表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/104

34

 三、四人での初ライヴ


 あいつの路上ライヴは最高だ。

 他人の曲での感動は初体験。プロの曲ですらありきたり。あいつはそれを軽々超えていく。

 そして何よりギターが強烈だった。アコースティックの筈なのに、音色が機械じみている。何と言うか、暖かみのある機械音なんだ。機械時計に耳を傾けている感覚に似ている。

 その音色は俺達によく似合う。その声も役に立つ。あいつが作る曲を歌いたいとさえ思う。

 あいつは根暗で隙がない。いつも一人ぼっちでいるのは、あいつが醸し出す雰囲気のせいだ。あいつはきっと、他人なんて必要とせずに生きていける。

 けれどそんなのは寂し過ぎだ。俺はあいつの邪魔をしたくて溜まらない。

 もしも俺と組まなかったら、あいつはソロで有名になっちまう。そんなのは寂しいんだよ。俺達と一緒に有名になった方が世界は断然面白い。

 あいつが彼女のストーカーだとは思いもしなかった。まぁ、誤解は既にとけているがな。

 勘違いをした瞬間にはあいつを殺してしまおうかとの考えが脳裏を過った。殺意を剥き出していたが、あいつは平静だった。お陰で誤解に気がついた。衝動に駆られる前で助かったよ。

 近所に住んでるんだ。後を歩く事があっても不思議じゃない。けれどまぁ、たまたまだろう。あいつの帰りに道に彼女の家がある。羨ましいというか、悔しいよな。俺がご近所さんだったなら、完璧に守ってやれるのに。

 なんていうのは妄想だ。俺がいなくても彼女は守られている。家族がいる。それだけで十分だ。いつかは俺も家族になるしな。とういうか既に家族だ。バンドってそういうものだろ?

 あいつの事はずっと見ていた。別に恋をしていた訳ではない。いいや、そうとも言える。俺はあいつの歌とギターに恋していた。

 けれどすぐにはあいつだって事に気付かなかった。そりゃあそうだよ。学校じゃあちっとも目立たない。すれ違ったとしても記憶に残らない。同じクラスにいてもあいつの存在に気付いていない奴は多い。先生でさえ名前と顔が一致していなかった。

 そんなのは見る側の問題だ。彼女はずっとあいつの事を知っていた。近所だからじゃない。あいつから溢れ出るセンスに気が付かない方がおかしいと言われたよ。

 街中で歌うあいつは確かにセンスの塊だった。だからなんだ。普段のあいつはまるで雰囲気ゼロだ。というか、そう見せていたんだろうな。あいつは無意識にオーラを隠す。それを見抜いた彼女は凄い。俺とは違う。

 俺があいつに気がついたのは、トイレで隣に並んだ時だ。鼻歌を歌うあいつに顔を向けると、何故だか笑顔を見せる。そして大声で歌い始めた。とはいかなかったけれど、ほんの少しボリュームを上げたようには感じられた。

 何処かで聞いた歌だなと思った。有名な曲なのか? テレビで流れていたのか? 必死に記憶を辿ったが、答えは出てこない。脳内にこびりつくようなメロディー。ちょっと妖怪じみた声。忘れるなんてあり得ないと思い、一日中その声とメロディーを頭で流して検索した。

 思い出した瞬間に、思い出せないでいた理由が分かった。

 印象には残っていたが、俺の頭ではその曲を有名曲と判断していた。まさか街中で聞いた曲だとは考えなかった。勝手に名曲リストに加えられていんだ。あいつと結びついて引っ張り出す事が出来なかった。

 思い出したきっかけはない。レコード屋で気になるCDを視聴していた。いい曲だなって思った。ふとトイレでの鼻歌が蘇り、同時に路上ライヴで聞いた曲も演奏者の顔つきで蘇ってきた。全く毛色の違うファンキーな曲を聴いていたにも関わらず。

 そして二つの顔が重なった。

 思わず声を上げていた。ヘッドホンに手を当て、あいつか! 周りの視線が集まってくるのを感じたが、無視を決め込む。他人の反応なんて俺の人生には影響を及ぼさない。

 なんて事を言うのはアーティストとしては失格だよ。俺達はあらゆるものに反応をしてもらう事で成長し、生きている。他人から反応されないアートは無意味だ。そんな事はこの大自然もそこで生きる生命も皆が知っている。一部の人間を除いてだがな。

