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けれどまぁ、サックスを始めたきっかけは別にある。ジャズは好き嫌いというよりも生活の一部だ。店に置いてあるドラムを叩き始めたのは早かったよ。物心つく前からだからな。ギターやベースも弾かせて貰った事が何度もある。ピアノは母親が上手だったから自然と身についている。けれど管楽器だけは未経験だった。貸してと言っても断られた。興味があるならマウスくらい買えと言われた。何それって思ったよ。パソコンしながら楽器を吹けって事か? 反論はしなかったけれど、貸したくないっていう気持ちは伝わった。まぁ、今ではその気持ちが理解出来る。管楽器の貸し借りは基本NGだよ。手癖の問題もあるし、衛生的にもお断りだ。
ずっと憧れてはいたけれど、手が出ないでいた。あの人のライヴを見るまではな。
あの人はジャズの人間ではなかった。俺はたまたま立ち寄ったフェスで見かけた。あれ程のライヴを見るのは初めてだった。
ロックだから激しいとかジャズは静かだなんて言うつもりはない。そもそもジャズは激しい。けれどあの人は規格外だ。ど真ん中のロックンロールにサックスの音色が重なる。俺にとっては初めての経験だった。ジャズ以外のサックスなら経験済みだ。けれど、あれ程の自然なサックスを聞いた事はなかった。ロックはジャズだ。思わずそう叫んでいた。
会場横をすり抜けるつもりでいたけれど、その音に足が止まる。気がつくと俺は、ステージ前方で揉まれていた。
あの人のライヴは初め、集客が低い。おかげで苦労せずに前方に行けた。終わる頃には大勢の人で溢れていた。入場規制もかかっていた。そりゃあそうだ。あの音とパフォーマンスに魅了されない方がどうかしている。
そんな訳で俺はサックスを始めた。
あの人はバンドマンだ。そこには惹かれない。何故かって? 単純に興味がないだけだ。
サックスを始めた俺は、十五歳になっていた。遅すぎるスタートだよ。まぁ、下地と才能には恵まれている。苦労はなかった。まだ三年しか経っていないけれど、一流と認められている。まぁ発展途上でもあるけれどな。伸び代がない奴は二流なんだよ。そこで終いなんだから。
あれだけカッコ良かったあの人でさえも、まだまだ伸び代を感じたんだから驚きではあるよな。当時でもう五十を過ぎていた。
サックスデビューは早かった。手に取ったその日にはステージに立っていたからな。
実家がジャズバーだからこそではあるけれど、センスの塊だったからでもある。手にした朝から練習していた。音はすぐに出たよ。音階も理解した。後は音を探りながら好きな曲を演奏した。店がオープンする前に数曲をマスターした。まぁ、まだまだレベルは低かったけれどね。
開店前にも客はやって来る。大抵はリハーサルなんてあってないようなものだけれど、時には大物がやって来る事もあるから、そんな時はしっかりとしたリハーサルをやるもんだ。どんなにいい演奏も、音のバランスが悪ければ最低になる。
その日は今でこそ有名ではあるけれど、当時はまだまだ知名度の低い若手ジャズバンドが出演予定だった。実力は申し分ない。リハーサルを自ら率先する若手は少ない。彼らは知っていたんだ。音楽には音のバランスも大事だって事をな。ただガムシャラに爆音を奏でればいいって訳ではないし、静かに流れるだけでもダメって事だ。
俺はそこで声をかけられた。下手糞だな! ヒゲモジャのおっさん体型にそう言われた。
仕方ないだろ! 今日初めて吹いたんだからさ!
俺はなんだかイラッとしていた。
初めてなのか? っていうかお前は誰だ?
おっさんはサングラスをずらしてそう言った。その瞳があまりにも小さくて驚いた。
おーい! ちょっと聞いてくれ!
おっさんは大声でまだ準備にも入っていない他のメンバーに声をかけた。
面白い奴見つけたぞ!
っていうかお前こそなんなんだよっていうセリフが脳みそ内で木霊していた。




