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あいつは家に帰ってベッドの中、何も考えずに横になっていた筈だ。それはいつもの事。発表会で他の誰かの演奏に打ちのめされた時、あいつは決まってそうする。何も考えずに無心を作る。その時、空っぽになった頭に浮かぶメロディーを捕まえる事で平常心を取り戻していく。
守と二郎は家に帰ってから楽器を離さず朝を迎えたようだ。優美だけは普通だったのかも知れない。悔しさは感じていたようだが、自分の現在位置を把握していた。焦らず普通に歩めばいいっていう考えも大事かも知れない。家に帰るといつものようにベースを弾いてから眠りについた。優美からはやっぱり学ぶ事が多い。
トシさんは河原で演奏をしていたようだ。夜中でもそれ程迷惑ではない場所を知っている。いつもとは違う、橋の下。
打ち上げの席でいくらあの人から絶賛をされても、俺の心は浮き立たない。嬉しさよりも悔しさが先に立つ。俺は正直な想いを顔に出すだけではなく、口にも出した。
するとあの人は一瞬表情を固めて真顔になり、その後大きく笑い出した。
面白い奴らだな! そう言いながら立ち上がり、座っている俺に飛びついてきた。
ホッペにチュッとされた時は戸惑いと共に怒りを感じた。思わずこの拳を握ってしまった。
俺のレーベルでデヴューしないか?
怒りは治まったけれど、戸惑いは増していく。
即答は出来なかった。俺一人で決められる事じゃない。あの人のレーベルって事は、海外って事だ。俺の想像を飛び越える現実は、恐怖でもある。
その後の会話はあまり覚えていない。楽しくて、お酒が進んだ事は覚えているが、それだけだ。俺は既に、頭の中でアメリカ制覇を成し遂げていた。
気がついた時は部屋にいた。
そして頭が痛かった。




