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 あの子を好きだと何か困るのかい?

 思わず口走った僕の言葉に速井君は反応を示す。僕の目の前に顔を寄せてくる。僕はすぐにその気はないんだと目を逸らして言った。そして、僕がいればバンドはよくなる。それが怖いのなら僕を拒否すればいい。全くもって大胆な発言だったと思うよ。

 可笑しな奴だな。まぁ、確かにその通りだな。あいつを好きだとしても何ら問題はない。

 速井君はそう言いながら僕の頭をガシッと掴んだ。

 明日が楽しみだ。俺達はまた、進化する。

 速井君は僕の頭に乗せた手をほんの少し浮かせて僕の髪の毛をぐしゃぐしゃっとした。

 不思議だけれど嫌な気分にはならなかった。まるで歳の離れた兄貴にそうされているようだと感じた。僕にはそんな兄貴はいないけれどね。

 部屋に戻った僕はそのまま布団に潜って眠りについた。準備は出来ている。演奏場所も時間も分かった。もう何も考える必要がない。朝まで寝て、また起きてギターを鳴らす。それでいい。ライヴは普段通りにこなせばいい。僕にならそれが出来ると信じている。

 バンドとしてステージに立った事はなくても経験は豊富だ。なんせ僕はデヴュー済みだからね。

 速井君に見られていた路上ライヴとは別に、僕は何度か本物のステージに立っている。初めはお母さんに連れて行かれたビール祭でアルプホルンを吹いた。物凄く長いホルンで音を出すのに苦労したけれど、僕は演奏者が驚く程の爆音を鳴らした。

 その時の拍手喝采がいまだに忘れられない。注目を浴びるのは気分がいい。

 その後も僕は積極的にステージに立っていた。ステージの規模は関係なしに、チャンスがあれば食らいつき、チャンスがなければ作り出す。数年前に話題になったから覚えている人もいるかも知れない。僕は海外の伝説と呼ばれるアーティストのステージに立ち、一緒にギターを弾いた。しかもその時、その彼が普段使用しているギターを手渡された。普段はベーシストだけれど、ギターも上手だしピアノも弾く。これは内緒にしてくれと言われているけれど、その時のギターが僕の家にある。ライヴにはそれを持っていくつもりだよ。

 そんな訳で僕は当日を迎えた。開演時間の三時間前から始まるリハーサルには遅刻しない。当然だ。リハーサルなしでは一発勝負。流石の僕でもそんな度胸はない。

 僕はそれを予想していた。リハーサルなんてそんなものだ。まるでチグハグだった。僕の意思が速井君達に伝わらない。それは僕も同様。音源だけでは伝わらないものを確認するのがリハーサルだよ。だから僕は速井君達にこう告げた。

 理解した。もし不安を抱えているなら、そのままで構わない。僕が全てを変えてみせる。

 速井君は笑顔で頷いた。音尾君は無表情で、永井さんは困惑していた。僕は無言になって一人きり、その場を去った。そして本番が始まるまで、三人とは顔を合わせなかった。

 今日も最高だ!

 ステージ上に最後に現れた速井君は、マイクスタンドの前に立つとそう叫んだ。多少の知名度はあるとはいえ、まだまだ期待感は薄い。速井君の言葉に観客は戸惑い、苦笑いが溢れる。

 速井君の度胸は座っている。音尾君は天然だ。永井さんは大馬鹿だけど可愛い。僕は自分を凡人だと理解している。正直に言うけれど、僕達は四人で完璧だ。速井君が書く曲も、僕の曲も、全てが完璧だった。将来的には音尾君も永井さんも曲を書くだろう。二人のフレーズは独創的だ。既に自分の色を持っている。

 前座扱いではあったけれど、メインより盛り上がっていた。

 メインはテレビドラマの主題歌も担当している(深夜放送ではあるけれど)そこそこなメジャーバンドだ。楽曲優先でライヴはイマイチ。だからこそ、僕達の評価は爆上がり。

 そして終演後の楽屋で速井君に一枚のビラを渡された。

 何で今更? 正直言って怒りさえ湧いた。僕は既に正式メンバー気分だった。

 だから食ってかかった。ふざけんなよと罵声を飛ばす。殴りかかる勢いで胸ぐらを掴む。

 速井君は無抵抗で無表情だった。音尾君と永井さんも冷静に僕を眺めていた。

 お前に出会えて幸せだよ。

 速井君に面と向かってそんな事を言われては、怒りなんて吹き飛んでしまう。

 その時感じたんだ。これこそが僕の運命だってね。

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