表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 黄泉夜譚 外伝 ―  作者: 朝里 樹
父の背
27/27

父の背 (三)

 それでも私は死ななかった。私が抱いた怨みは、そして筑波山の荒魂の力は、私を復讐の鬼として蘇らせた。

 しかし朝廷は私から配下のものたちと、そしてたった一人の肉親だった弟を奪った。そう、私はまたも全てを奪われた。それは許し難いことだった。許してはならぬことだった。だけれど、また一人に戻った私には朝廷に対抗する術さえも残されてはいなかった。

 それでも私は諦めるつもりはなかった。絶望などもう幾度も経験している。しかしその度に私は立ち上がって来た。死に損なったこの命、それは父や、母や、兄弟たちの犠牲によって守られたものだと思っていた。だから、彼らの遺志を継ぐ以外の生き方は選ぶつもりなど露ほども持っていなかった。

 それに、全ての配下のものたちを失った訳ではない。肉芝仙を初めとして少数ながら生き残ったものたちもいた。そして弟、良門とともに諸国を回っていた肉芝仙は、弟の亡骸を我が父の内裏の焼け跡に連れ帰って来てくれた。

 幾つもの刀傷を負い息絶えた弟の体は、彼が如何に激しい戦いに身を投じていたのかを物語っていた。彼のことだ、恐らく死するまでに多くのものたちをその手で屠ったのだろう。それでも多勢には勝てなかった。父のようにその首を奪われなかったことだけが、ただ一つの救いだった。

「将門の娘よ、この男を如何とする?」

 私が良門の亡骸を前に悲観に暮れていると、肉芝仙はあの緩んだ笑みを見せながら私にそう問うた。

「……何を言う。死したものは蘇らない。ただ弔い、野辺に送るだけだ」

「確かに死したものを蘇らせることは容易ではないがな、この体を使い、新たなものとして生まれ変わらせることは容易いぞ?」

 肉芝仙は私を試すように笑い、そう告げた。

「つまり、良門の体を使って新たな化け物を作り出そうと、そういうのか」

 私は体の奥が熱くなるのを感じ、拳を握りながら肉芝仙を見た。こんな風に痛めつけられて、殺されて、更にこの体を利用しようというのか。この男の愉悦が為に。

 いっそのことここで切り殺してやろうかと私が思わず手元の小刀に手を伸ばしたとき、肉芝仙はまた口を開いた。

「これは主が弟の願いでもあるのだぞ?」

「なに?」

 肉芝仙は粘り気のある笑い声を漏らし、そして言葉を重ねる。

「死してもなお将門公の為に戦いたいと、主のために戦いたいと、その為にならば化け物にもなろうとあやつは死の間際にそう望んだのじゃ」

 私は刀の柄に置いた手をゆっくりと下ろした。それは、良門の言葉としては十分に想像できるものだった。彼は生まれた時には既に死んでいた、見たこともない己が父親を慕い、そして生き別れた姉である私を想ってくれていた。

 自らの死、それを何よりも悔やんでいるのは良門当人であろうことも容易く想像できた。私がこうして死から蘇り、また戦おうとしているように、彼もまたまだ戦いの場に身を置きたかったであろう。

 そう思うと、この亡骸を野辺送りにするのは彼への侮辱であるようにも感ぜられた。私が彼の立場であったならば、例えその身を切り刻まれようとも、生きていた頃の心がなかろうとも、まだ戦える道があるならばそれを選んだだろう。

 私は心を決め、そして肉芝仙に目を向けた。

「……分かった。良門を、再びこの地に立たせてやってくれ」

「へへへへ、そう言うと思っておったよ」

 肉芝仙は不愉快な笑い声を響かせた。この男に弟を任せるのは嫌だったが、他に方法はなかった。私は、彼に弟の亡骸を預けた。




 弟の体からは何本かの骨と左右それぞれの指、眼球、そして二つに割られた頭蓋が抜き取られ、肉芝仙はそれぞれを二つに分け、そしてそこから二体の妖を作り出すと私に告げた。

