表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/104

32


 この学校には放送部がある。放送部に入れば好き放題に曲を流せる。勿論昼休みと放課後限定だ。鍵を与えられ、所蔵の音源を自由に使えるという恩恵付きでもある。興味があった。入部する気満々だったけれど、試験で落とされた。高校の部活動に人数制限があるなんて馬鹿げているけれど、それが決まりだから仕方ない。僕はそれを受け入れた。

 そんな決まりに不満を感じ、戦う意志を持つ者がいるとは驚いた。しかも女子高生だ。

 僕の言い方に偏見を感じるのなら誤解だよ。言葉はね、感情の副産物に過ぎない。僕の感情は、女性軽視ではない。普通に聞けば分かるけれど、偏見を持っている側が聞くと分からないって事だ。偏見っていうのは大概が聞く側に問題がある。発信する側に気持ちがある場合は少ない。そしてそれは、配慮が足りないっていう意味でもない。感情はそもそも自由だ。

 その女子高生が永井さんだった。永井さんは凄まじ過ぎる。一週間の始まりの日に行われる全校集会。その直後に放送室を占拠した。あれは三年生の修学旅行中止を発表した翌週の事だったと記憶している。

 今日とういう日が楽しくありますように、そんな想いで選んだ曲を流したいと思います。人生は音楽で出来ている。放課後まで音楽と共に過ごしましょう。こんな一日があってもいいではないでしょうか? 理不尽な言葉に意味はない。言い訳のない日々を過ごしましょう。それでは本日の一曲目、大音量でお聴き下さい。

 教室に戻ってすぐに聞こえてきた校内放送の言葉だった。その声が誰のモノなのかに気付いた者は少ない。当然のように僕は気付かなかった。

 永井さんが流した曲は、可笑しな日本人四人組バンドの曲だった。僕はそれを初めて聞いたけれど、凄い曲だと感じた。素直な言葉に素直な感情が込められている。正直言って全体朝礼のすぐ後に流す意味は感じられなかったけれど、朝から楽しい気分になれたのは確かだ。

 その後も永井さんは曲を流し続けた。合間に曲紹介の言葉を流す事もあれば何も言わずに曲を流して演奏後に曲名と演奏者名だけを言ってお終いの事もある。音楽の解釈なんて聞く側次第だ。余計な言葉よりも、曲を流すだけで感情は伝わってくる。

 僕は知らなかった。職員室は大騒ぎで、放送室の前はまるで火事場のようだった。

 授業中開始のベルが鳴っても構わず流し続けていた永井さんは、その言葉も選曲も完璧だった。僕には伝わっていた。永井さんの感情の全てが、ブレずに真っ直ぐ突き刺さる。

 永井さんの籠城は放課後まで続いていた。

 どういう訳か、授業は普通に始まり普通に終わった。中休みもあったし、昼休みなんてまるで日常そのものだった。永井さんの紹介する曲は、やっぱり楽しい。

 授業中に聞いても邪魔にならない。むしろやる気が湧いてくる。受験勉強をしながらラジオをつけている感覚に近い。

 すっかり永井さんの存在を忘れていた。

 普段の僕は放課後に残るなんて事はしない。その日は本当にたまたまだった。何かの用事があった訳でもないのに、自分の席に座って本を読んでいた。

 行き帰りの電車の中で本を読んではいるけれど、たったの一駅だ。毎日読んでいても物語が進まない。だから僕は学校でも本を開く事がある。

 家では読まない。買ったばかりの本を開く事さえしない。

 家の中には物語が入る隙間がない。音楽が溢れている。そもそも音楽は物語だって僕は思っている。家の中では本を開く必要のない程の物語がすでに溢れているんだ。

 家に帰るとまず音楽をかける。何をかけるのかはその時次第で変わる。レコードに針を落とす事もあれば、カセットテープの時もあるしCDの時もある。MDやDATはあまり使用しない。最近ではパソコンを開いてUSBやSDカードを差し込むだけで音楽を聴けるスピーカーを利用する事が多い。

 僕は大抵垂れ流す。音楽って、そういうものだ。母親の胎内、そこが僕の原点。風の音、川の流れ、太陽の輝き。世界は音楽で溢れている。僕の鼓動も足音も息遣いも音楽だよ。

 下校時間のチャイムが鳴ってようやく僕は気が付いた。永井さんのかける音楽が僕に時間を忘れさせていた事に。

 下校時間を知らせるチャイムとアナウンスをきっかけに、それまでの音楽が消えてしまった。どうしてだろうか? 終了を知らせる音楽は、哀しみを甦らせる。物語の感動も相まって、僕の目からは突然涙が溢れてきた。

 カツカツと聞こえてくる足音に、僕は目を覚ます。寝ていたっていう意味じゃない。物語の世界から現実の世界へと移動したってだけ。

 僕は慌てて本を鞄にしまいながら立ち上がる。そして教室を後に下駄箱へと向かおうとした。すると背後から野太い声をかけられた。振り向くつもりはなかったけれど、その圧力には抗えられなかった。

 早く帰りなさい! 寄り道はするなよ!

 はい! 分かりました!

 愛敬を振り撒きそう言った。そこに彼女が並んで歩いているとは妄想すらしていなかった。

 隣を歩く可愛いあの子は誰? それが最初の感情で、すぐその雰囲気に懐かしさを感じた。

 彼女は僕を睨みつけていた。何故っていう感情は湧かなかった。怯えたつもりもない。僕は単純に頬を紅葉させていたに過ぎない。それでも教師の目には違って映ったようだ。

 こら! 睨むのはやめなさいと、彼女には顔も向けずにそう言った。その瞬間、彼女は笑った。だからなんだ。僕は極自然に笑い返してしまった。

 彼女の微笑が印象的だった。

 その後速井君達のメンバーになった事を聞いても驚きはない。むしろ当然だと感じた。

 彼女はその後、何故だか停学にすらならずに済んでいる。その事についての噂は宇宙規模だけれど、真実は何処にもない。当然僕は、確かめるつもりもない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