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お前がそうなんだろ?
二年生になったばかりのその日に突然彼が目の前に現れた。
僕の机をドンッと平手で叩き、俯く僕に顔を寄せてくる。
僕は顔を上げずに誰? とだけ口にした。どうせつまらないいじめっ子だと思ったんだ。僕の秘密なんて知る筈もない、中途半端なヤクザもの。
あの日、俺は見てたんだ。まさかこうして同じクラスになるなんて光栄は夢にも思っていなかったよ。お前、時々ギター背負って学校に来るんだって? 今とはまるで表情が違うけど、あれお前なんだろ?
僕はそっと顔を上げる。そこにある顔は、想像とは違っていた。どうして? 僕は聞いていなかった。彼がそこにいるなんて想定外だ。ずるいぞ! 誰がこんな仕打ちをするんだ!
心ではそう思ったけれど、僕の顔は何故だかニヤついてしまう。
なんの事?
僕はとぼけるのが上手だ。絡まれやすい体質の僕は、身を守る手段として学んだ。何も分かっていないフリをし続けるのが効果的だ。もしくは無意味な言葉を連呼するとかね。僕は一度、街でヤクザのような学生に囲まれた。その時に一度試してみた。俯き加減にボソボソと言うのがポイントだ。決して相手の目は見ない。視点の焦点も合わせない。地面のその先の地獄を覗くイメージだ。
なっとうなっとうなっとうなっとうなっとう・・・・
一呼吸入れてからまた繰り返す。三回繰り返したところで相手は逃げていく。
あそこのオカマちゃん、知り合いなんだよ。見てたんだぜ。抱きつかれてただろ?
都合の悪い事は忘れてしまうのが僕の特技だ。
目をまん丸に見開きながら、口がポカンと開いていく。思い出したくない過去を思い出すのはとても辛い。こんな想いをさせる速井君は、やっぱり嫌いだ。
おっ、噂は俺も聞いてるぜ。早速勧誘とは仕事が早いねぇ。
次のライヴが決まってるからな。曲も半分は用意してある。後の半分はお前次第だよ。
速井君はそう言いながら僕へと首を伸ばす。僕は見開いた目を小さくして口を閉じる。
あの日のお前は最高だった。オカマちゃんがあんなに感動するのは珍しい。本物だって感じたよ。特に俺はお前のギターと曲がお気に入りだ。歌もよかったしな。
僕は速井君ともう一人がバンドを組んでいる事を知っていた。永井さんの事も知っている。その日は会場にいた。友達ではないクラスの誰かが噂しているのを小耳に挟み、たまたま予定は空いていたし、調べたらまだチケットは手に入る。行かない選択肢はなかった。
正直言って驚いた。速井君があんなにカッコよかった事と、演奏の物凄さに。
上手いというか、本当に凄かった。音楽は技術なんてどうでもいいんだ。楽しむ事と楽しませる事が同時に出来れはそれだけでいい。速井君達はとても楽しんでいたし、僕もとても楽しかった。一緒のステージに立ちたい。初めはそう思った。
次第にその感情は変わっていく。立ちたいではなく、そこにいない事がおかしいと思った。どうしてあの三人の側に僕がいない? 僕がいればもっと楽しくなれる。僕のいない状態は、まだ完全じゃない。
よかったら俺達のライヴに参加しないか?
速井君がそう言った。内心の僕は大喜びだったけれど、顔には出さない。
そうなんだ? それっていつ?
速井君の顔を見ずにそう言った。わざとらしく視線を逸らした訳ではなく、本当に興味がないっていうテイを意識した。
残念ながら速井君は馬鹿じゃなかった。
明後日だよ。まぁ、興味がないなら他を当たるからいい。
速井君はそう言うと音尾君に顔を向け、それじゃあ行こうかと顎を上げて合図を送った。
僕は慌てて視線を送った。速井君はすでに背中を向けて間に合わなかったけれど、音尾君が振り返って僕を見た。僕はそれを最後のチャンスと捉えた。
音源だけでも聴かせてくれないか? 僕の音源も渡すから、ライヴには参加したい。
そう言いながら学ランの胸ポケットからUSBを取り出して音尾君に差し出した。
なんだよこれ? お前はエスパーか?
音尾君のその言葉に反応をした速井君が振り返って僕の元に戻って来る。
こうするだろうなと思ってた。これが俺達の今だ。お前が変えてくれると期待している。
ポイッと投げられたUSBを空中で受け取った。これでも僕は少年野球出身だ。
やっぱりお前もなのか? その身のこなし、見た目で人を判断する事は出来ないな。
その言葉の意味は分からない。分からなくてもいい。その言葉は曖昧だ。その歌詞も曖昧だ。言葉の意味なんて分からないくていい。聴く側が勝手に解釈する。余計な説明はいらない。この曲にはこんな意味が込められていますなんて知りたくもない。日常会話でも同じ。同じ意味を伝えるのに別の言葉を利用する事もある。同じ言葉でも全く異なる意味を込める事もある。
僕は自由に弾けばいいのかな?
俺はお前の演奏を見ている。その上で誘っているんだ。好きにすればいい。
速井君はそう言いながら踵を返す。
俺達もお前の曲で自由に遊ぶからな。
背中越しに聴くその言葉が嬉しかった。
なにニヤついてるんだよ。
まだ側にいた音尾君が耳元に顔を寄せて囁いた。
別に・・・・ なんて言いながら目を逸らした。きっと耳を真っ赤にさせていたに違いない。
お前と組めるといいな。
音尾君はニヤつきながらそう言った。




