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二、三人編成ライヴ
優美がいると緊張する。
俺は優美が好きだ。あいつがいるだけで、幸せを感じてしまう。
勘違いをされると困るから言っておくが、仲間として好きってだけで、性的感情は湧いていない。常に一緒にいたいと思う。それが全てだ。こんな言い方は語弊しか生まないが、守に対しても同じ感情を抱いている。
三人目を見つける前にライヴが決まったのは誤算でしかない。結果論では嬉しい誤算ではある。それは結果が出た今だから言える事。まさに地獄だ。次のライヴは三人編成だと決めていた。メンバーは集まらず、パートさえ不明だった。新曲だけでライヴをするっていう拘りは守りたい。どんなメンバーでどんな楽器を演奏するのかも分からずに曲作りを進めるのは難しい。
それでも曲作りはやめられない。頭の中ではいつだって新しいメロディーが流れている。吐き出さなければパンクしてしまう。実際に俺は、突然発狂するかの如く歌い出した事が何度かある。小学校の時が初めてで、その時は教室で突然歌い出してしまった。止められない発作のようなもの。当然その後は人前での発作は起こしていない。大抵は兆候があるからその前にカラオケに行ったり風呂場に閉じこもったりする。山に登ったり河原や海岸へ行く事もあるが、どうしても間に合わない時はトイレやビルの屋上で発散している。
曲を作るっていう発想は最近になって覚えた。それまではただメロディーが浮かんでは溜まっていくだけでそれを残す事に意味を感じていなかったし、その術が分からなかった。
楽器を使うとか、単純に鼻歌を録音するとか、そう言った発想が浮かばない。俺にとっての音楽は、風と同じだ。いつでもそう、ただ単純に吹かれている。
この前口ずさんでいた曲、あれってなぁに?
少し歳の離れた妹にそう聞かれた。
えっ! としか思わなかった。恥ずかしという感情はなく、ただ単純にメロディーが漏れていた事に驚いた。そしてこのままじゃいけないって考えた。
妹とは八つ離れている。遠慮をしない物言いは誰に似たのか? 鼻歌を指摘されたのは初めてだった。父親も母親も、そんな場面に遭遇すると聴こえていない振りで素通りする。
俺は思っている。遠慮をされないってのはいいもんだって。妹は素直に世界を見ている。だからその言葉には信用性があるんだ。
無意識の鼻歌は恥ずかしいが、意識をしていれば恥ずかしさは消えていく。とは言っても、街中での鼻歌は意識をしてたとするなら尚更恥ずかしい。無意識に歌っていた可能性がある。まぁ、妹が喜ぶ程の名曲なら聞かれても問題ないのかも知れない。
咄嗟に妹が喜びそうなメロディーをその場で鼻歌に乗せた。すると妹は大喜び。
キュウちゃんの歌ってすっごくいいよね! いつもすっごく楽しくなれるんだ。今日のはこの前のとは違うけど、すっごく大好き!
そんな事を言われて気分を悪くする人間なんていないよな。俺は少ないお小遣いからゲームソフトを買ってあげた。なんだかよくは分からないが、音楽系のゲームだそうだ。
俺はその日から、無意識の鼻歌をやめている。・・・・つもりだよ。まぁ、無意識だからたまには零れ落ちているかも知れないがな。そこはご愛嬌だ。
溢れ出した音楽を取り敢えず録音する事にした。今は便利な世の中だ。カセットテープに録音する事も出来るが、携帯電話がある。録音は何処でも出来る。俺はそれを常に持ち歩き、発作が出る前に録音していた。と言ってもまだ、当時はそれだけだ。発表するなんて考えてもいなかった。俺にとってそれは、日記と同じ感覚だった。だから今でもそれは続けている。そしてその日記は大抵の誰かと同じで読み返したりはしていない。
本格的に曲作りを始めたのは最近だ。高校生になる直前の事だよ。きっかけはある。俺がよく行くレコード屋さんの隣で、誰だか知らない女性が歌っていた。新作PRの筈だったのに、そこに収録されている曲は歌いもしなかった。数少ない観客にリクエストを募ってはそのイメージにあった曲を即興で演奏していた。
次はそうだねぇ・・・・ そこのハンサムお兄さんにしようかな?
