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二人のライヴは小さなライヴハウス界隈では噂になっていた。面白い新人が現れた。一度は見るべきだと、今しか味わえない初期衝動がそこにはある。確かに私の耳には届いていたけれど、有名な彼の耳にも届いているとは驚いた。
あのライヴハウスは俺も学生時代には世話になったんだよ。そんな言葉を聞いて納得もした。そういえば、彼は私達の高校の先輩でもあるって話を聞いた事があった。
楽屋での雑談は長くなかった。十分程経った頃に私達がリハーサルに呼ばれた事で終了した。
リハーサルで初めて音合わせをしたけれど、何だか違和感の塊だった。音源と違うって事は仕方がないけれど、どうもしっくりこない。あれ? そんな表情をしていたのだろう。速井君が私に顔を向けて口を開いた。
まぁ、最初はそんなもんだよ。俺達の演奏は発展途上だからさ、今朝渡した音源とだいぶ変化しているでしょ? やる度に変わっていくからさ、ついて来られないならコードだけ追いかけてくれればいいよ。
速井君にそう言われたけれど、うんそうだねとは言わなかった。というよりも、その言葉に納得なんて出来なかった。曲の変化に違和感はなかった。即興には自信があったし、その日に聞いた音源との譜面的な違いはそれ程なかった。違っていたのはそれ以外の何かだ。
私はふと思い出した。二人のライヴが凄ったのはその圧倒的な雰囲気だって事に。曲そのものがどうこうというよりも、二人の雰囲気に飲まれてしまう。何て事のないフレーズも、二人が奏でると楽しくなる。そして、圧倒される。私は雰囲気に飲まれてしまったって訳。二人の音圧に負けてしまった。
リハーサルだからと舐めていた。それが敗因だと気がついた。
二人はいつでも真剣勝負。練習もリハも本番も区別をつけるつもりはない。私は少し、ライヴ慣れをしていたと思い知る。手を抜く事に意味はない。これは仕事じゃない。学校の先生が手を抜くのはそういう事だと思う。仕事なんだから仕方がない。先生って言葉はもう、職業の一種でしかないんだ。そこに尊敬の念は含まれていない。今はもう。
リハーサルはそこでお終いだったけれど、ショックなんてあっという間に消えていた。やるべき事が分かった。収穫はあったって事だ。
メインのバンドのリハーサルを覗こうと誘われたけれど、断った。想像はついていた。見ない方が自分の為だと感じた。実際には彼女の姿だけでも見るべきだったと後悔している。
出番前の会場は既に満員だった。チケットが手に入らないと分かっていてもその時間だけも共有したいファンが外に溢れていた。どうしてそんなに人気があるのか? 私だけが理解をしていなかった。
けれど、外にいるファンは別として、満員の観客はその殆どが想定外の事実を目の当たりにする事となる。私達が前座として出演する事は公表されていなかった。急遽辞退する事になった前座の代役は未定のまま当日を迎えていた。
会場内が一層暗くなり、ステージ上に照らされていたライトが消える。
出番が近い。やっぱりこの瞬間は緊張する。
この瞬間ってさ、最高じゃね?
速井君がそう言った。とても興奮しているらしく、その場でぴょんぴょん飛び跳ねている。
この前とはえらい違いだな! いつからそんなに楽しめるようになったんだよ!
口調は強いけれど、音尾君は興奮しながらもとても楽しんでいるのがよく分かった。
まぁ、今回は失敗してもいいんじゃね?
私に顔を向けて音尾君がそう言う。
大勢いるけどさ、俺達を観に来ている客なんて一人もいないんだ。どう転がっても今日はいい経験って事だ。
速井君は何処に視線を向けているのか分からない。その直後に私と音尾君の肩に手を乗せた。
やれるだけ楽しむとすっか!
そしてステージへと駆け出した。
私と音尾君は、その背中を暫く眺めた。




