。特に私は一度もバンドとしてはステージに立っていないのに。
私達の登場は事前に知らされてはいなかった。そもそも彼のライヴに前座が出るなんて、ここ数十年なかった事だ。開演時間前に暗転したとはいえ、誰もが彼の登場を疑っていなかった。
そこで現れたのが私達だ。
その驚きは想像出来る。いつものバンドメンバーとも違うし、セッティングされている楽器の様子もおかしい。
彼と繋がりがあるアーティストがやって来るのなら話も分かるけれど、彼のファンであの人を知っている人なんていない。
誰もがポカンとしている中を歩いていくのは楽しい。
ヨッ! ナイス学生!
野太い声が会場に響いた。
何故だか私は確信する。その声は間違いなくあの人の言うおかまちゃんのものだ。
私は思わず手を挙げた。
いいぞ! 頑張れ!
別の誰かが叫び出すと、それを機に声援が溢れ返った。
こんな空間が大好き。見られていると、その気になる。気分よくマリンバの位置へと行き、会場を見渡した。
いつの間にか復活していた大歓声。みんなが笑顔を見せている。見た目年齢からすれば祖父母と言っても差し支えのない顔が並んでいた。
ふとステージを見渡すと、あの人もノビも皆が表情を固めていた事に気がついた。
元気なのは私だけだった。
予定にはなかった事だけれど、私は手に取ったマレットで演奏を始めた。
マリンバの音色は意外と心地がいい。
それは皆に平等に伝わっていく。
ノビもあの人も、バンドメンバー全員の緊張が解れていく。
そしてそれは、観客にも伝わっていく。得体の知れない学生バンドに対する不安と親心が消えていく。
気持ち良くなった私は立て続けに別の曲へ入ろうとした。
するとノビのトロンボーンが重なり、直後にサックスとピアノが追いかけてくる。その背後にはいつの間にかドラムが鳴っていて、ベースとギターがゆっくり重なり厚みを増していく。
あぁ、私のソロはお終いか・・・・ ほんの少し不機嫌になった私に対し、突然の喝が飛ぶ。
プレイボール!
あの人はマンドリンを掻き鳴らしながらそう叫んだ。
そこからの記憶は薄い。楽しかった。疲れた。早く眠りたい。早くまたここに戻りたい。
いつ間にか私は楽屋で一人きりになっていた。漏れて聞こえる大歓声と堪えようのない地響きで目を覚ました。
私以外の皆はステージ脇から彼のショウを楽しんでいた。
私も行きたいなって感じたけれど、足が動かない。もう少しこのまま休んでいたい。
ソファーで横になっている事に気がついたのは、楽屋のドアが開いてからだった。
ガチャッという音は聞こえなかった。
今日は最高だったよ。
その声色がいつもと違っていた。
けれどその雰囲気はいつもと同じで、顔を見なくても誰だか分かる。
一応これ渡しておくからさ。明日からもよろしくな。
あの人の笑顔は破壊力抜群だ。無意識に顔が赤くなる。
今日は本当に助かったよ。由の演奏がなければ俺達は飲み込まれていた。
真剣な眼差しのあの人と見つめ合うのはある意味恐怖だった。すぐに視線を外し、ありがとうございますと口籠もる。
俺達は先に帰るけど、帰りはちゃんと伸に遅らせるから心配はしなくていいぞ。
えっ!
思わず顔を上げて大きな声が漏れたけれど、すぐに頭を下げてはいと呟いた。
あの人はすぐにステージ脇に戻って行ったけれど、私はその後もその場にい続けていた。
ステージを覗かなかった理由はよく分かっていない。ただ疲れていた。そんな気分になれなかっただけ。
多分私は半分寝ていた筈。彼の音を聞きながら、夢見心地でその瞬間を楽しんでいた。ノビやあの人の声が何度か聞こえていた。一緒に演奏をしている様な感覚もあった。とにかく楽しくて、ずっとこのままでいたいと感じていた。
それから私は曖昧な記憶のままに家の玄関でノビと対面していた。学校鞄とトートバックを手渡され、明日は絶対に休むなよと言われた。
ふと記憶が安定した。
そして質問をした。
ライヴは成功だったんだよね?
もちろんだよ!
私は無意識にノビに抱きついた。