そう言いながら僕が立っていた方向に顎を指した。
おっ、次の犠牲者は誰だ? これが正直なその場の感想だった。
ハンサムさんはあなたよ。
女性の視線は俺の少し上を見ているように感じられた。だから俺は、決してわざとではなく振り向いて辺りをキョロキョロしたんだ。するとその女性はこう言った。
そんなわざとらしいことしなくていいんだよ。あなたがハンサムなのは周りのみんなが承知しているんだから。私だってもう少し若かったら恋してたもの。
周りの視線が俺に注がれている事にようやく気がついた。誰もがあからさまに俺へと視線を注ぐ。気がつかない方が難しい。
俺? 声には出さずに口を動かしていた。手まで動かして自分の顔を指で指した。
そうよ、そこの君。何かある?
その女性が歌っていたのは、どこかで聞いたふうな曲が多かった。それにはきっと理由がある。どんなに的確なイメージをしても、伝わらなければ意味がない。
僕は馬鹿だ。
運命的な出会い。
そう言ったんだ。
すると女性は真っ直ぐに俺だけを見つめた。俺は当然その視線を離さないで捉え続けた。
分かったわ・・・・ これもまた、運命よね。
その女性はそう言いながらギターを掻き鳴らし、歌い始めた。
驚いたよ。
それまでとは違ってその女性は何処にもないメロディーを捕まえるように紡いでいった。何処かで聞いたふうではないメロディーと言葉。訳もわからず感動していた。涙が溢れるのを抑えるのに必死な程だった。
周りの反応はまるで違っていた。なぁんだ、つまらねぇな。そんな言葉が漏れて聞こえてくる。そしていつの間にか多くのギャラリーが消えていた。
新しい事をするのは簡単だ。それを周りに受け入れてもらうのが難しい。誰かが一人でも認めてくれると勢いに乗れたりはするが、そんな場合は失速も早い。
今日はありがとう!
歌い終わりにそう言うと、その女性はそそくさと片付けを始めた。
俺は情けない。
女性は俺には一度も視線を投げてこなかった。それが優しさだって事に気がついたのは最近になってからだ。俺は彼女をチラチラと見ていたが、基本は逸らしていた。その場から直ぐに消えなかったのが俺の優しさだって事は、教えて貰って初めて気がついた。
その女性が片付けを終えた頃には、俺以外のギャラリーはいなかった。傍目からはどう見えただろうか? 熱心なファンなのか? それとも恋人にでも見えていたのか?
結局俺は、その女性がいなくなってからようやくその場から離れていった。特に意図なんてなく、それしか出来なかっただけだ。
その日をキッカケに曲作りを始めた。楽器を使い、ノートに記した。歌詞を書く事もある。気軽な演奏は携帯だけでなくパソコンにも保存している。
三人目を優美にする事は決定事項だった。後で知るには守も同じ思考だったらしい。
俺は素直じゃない。それは優美も同じだからタチが悪い。
ライヴの予定は突然決まる。まさかだよな。あの人がミュージシャンだとは知らなかった。
前回のライヴが好評だった事は嬉しかったが、見ず知らずの間での広がりには驚いた。
あの人はオカマちゃんの前で愚痴っていた。一週間後のライヴの前座が突然出演不可になった。詳しい理由は聞こえなかったけれど、今の時代じゃあ文句は言えないと言っていた。
前座なんてなくってもいいんじゃないの? あなた達、そこそこ売れてるんだからさ。
オカマちゃんの言葉にあの人は項垂れる。
俺達の人気なんて上っ面だよ。それはあんたも知ってるだろ? そこそこの前座がいなけりゃ盛り上がりにかける。新しいファンはつかないね。
あらそうかい。そこそこってのがどの程度を示すのかによっては、端っこのお兄ちゃんが最適かも知れないよ。今はまだ知名度はないけれど、あのお兄ちゃんを前座に迎えたっていう事実は将来きっと役に立つんじゃないかな。
オカマちゃんの言葉を受けてあの人は俺のいる方に顔を向けた。オカマちゃんが俺に手を振る。俺は頷いてみせる。それはオカマちゃんに対してだけではない同時の挨拶だった。
お前もバンドマンなのか?
えぇ、まぁ一応は。
ライヴ経験はあるんだろうな?
えぇ、バンドとしてはまだ一度だけですけど。
俺がそう言うと、あっそうかいなんて言いながら薄ら笑いを浮かべる。
あら、この子達のライヴはえらく噂になったのよ。あんたにも届いてるんじゃない?
