42
いきなり何なんだって感じだ。その電話の相手があいつだとは気がついていなかった。仕方がない。声を聞くのは初めてだったし、音楽以外の勘は全くない。鈍いんだよ。だけどこれだけは言っておくよ。天然ではない。自然ではあるけれどな。まぁ、どう違うんだよっていうツッコミは受け付けない。
お前こそ誰なんだよ! おっさんからの頼みだっていうのが本当なら受ける価値はあるだろうな。何時に行けばいい?
既に乗り気だった事が恥ずかしい。
俺が誰かなんてどうでもいいだろ? お前はチケットを手に入れた。そして明日ステージに立つ。それが全てだ。
まぁそうだ。意味が分からないままに納得した。あいつの言葉には妙な説得力がある。
時間を聞き出した俺は、何故だか気分が高揚していた。電話を切らずに無言の数秒間。あいつには気持ちが通じていた。俺も楽しみにしている。そう言って電話が切れた。
ライヴ当日は朝から店のステージで吹いていた。あいつがどんな曲を用意してもいいように、スタンダードを片っ端から演奏した。俺はやっぱりバカだ。おっさん達の前座だっていうのに、勝手にジャズを連想していた。あのバンドはジャズバンドの体はなしているけれど、大きく言えばロックバンドだ。実際に俺が何度か見たライヴではガッツリロック系との共演が多い。
俺に指摘をしてくれたのは母親だった。彼らの前座に出るんだって? だったらそんな練習に意味はないんじゃないか?
ごもっともな意見ではあるけれど、どうしてそれを知っているんだっていう疑問に気がついたのは家を出てからだった。
そこからはアドリブ練習を始めた。そして時間になると食事もせずに出掛けてたんだ。
関係者入口から入るつもりでいたけれど、そもそもまだ入場案内もしていなかった。俺は守衛を見つけて話しかけた。取り敢えずはチケットの裏書を見せ、知り合いだという事と呼ばれてきた事を伝えた。おっさんの名前はきちんと本名を伝えたよ。
守衛が誰かに連絡を取っている間に、背後から声をかけられた。
うおっ!
思わず声が出てしまう。
よく来たな。
そこに立っていたのはブロッコリーだった。
しかも以前より成長をしていて、緑色になっていた。
おッ・・・・ お久しぶりっす!
なぜだか中途半端な敬語になってしまった。
よそよそしい喋りすんなよな。
いつの間にか背後に気配を感じた。その声に喜びを感じるなんて情けない。
おっさん・・・・
振り返った俺は瞳をウルウルさせてそう言った。一生の不覚だ。
俺をおっさんって呼ぶんじゃねぇよ! そんなに違わねぇって何度も言ってんだろ!
おっさんはそう言いながら俺の頭を引っ叩いた。
おっさん達から事の経緯を聞き出し、ようやくあいつと対面した。そこには当然、あいつ以外のメンバーもいた。
あッ! なんでお前がここにいるんだよ!
あいつの顔を見つけた俺は思わずそう叫んだ。
おいおい、まさか気がついていなのに来たのか?
俺の反応とあいつの表情を見ていたおっさんがそう言った。おっさんは察しがいい。おまけに頭も勘も抜群だ。
勘弁してくれよな。
おっさんがそう言うと、あいつは笑う。
まぁ、そんな事はどうでもいい。早速リハーサルしたいんだけど、準備はいいか?
あいつの言葉におっさんも笑う。
そうだよな。まずは音合わせくらいしとかないとな。結果は分かっていても、いきなり本番っていうのは心臓に悪すぎる。
まぁ驚いたよ。あいつらは凄かった。正直言ってあの段階で既におっさん達を凌駕していた。その音とパフォーマンスについてはだけれどな。認知度がまだまだだ。観客との一体感ではおっさん達に負けていたよ。
俺の音は相性バッチシだ。自分で言うのもなんだけれど、俺が加わった事はかなりのプラスだ。アドリブだけでも十分に実力は発揮した。後は何度も演奏を重ねれば良くなる一方だ。あいつらはジャムバンドだ。久し振りに楽しくて興奮するライヴだった。
楽屋でようやくしっかりとした話が出来た。まぁ変わっているよな。目指す先がまず普通じゃあない。世界一とか宇宙一とかって言うレベルでもないんだ。あいつが目指すのは、歴史上のナンバーワンだ。過去も未来も宇宙も宇宙外もを含めて一番に楽しいバンドを目指している。あいつに取ってはモーツァルトもビートルズも鼻くそ同然なんだよ。まぁ、鼻くそってのは物凄く身近な存在ではあるんだけれどな。生きている限り切っても切れない存在だ。それ程までに尊敬しているっていう意味だ。
あいつもメンバーも最後まで楽屋に居座っていた。おっさん達のライヴは見なくていいのかと聞くと、この興奮が抑えられなくなるからなと全員が口を揃えた。俺も同じ気持ちだった。ライヴ後の興奮を抑える方法は幾つかあるけれど、その度合いによって対処法が変わってくる。抑え切れない程の衝動は珍しく、そんな時は仲間と共に過ごすに限る。まぁ、俺にとってはまだまだ仲間と呼べる程に距離は縮まっていなかったが、たった一度のライヴでもそれに近い感情は得ていた。だからあいつらといる事で興奮を抑える事が出来たんだ。
連絡先は昨日ので構わないよな? 俺のはあれでいい。他の皆とは個別にやってくれ。
あいつは俺が黙っているのをいい事に、こいつを受け取ってくれと一枚のチラシを渡してきた。それはまさかのメンバー募集チラシだった。
今更なんだよって思ったけれど、口にはしなかった。まぁ、嬉しくもあったんだから仕方がない。ソロで売り出していくつもりでいたんだけれど、あいつらとならば楽しみは倍増だしな。俺の演奏が更に魅力を増すのも間違いない。
アンコール前に楽屋におっさんがやって来た。おっさんは基本演奏をしないから自由にステージをはける事が出来る。
取り敢えずお前だけでも参加しろよな!
そう言いながら俺の手を引っ張っていく。俺は慌てて楽器を捕まえた。あいつらの助けを得ながらな。
ステージ袖で俺を見つめているあいつらは、明らかな嫉妬をしていた。自分も参加したいんだっていう感情を隠そうともしない姿には爆笑した。笑顔で演奏する俺につられておっさんも観客も笑顔を見せる。
そして結局のところ、あいつらもステージに呼ばれてセッション大会が始まった。
その勢いのままに俺達はアンコール演奏の全てに参加した。
終演後の楽屋は大盛り上がりだ。あいつらは未成年のくせに酒を飲んでご機嫌になっていた。まぁ、ベーシストだけはジュースだったな。女の子だからって訳ではなく、単純にお酒が飲めない体質だそうだ。目が大きくて少し厚めの唇が可愛らしい。ショートカットもよく似合っている。けれど誤解はしないで欲しい。恋愛感情は抱かなかった。まぁ、あいつの態度を見ていればそんな気にはなれない。彼女はあいつのオーラに包まれていた。
バンドに興味はなかった俺だけど、今ではバンド以外での立ち位置が想像出来ない。
お前ならフィットすると確信してたよ。
そんな事を言うおっさんを、俺は我慢し切れずハグした。




