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 突然の誘いには戸惑ったけれど、準備は既に出来ている。音合わせなんてしていなくても、私の身体にはあいつの音が馴染んでいる。他のメンバーの音も全て確認済み。絶対に上手くいくし、対応も出来る。その自信しかない。

 今から言っておくけれど、けれどやっぱりなんて事にはならない。もしもそうなるのなら、私はあいつに誘われていない。

―p― バンドメンバーには当然のように私の情報が伝わっている。あいつだけに全てを任せていたなら不安もあるけれど、あいつにはベースの子が付いている。何の問題も感じられない。

 あいつはやっぱり天然なのか、ライヴ会場と集合時刻を言わずに先に家を出て行った。 

 学校で聞けばいいかと思っていた私だけれど、現実は一苦労だった。学年が違うと、すれ違う事は少ない。会いに行っても、あいつはいない事が多い。伝言には意味を感じない。メールにすら返事をしないあいつが伝言を聞いたからと言って動く事はない。

 休み時間の度にあいつの教室を訪ねたけれど、あいつはいつも他のメンバーと共に何処かに消えている。昼休みになっても捕まらなくてかなり焦っていた。

 最後の休み時間になってようやく時間と場所を知ったけれど、あいつとは会えなかった。

 あいつのいる教室の前に向かう途中で声をかけられた。

 さっきから何度も来ているけど、あいつに何か様なの?

 それはベースの子の声だった。

 はぁあい! 今日の事で何か聞きたいとか?

 開きっ放しのドアの影から突然首から上を突き出してくる。本気で驚くと声も出ない。心臓が止まるって、こう言う事だ。ハッと息を飲み込み再生する。

 ・・・・驚いた? そんな反応されると悪戯心が疼いちゃうわよ!

 そう言いながら肩をバシバシ叩かれた。

 ちょっ・・・・

 私が戸惑っていると、ベースの子が笑い出す。

 あなたって本当に可愛いわね! きっと皆あなたが好きになっちゃうわ。

 私の戸惑いは深まるばかり。ベースの子のイメージがどんどんと更新されていく。

 さぁ、で、あいつに何の用? どうせまた大事な事を言い忘れてるんでしょうけれど。

 その言葉で我を取り戻した私は、今日のライヴは何処でやるのよ! そう叫んでしまった。

 あら・・・・ また大変な事を伝えていないのね? 全く、困ったものよね。

 そこで時間と場所を聞かされた。けれどそれだけだった。その後の現実を知って驚いた。

 ベースの子もやっぱり何処かが抜けている。

 つまりは二人がお似合いって事。私としては複雑だった。お似合いなのはとても嬉しい。けれど、二人共が抜けているのは不安しかない。まぁ、私がしっかりすればいいってだけの話だ。

 会場の規模は小さかったけれど、バンドをやっていれば誰もが憧れるクラブだ。場所は渋谷のビル五階。私が好きなアーティストがよくやって来る。

 ライヴはまたも前座だったけれど、ワンマンよりも価値がある。どういう伝手でこんな事になったのかを聞いても、いつもの事だと笑うばかりで誰も詳しくは教えてくれない。

 リハーサルにその人はやって来なかったけれど、会場に着いてすぐ驚いた。

 来日している事もそこでライヴをするって事も知っていたけれど、まさかその日だなんて思ってもいなかったし、前座の話も聞いていなかった。

 この国では知名度的には低いかも知れないけれど、世界的スターだ。少し古いけれど、サーフィン音楽の元祖的存在。

 開演してからも彼は姿を見せなかった。

 結局会えないままにライヴはスタートした。観客の反応は凄く良かったし、私もあいつらに馴染んでいるのを感じていた。

 最後の曲の挨拶をしてから演奏が始まった瞬間に、最高の事件が起きた。

 ステージ脇から彼が登場した。そして始まったジャムセッション。あいつはあまり驚いてはいなかった。他の皆も動揺していない。私だけがその瞬間フワッと浮いてしまった。

 けれどすぐに立て直せたと思う。

 彼はその独特のリズムとメロディーを隠そうともしない。真剣勝負と言うよりも、真剣遊戯って感じだ。公園に集まって遊んでいる感覚。それを見守る観客は、まるで保護者。

 長めのジャムセッションが終わると彼は引き返していった。そして私達は最後の曲を演奏した。時間超過ではあったけれど、主催の彼が許可してくれた。

 最後の曲は私の自作曲で、リハーサル中にあいつが歌詞を書き、皆で曲を完成させた。

 大盛り上がりではあったけれど、少し不安を感じてしまった。

 私達の演奏が終わるとすぐ彼がステージに上がってくる。観客は盛り上がる筈だったけれどそうはならない。

 観客はまだ私達を望んでいた。ブーイングとまではいかなかったけれど、本編はいまいちなスタートとなってしまった。

 責任なんて感じる必要はないけれど、あいつはかなり気にしていたようだった。ステージ脇ではなく、観客席に紛れて様子を窺っていた。というか、楽しんでいた。あいつはそうする事で決して音楽は勝ち負けじゃないって事を体現していた。

 野球とロックナインとの違いはそこにある。

 二曲目三曲目と盛り上がりは増していく。流石よね。私が感じていた不安は稀有だった。

 アンコール後まできっちりと鑑賞して挨拶までして帰る事にした。

 彼はとても礼儀正しく対応してくれた。通訳越しにだけれど、楽しかったと言っていた。私は素直に受け取ったけれど、あいつは少し暗かった。そのお陰で私はその後のサプライズを素直に喜べずにいた。

 挨拶をしてから楽屋に一度戻って荷物を抱えて帰る事にしていると、あいつが近付き一枚の紙切れを渡してきた。

 それはバンド募集のチラシで、今更かよと私が言うと、そうだけどさ、なんて目を合わせもせずに言っていた。あいつの心は完全に上の空だった。

 その理由は後日知ることになった。そのせいと言うかお陰と言うべきか、私達の名は世界に広がっていった。

 彼は世界に向けて私達の名前と映像を配信した。ロックに勝ち負けなんてないけれど、完敗と言わざるを得ない。そんな言葉を添えていた。

 個人のホームページでの発言ではあったけれど、その後に発表されたインタビュー記事でも同じ言葉が繰り返されていた。

 これから大忙しになるだろうなとの予感は外れない。私はその為にこのバンドをマネージメントする覚悟を決めた。

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