 まぁ、好奇の目なんて気にするなって事だ。自由に生きていれば疎まれる事も多い。自然界の生き物に嫉妬しているのと同じだ。勝手に自分達だけを自然界から除外しているその神経が不思議なのはまぁ、別の話だ。

 気がついたからといって、俺は何もしない。それを理由に話しかけるなんてナンセンスだ。

 ただじっとその時が来るのを待っていた。

 あいつは面白い。遠目で観察していると好きになる。まぁ、恋愛対象ではないがな。

 あいつはよく歌う。歩きながらでも体育の授業中にも歌っている。まだ確認はしていないが、そのうち教室内でも歌い出す事だろう。全校集会でも歌い出しそうで面白い。

 音楽好きのあいつは、全身でロックしている。根暗ではあるが、そもそもロックは根が暗い。お前はジョイディヴィジョンかよっていうツッコミは時代遅れのようだ。トムヨークかよでもいいが、あれは偽物だ。トムは根暗なんかじゃない。かなり陽気な方だと思う。初期のミックやキースっぽくもある。

 俺には権力なんてないが、お願いは出来る。だからそうした。全ては受け入れてくれなかったが、二つは叶った。四つのお願いをしたんだ。半分叶えば上出来だ。

 願いは単純だ。あいつと同じクラスにして欲しい。そう言った。ついでに守と優美も一緒にしてくれと言った。それから担任の先生を代えないでくれとも言ったよ。

 俺はそれを校長室で言ったんだ。勿論校長先生にだ。俺の事なんて知らない筈の校長先生だ。困った顔をするかと思ったが、案外と冷静だった。

 君の事はよく知っている。まだ小学生になる前から見ているからね。

 俺のお願いを聞いた後、少しの間を作ってからそう言った。

 俺には意味が分からない。言葉の意味を理解するだけでも数秒が必要だった。

 そのまんまの意味だろうが、そこに気がついた時は恐怖だった。

 ストーカーかよ! 心の声が漏れてしまう。

 高校生にもなってそんな言葉遣いは良くないですな。

 なんだか聞き覚えのある口調だった。会った事があるのか? テレビの中の模倣犯?

 君はあのお店の常連さんだろ? お父さんとは飲み仲間でね。

 そう言われてから俺は一歩近づいてマジマジと校長の顔を眺めた。

 見覚えのある顔ではあるが、違和感がある。知っているおっちゃんとは何かが違っていた。

 すると、これは内緒だぞ。そう言いながら自らの頭に手を乗せて何かを持ち上げた。

 まさか! 手を乗せた瞬間に気がついたよ。俺の顔は真っ青になり、慌てて首を振る。無言ではあったが、口は激しく動いていた。

 そんなに慌てなくても平気ですよ。別に恥ずかしくて被っている訳ではありませんから。

 校長はそう言いながら手に取ったカツラを俺に差し出した。俺は思わず手を出して受け取りそうになった。咄嗟に手を引っ込められたのは、校長の瞳がギラッと光ったからだ。あのままに手に取っていたのなら、俺はきっと闇に引き摺り込まれていた事だろう。

 これを外す事が変装になるんだ。先生にはプライベートがないからね。自由にお酒を飲むには変装が必要なんだよ。

 そう言いながら校長はカツラを頭に乗せ直す。そして一歩を俺に近づける。顔が近い。間近で見るその顔は、迫力がある。目力が強く、俺は思わず後退りだ。

 この事は口外無用ですから。

 俺は唾をゴクリと頷いた。

 ・・・・俺がこの学校に来る事を知っていた? それなのにずっと隠していたのか・・・・

 俺が焦った理由は一つだ。どんな会話をしていたのかなんて問題はない。顔は思い出したし、どっちかといえば好きなオッチャンだ。だが学校の校長だったとは話が変わってしまう。制服で通っていた訳ではないけれど、俺は校長と会っていたお店でお酒を飲んでいた。オカマちゃんの店では未成年でも酒を飲める。オッチャンの前でも俺は何度も酒を飲んでいた。というか、奢って貰った事さえある。悪いのはオッチャンの方じゃないのか?

