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十秒程の沈黙の後、先輩がそう言った。どういう事? 先輩の言葉は難しすぎます。
ちょ、ちょっと待って下さい。
僕がそう言った時、すでに先輩は背中を見せて歩き始めていました。
それじゃあ、楽しみにしているぞ。
先輩はそう言いながら左手上げて手首を背後に捻ります。先輩だからこそ絵になる姿だと思いました。
あっ・・・・ その人差し指と中指の間に挟まる紙切れに気がついた。
僕は飼い犬のように飛びついた。ワンワンッ! 心の中ではそう吠えていました。その後のキューンッっていう甘え声は流石に抑えます。
そこには日時と場所が地図付きで描かれていました。綺麗なその文字と絵は、先輩らしくありませんでした。後で知った事ですが、ベーシストの優美さんが書いたそうです。それを知った時は妙に納得をしたものです。
僕は一度家に帰ってからトロンボーンを抱えてスタジオに向かいました。家から最寄り駅まで歩く際に由とすれ違いましたが、おぉ! なんていう挨拶だけで特別な言葉は交わしませんでした。僕は勝手に、由も誘われていると思っていたのです。僕と同時期に先輩から声をかけられていたって事は、そういう事以外あり得ない。勝手な妄想だったようです。
由の顔面が少し薄い事には気がついていたが、まだまだ肌寒い季節だったからだと勝手に想像してしまいました。
スタジオに着く前に、楽器屋とCD屋を覗きました。いつもの事です。僕にはこれといった趣味がありません。音楽以外への興味が欠如しているのです。本なんて楽譜しか読まないし、小説どころか漫画さえ読んではいません。当然ファッションにも興味はゼロです。
その日の僕は制服姿の上着を普段着用に変えただけでした。けれどどういう訳か、誰からも学生とは思われませんでした。僕は大人びている。そういう事です。
スタジオ練習は夜中まで続きました。休憩はしたけれど、食事は摂りません。満腹だと思考が停止する。今はまだその段階じゃないと先輩が言います。僕以外の皆が頷きます。意味が分かりません。先輩達は誰一人として演奏中に水分すら補給しないのです。
正直に言って、凄いという感想はありませんでした。楽しかった。それだけです。サックスのトシさんには勝負を挑む隙すら与えられませんでした。僕は知らなかった。音楽は勝負の場なんかじゃない。そんな発想をした事はこれまで一度もありませんでした。
吹奏楽部時代は毎日が勝負でした。勝たなければメンバーに選ばれません。メンバーになってからも、その立ち位置が問題です。僕はいつだってリーダーでいたかった。