オカマちゃんはそう言った後にあの人に先日のライヴの事を話し出した。まさかあの場にいたのか? 俺の知っている事も知らない事もよく喋っていた。
俺達の評判がよかった事は知っていたが、それ程の話題になっているとは思わなかった。あの人も噂だけは耳にしていたようで、コイツがか? なんて言いながら指を刺された。
俺達でよければ出てもいいよ。新メンバーも加入予定だし、お披露目には丁度いい。
あの人がその気になっているのは傍目からでも感じられた。俺に対して興味津々って感じだったんだ。
所詮は前座だからな。まぁ、恥だけはかくなよ。一生消えない傷になる。大舞台での無様な姿は俺だって見たくない。
あらやだ、本当にこの子達でいいの? オカマちゃんはすっとぼけるのが下手くそだ。
今日俺を呼んだのはこれが目的なんだろ? 何処で仕入れた情報か知らないけどさ。あいつがここにいるのもあんたの計算って訳だ。
そういう事にしておきましょうかね。
オカマちゃんが俺に顔を向けた。そしてウィンクをしてきた。それって余計な事は言わなくていいからねっていう合図なんだ。勿論俺は従った。
俺はたまたまやって来ただけだった。その日は父親に呼ばれた訳でもなかったし、家に食事が用意されていなかったから来たまでだ。まぁ、最近は週に二度ほどは利用しているから確率としてはまぁある方だ。二割八部は立派な好打者だよ。
あの人はオカマちゃんにお酒を二杯頼み、それを持って俺の隣にやって来た。
俺はお前に任せると決めた。前座でも千人近くの前で演奏するのはきっといい気分だぜ。
そう言いながら俺にグラスを持たせ、乾杯を促した。俺はいただきますと言いながらグラスを持ち上げた。そして乾杯の声に合わせてグラスを重ねた。
やっぱりこの店は酒が旨い。出される食事も酒に合うものばかりだ。
家で食事の用意がされていないと必ずここに来る。安いしサービスもいい、文句をつけるとするならオカマちゃんのスキンシップが濃いって事くらい。まぁ最初は引いたが、二度目からはすぐに慣れる。猫だと思えば可愛いもんだ。
あの人からライヴの詳細を聞かされた。そしてきちんと出演料を貰う交渉をした。まぁ、オカマちゃんが途中からしゃしゃり出て来たっていうのが真相だけどな。オカマちゃんは隠れマネージャーってところだ。あの日にもちゃんと顔を出していたんだから。
日取りが決まった事を守に伝えると、流石に焦っていた。既に一週間を切っていたからな。
どうするんだよ! 曲だってまだ仕上がってないんだぞ!
曲なら出来てる。後はベースが入ればいい。何とかなるだろ? 俺はあの子を信じている。
お前はなぁ・・・・
守が呆れるのも無理はない。ベースを誰にするのかの暗黙の了解はあったが、誘いの言葉すらかけられていなかった。
けれどまぁ、自信があった。あの子は俺達を意識している。それだけで満足だ。っていうか、後は俺達の音源を聞かせればいいだけだ。あの子は一度俺達のライヴを見ている。ベースの欠けた音源を聞けば黙っていられる筈がない。
俺は妙にあの子を意識している。守がいなかったらきっと暴走していた。ライヴへの誘いはどうやったのか、正直記憶が曖昧だ。教室内で日時を伝えた覚えはある。音源はどうだった? 手渡したって事はないと思う。そんな事をしていたなら、大事な思い出になっているからな。
あの子、来るかな?
ライヴの当日、いつになく弱気な言葉を守に零した。
来るんじゃない?
守は随分と楽観的だ。まぁ、あの子との付き合いが長いのは知っている。俺よりも彼女の心が読めているのかも知れない。それはまぁ仕方がない。それでも少し腹が立つ。
来ないと困るんだけどなぁ。あの曲は全部あの子のベースを想定しているんだ。
あの子って、優美の事か? ひょっとしてだけどさ、好きなのか?
あぁ、当然だろ?
当たり前に答えたが、守は驚いていた。何でだ? 俺は守の事だって大好きなのにさ。
守とのリハーサルは完璧だった。優美のベースが乗っかれば楽しくなる。その予感しかない。俺達の音楽は常に変化する。リハーサルと同じなんていうのは幻想でしかない。
俺は毎回の演奏を録音している。恥ずかしながら初ソロライヴだって記録を残しているよ。
本番当日はやっぱり緊張する。俺の経験は少な過ぎる。これで三度目だ。
優美は俺よりも余程経験が豊富だ。リハーサルにも時間ギリギリでやって来た。
まぁ、最初はあんなもんだよな。仕方がない。そもそもリハーサルなんてあんな程度で十分だ。初めての音合わせなんだから尚更の事。
って思ったのは俺だけだったようだ。優美は落ち込んでいたし、守は心なしか苛立っていた。まぁ、それでよかった。本番の優美は最高だったし、守もいつも以上に楽しそうだった。当然俺だってそうだ。っていうか、観客が最高の答えを示してくれていた。
まぁ、俺達のライヴは大成功だった。楽屋では優美にメンバー募集のチラシを渡した。受け取ったってことは正式メンバーになったって事だ。
優美は快く受け取ってくれた。俺は本気で優美で惚れている。まぁ、音楽をやる以上は全てに本気じゃないとダメなんだ。
今回のライヴではそれ以上に驚いた事が一つあった。まさかだよな。こんな場所での再会は夢にも思わなかった。
だから俺は鈍感男って呼ばれている。あの人のライヴは、正直想定内だ。そこそこの人気バンドなんて所詮はあの程度だ。あの人が登場する前にベーシストが歌い三人で演奏した曲は想像を遥かに超えていた。俺はその歌声を知っていた。
楽屋での挨拶では気が付かなかった。その女性があの女性だったなんて、まるで雰囲気が違っていたし、持っている楽器も違っていた。
俺は正直言って特別な人以外の顔には興味がない。人間の顔なんて、猿山の猿と変わらない。パッと見だけで覚える事は難しい。
特徴のある声は忘れない。そのメロディーもだ。
単純に驚いた。物凄くカッコいい。あの日の感動とは別の感情だったが、ギリシャ神話の女王って感じだった。
彼女の歌が一曲きりとは納得いかない。あの人の歌が悪いわけじゃない。彼女が特別なんだ。特に俺にとってはなのかも知れないが、それは後の世が判断してくれる事だろう。
彼女と話をしたくて打ち上げに参加した。まさか優美も来るとは思わなかった。それは喜ばしい事だったが、少し複雑でもある。彼女にそういった興味はない。けど彼女は女性だ。俺は女性に優しい。イタリア人のようだとよく言われる。そんな様子を優美には見せたくなかった。なんていうか、優美の前ではカッコつけていたい。日本男児的に。
そんな心配は無意味だった。彼女は見た目も中身もカッコいい。当然惚れてはいるが、優美もまた惚れている。異性としてとか同性としてとかではない。人として、この宇宙の生命として惚れている。
彼女との会話は楽しい。お酒をよく飲む姿には驚いたが、あの声はお酒を飲むようになってから作られたそうだ。
あの人は終始機嫌が悪そうだったが、いつもの事だとみんなが言っていた。ライヴの評判がよければよい程機嫌を損ねる。あの人は基本酒を飲まないから仕方ない。オカマちゃんのお店でも俺にはアルコール入りが運ばれるが、あの人はノンアルだ。初めは気がつかなかった。ペースが遅いんで聞いてみたんだ。まぁ、口を開く前にオカマちゃんが喋ったんだけど。
あの人はずっと前から気がついていた。一つのバンドに天才は二人いらない。一人いればそれでいい。あの人らしい考え方だ。まぁ、俺はそんな風には考えていない。全員が天才でないと気が済まない。今は俺以外の天才が二人いる。後六人揃えるのは大変だが、意外と天才は多い。まぁ、こんな事を言っている俺が天才かどうかは怪しいもんだが、天才が集まってくるって事はそれなりの素質があるって信じている。
俺の感覚ではあるが、あの人はバンドに向いていない。ソロでやるべきだと思っている。あのバンドは、彼女にこそ相応しい。
彼女と連絡先を交換した。優美も同じようにしていた。本当は俺に連絡をする時は優美を通してくれと言いたかったが、言えなかった。優美は俺のマネージャーじゃない。ましてや恋人でもない。
俺と優美は打ち上げを途中で切り上げた。一応はまだ学生だ。朝まで付き合うっていうのはよくない。俺だけならまだしも、優美の両親に心配をかけたくはない。
俺と優美がいなくても、彼女達は楽しそうだった。機嫌が悪いとはいえ、あの人もそれなりに会話に参加して楽しんでいるように見えた。あれが彼女達の普段って事だ。
俺は優美を家まで送っていった。大丈夫だからと言われても、従えない。夜中に近い時間だ。俺の家に帰る事を考えれば少しばかり遠回りだが、そんな事はどうでもいい。優美を傷つける誰かがいるとして、そこから守るのは俺しかいない。
優美の家に着く前に、守の家を横切った。二人は幼い頃から近くで暮らしている。羨ましいが、今出会った事にこそ意味がある。俺達三人が幼馴染みだったなら、今の出会いはなかった。
家の前で優美におやすみを言った。そして今日は本当に楽しかったと付け加えた。
すると優美がこう言った。
私の方こそ楽しかったよ。
その言葉とその表情が嬉しくて、俺は思わずこう言った。
優美は本当に可愛いよな。ますます好きになっちまう。