 そういった結論に至った俺は、すぐさま冷静さを取り戻した。

 校長の方こそ秘密にしないと大変なんじゃないっすか? 俺に酒を・・・・

 オッホン! なんてわざとらしい咳払いを大きくすると、口先に一本指を立てた。

 ここで内緒話はいけません。色々と面倒な施設なんです。今夜また、ゆっくりお話ししましょう。

 俺は無言では振り返って校長室を後にした。

 その日は元々オカマちゃんの店で食事をする予定だった。どんな仕事をしているのか分からない両親は、やっぱりその日も帰りが遅い。

 今日は早いじゃないのよと、オカマちゃんに言われた。その向かいのカウンターに座っているのがカツラを外した校長だとすぐに気がついた。変装するなら服装も変えろよとは思ったが、後ろ姿でも判別は難しいなとも思ったよ。人間の認識力なんてその程度だ。服装よりもインパクトがあればそっち側に引っ張られてしまう。今まで気付かなかったのは、鈍感だからじゃなかったって事だよ。

 校長と知り合いだからこそ五割のお願いが叶ったのかも知れない。それともただの偶然か?

そんなのはどっちでも構わない。問題はあいつと同じクラスになれてよかったって事だ。別のクラスだったら、誘うタイミングがズレていた事に違いはない。

 ライヴが決まるのはいつだって急だ。自分達で決めたライヴは一つもない。ワンマンなんて遠い未来の話だ。卒業までには間に合わせたいが、このペースだとギリギリって所だ。

 けどまぁ、順調だ。どういう訳か俺達は恵まれている。俺はしっかりと受け止める覚悟だ。

 今度はまた大きな箱だ。二千人は収容出来るって聞いたよ。その主催者は俺だけじゃなく、流行りの音楽には疎い校長でも知っている程の大物だ。以前はそれこそスタジアムツアーをしていたからな。まぁ、俺達の目指すスタジアムロックとはまるで別物ではある。それでもこうして同じステージに立てる事は嬉しいし、誇りに思う。しかもあの人は前座を用意する事なんて滅多にない。今回の俺達は完璧な特別枠だ。

 きっかけはまたオカマちゃんの店だった。いつだって余計な事ばかり話すんだ。

 あなたがあそこの高校の校長先生だったとは知らなかったわよ。どうして黙ってたのよ。

 いやぁ、ここはプライベートですから。

 あら嫌だ。オカマにプライベートなんてないのよ。自分を隠そうなんてオカマの前じゃ無意味よ。すぐに見抜いちゃうんだからね。

 オカマちゃんは俺と校長の間に割って入ってくる。まぁ、地獄耳だし、元から隠すつもりなんてない。校長だってそうだった筈だ。

 それにしては気がつくのが遅かったですね。

 校長はニヤッとしながらそう言った。

 あら嫌だ。校長だって事は知ってたわ。けれどんねぇ、この子の学校だとはって意味よ。

 残念ながら俺は気付けなかった。オッチャンが校長だって事はおろか、学校の先生だと思った事はない。その辺のちょっとお堅い仕事をしているんだと思っていた。先生って呼ばれているのは聞いた事があるからな。

 その校長が、あの人と知り合いだっていうんだから驚いたよ。同級生? とてもそうは見えない。あの人は若々しい。

 校長は俺が知らない間にあの人に音源を聞かせている。その音源の出所は俺さえ知らないのに、勝手だよな。まぁ、俺達は自由を重んじている。写真もビデオも自由だ。勝手に撮って勝手に楽しんでくれればいい。だが商売にして欲しくはない。欲しければ連絡してくれ。いくらでもタダでくれてやる。まぁ、この先の正規品はそうはいかないが、それ以外なら問題はない。音質や画質が悪いからとか、そんな事は関係ない。それで興味を持って貰えるなら、タダで見てくれて結構だし、金なんていらないから聞いて欲しい。そしていつか実際に会いに来てくれれば嬉しい。俺は著作権を理由に厳しく取り締まるアーティストが好きじゃない。そんなに自信がないのかねって思う。まぁ音質が悪い状態で売り物にするよりはマシだがね。デモテープなんてタダで配るものだろ? 金を取っているアーティストにも疑問はある。

 まぁ、校長は顔が広い。前回のライヴ会場は、教え子が経営者らしい。つまりは俺の先輩だ。俺の両親よりも少し年上だがな。

 その経営者もオカマちゃんの店の常連だ。何度かすれ違っているようだ。まぁ、俺もその人も覚えてはいなかったがな。

 音源を聞いたあの人が是非とも俺に会いたいと言った。その名前を聞いて大喜びだ。会って話を聞いて喜びは増していく。前座? どうして? そんな疑問が湧いたのは翌日になってからだ。俺はとっくに返事を返していた。絶対に観客と楽しい時間を作ると約束をした。

