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一曲目は速井君の歌とバンジョーから始まる。打ち合わせはしていなかったけれど、私達の登場は歌い始めてからでも間に合う。
突然駆け出してきた得体の知れない若者に、観客は一瞬だけ盛り上がったけれどすぐに冷静を取り戻す。スタッフが出てきた程度にしか思っていなかったようだ。
速井君はドラムセットの脇に立てかけていたバンジョーを手に取り肩にかけた。そしておもむろに歌い出す。センターマイクの前に立つ前から歌っていた。
首筋がぞわっとした。
マイクを通さずとも速井君の声は会場全体に響き渡る。
凄って思ったのも束の間。マイクを通した途端に、世界が変わった。それはタイミングのいい照明のお陰もあるけれど、それだけじゃないのは明らかだった。観客全員がただ呆然と口を開けながら速井君を見つめる事しか出来ないでいた。物音一つない中で歌う速井君は、まるで夢の中で歌うボブディランのようだった。
ふと気がついた。観客の半数が頬に涙を伝えている。そして私自身も泣いていた。
速井君の視線がチラッと私に向けられたような気がした。
そろそろ行くぞ。
音尾君の囁きが聞こえ、自分の立場を思い出す。
速井君はいつの間にかバンジョーの音を響かせていた。自然な騒めきは、耳に心地良い。観客の涙はいつの間にか乾き、その口も閉じている。今にも歌い出しそうにしていた。
私と音尾君はゆっくり立ち位置に向かった。立てかけられているベースを抱えた私は、ドラムセットの中に座っている音尾君に顔を向ける。意識は速井君の声を捉えている。
タタタンッと刻むスネアの音とデデンッと粘るベース音が同時に重なる。
いよいよ私達のショウが始まった。
MCなしでひたすらに与えられた時間ギリギリまで楽しみ続けた。やっぱり本番は楽し過ぎる。観客の前での演奏は、誰だって興奮を止められない。
最後の曲を終えたところで速井君がやっと声を出した。
俺達はロックナイン。よろしく!
会場が一気に湧き上がる。様々な声が聞こえたけれど、聞き取れない。応援されているのか、ただの雄叫びだったのか? 私達を受け入れてくれた事に間違いはない。
ステージを降りると、袖にベーシストの彼女がいた。
凄かったじゃんよ! まぁ、私達も頑張るからさ、ちゃんと見てなよ。
彼女は私の肩をポンと叩いてステージに向かった。
ステージ上でのセットチェンジは素早かった。元々空いてるスペースを間借りしている感じだったし、私達はこぢんまりとしているから片付けは簡単だ。
ショウはすぐに始まった。私達の雰囲気が壊れる前に乗っかるつもりだったようだ。
それを仕掛けたのは彼女だった。彼女が先陣を切る事は予定されていなかった。普段からも速井君の知り合いだという彼を迎える為にその他のメンバーが先にステージに上がって準備を始めるけれど、この日は違っていた。彼女はベースを抱えてボリュームを上げると、いきなりセンターマイクの前に立って歌い始めた。