 日程がまた急だった。まぁ、新メンバーの当てはあったから問題はない。あいつの曲を演奏する事にも不安はなかった。

 それでも流石に緊張した。観客の数は問題ない。あの人のリハーサルを聞いたからだ。

 ソロ名義のあの人だが、メンバーはいつの時代も豪華だ。最近は特にその傾向が強い。少し古いが俺の知っている大好きなバンドのメンバーを幾人も従えている。スタジオミュージシャンにしても物凄い。俺が持っているレコードの幾つにも名前が刻まれている。

 まぁ、緊張ってのは必需品だ。俺や守は問題ない。意外と優美の顔が強張っていたが、それでも抜群の可愛さだ。俺のちょっかいで緊張も解れていたしな。問題なのはあいつだ。どうしてかねって程の緊張だった。少なくとも俺にはそう見えた。少しの不安が過ったよ。それは俺だけではなくあの人にも伝わったようで、彼は大丈夫かねと耳打ちされたよ。

 結果的には問題なしだった。

 あいつはやっぱり面白い。後で知った話だが、ライヴ経験が豊富で、あの人のステージに上がった事さえあったそうだ。あの人が覚えていなかった事がショックだったみたいだ。そりゃあ仕方がない。俺達の見た目は数年で変化する。五年も前の姿と今を結びつけるのは難しい。

 だけどあの人は流石だな。あいつの本番の演奏を聞いたら直ぐに思い出していた。ステージをはけた直後に耳打ちされたらしい。以前よりかっこよくなっているじゃないか。ってさ。

 あいつの緊張を解したのは俺じゃない。優美だ。いつも通りの方がカッコいいよ。なんて事を言ったようだ。まぁ、俺も守もその通りだって感じたよ。

 俺達は専用の楽屋が与えられていた。大きなホールだ。部屋は幾つも余っていたようだ。

 あの人は本番中に一度俺達の楽屋を訪れた。信じられないよな。アンコール前とか休憩時間を設けてとかじゃない。曲間の合間に走ってきて、帰らないでくれよな! アンコールでは一緒に演奏しよう! そう言うとまた走ってステージに戻って行く。バンドメンバーにはちゃんと声をかけていた。長めの間奏にしてくれってさ。けれど観客は驚いていた。間奏中にいなくなるなんて初めてだったからね。

 そんな訳で俺達は最後まで楽屋にいた。楽屋には丁寧にモニターを用意してくれていたから、それを見ていれば誰も帰りたいなんて思わないし、時間はあっという間に過ぎれいく。

 そして遂にアンコール前の演奏が終了してあの人が楽屋にやって来た。演奏する曲は二曲。一曲はあの人の人気曲だ。俺達は全員その曲を知っていたが、演奏経験はない。コード進行だけを教わり、後はフィーリングでと言われた。もう一曲は俺達が一発目にかましたあいつが作った曲だった。まぁ、アレンジは変えたし、歌ったのも俺ではあるけどな。あの人は自分も演奏には参加するからよろしく。そう言って楽屋を出て行った。

 その直後にスタッフが俺達の出番はアンコール後の二曲が終わってからだと伝えた。

 アンコールが始まると直ぐステージ裏でスタンバイした。観客はとても楽しそうだった。俺達が呼ばれる事を知ったらどんな反応を示すのかと不安を感じたよ。

 あの人はトークも上手だった。その喋りのお陰で俺達は暖かい拍手に出迎えられた。

 その後は最高だった。一発目にあの人の曲を演奏して、二曲目のオリジナルがまさかの大盛り上がりだ。待ってましたと言わんばかりの声援に、俺は人気者になったと勘違いしそうになった。まぁ、あながち間違いじゃないかも知れない。街で声をかけられる事が最近増えている。

 あいつにメンバー募集のチラシを手渡すと、何故だかキョトンとしていた。あいつはすでにメンバーのつもりでいたようだ。まぁ、それもあながち間違いではない。俺はそのつもりのない奴には声をかけない。適当に選んでいる訳じゃないんだ。ライヴが試験っていうつもりもない。なんとなく、興奮状態のそのタイミングになっているだけ。だから俺の方こそキョトンが強かったんじゃないかって思うよ。あいつの過剰な反応は予想出来ていなかった。

 まぁ、ライヴは上出来で最後にはチラシを受け取ってくれた。全ては順調って事だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