「ここに、かつて儂が手に入れた酒呑童子の角の欠片と、土蜘蛛の体毛の一握りがある。たったこれだけのものだが、流石は名をはせた大妖と言うべきか、新たな妖を作り出すのには十分過ぎる程の妖力が残っておる」

 古内裏の焼け焦げた跡で、肉芝仙は楽しそうに笑っていた。彼が両手に持つのは乳白色の石の欠片のようなものと、黄色と黒が混ざった鉄の針のような剛毛。

 酒呑童子と土蜘蛛、その妖の名は私も知っていた。多くの妖たちを率い、その長となって都を襲った六の大妖のうちの二つ。極一部とはいえ、そんな化け物たちの体の欠片をどうやって手に入れたのか。尋ねた所で答えるような男ではないが、不可思議ではあった。

 肉芝仙はその大妖の一部を二つに分かれた良門の体に刷り込み、そして何やら薬のようなものを振り掛けてまじないの言葉を唱えた。

 変化はすぐに起きた。あの妖たちの破片から急激な妖気が発せられたかと思うと、それらは良門の体の一部を取り込みながら新たな肉を形作り出して行った。酒呑童子の角を核としたものは筋骨の隆々とした大男の姿となり、そして土蜘蛛の毛を核としたものは細身で背の高い男の姿となった。

 そのどちらにも、良門の面影はあった。顔つきにも体つきにも、そして纏う雰囲気にも。私は彼らに良門が使っていた太刀と六尺棒とを持たせ、そして鬼の力を受け継いだものに夜叉丸、蜘蛛の力を受け継いだものに蜘蛛丸と名付け、自らの側に置いた。作られた存在であるからか彼らが言葉を発することはなかったが、良門がまだ側にいてくれるようで心強かった。

 それから私は、また一から妖たちを集めて行った。野衾のぶすま魔九郎まくろう山鴉やまがらす呀助あすけ辻風つじかぜどうどうろく栗鼠くりねずみ早太はやた、彼らは妖の中でも名を知られた妖で、肉芝仙によって私の元に集って来た。

 だが一筋縄で従えられる妖ではなく、隙あらば私の首を狙っていた。肉芝仙がどのような言葉で彼らを誘ったのかは分からなかったが、どうせ碌でもないことを言ったのだろう。

 それ故に、私は最も分かり易い方法で彼らを従えることとした。力による屈服、それが最も単純で、また効果のある方法だった。私は夜叉丸、蜘蛛丸とともに彼らを叩きのめし、そして彼らの上に立った。

 もう二度と負けるつもりはなかった。己が野望を果たすその時まで、皆の仇を取るまで、負けてはならなかった。だから私は強くなった。どんな人にも妖にも負けぬ程に。

 その間に都を舞台にした六の大妖の戦いは終わり、そして武士たちの反乱により国の中心は東に移った。それでも朝廷はしぶとく残っていた。滅ぼされずに、京の都に陣取っていた。

 私はそれが嬉しかった。まだこの手で中央を滅ぼすことができるのだから。そう思っていたときに現れたのが、あの茨木童子たちだった。

 彼らの出現は、私に光を齎してくれた。あの朱雀門の鬼の力があれば父が蘇る。父と共に戦えるのなら、母や兄弟たちの仇が取れるのなら、それ以上に望むことはない。




 そしてその日はやって来ていた。私の目の前に座るは朱雀門の鬼。そのすぐ側には夜叉丸と蜘蛛丸が控え、彼が抵抗できないように見張っている。

 反魂の術に必要な材は揃っていた。父の全身の骨は、肉芝仙が奪った首の骨が戻ったことで欠けることなくそこに横たわっている。

 それらの骨は朱雀門の鬼によって術を掛けられた後、二七日の間寝かされていた。後は、この骨に特殊な乳香を焚くことで父は蘇るのだという。それは私にとって、失ったはずの希望だった。

 薄暗いかつての父の御所の内で、朱雀門の鬼が自ら練り合わせた乳香に火を灯す。やがてこの血生臭い内裏の景色に使わぬ香りが辺りを満たし、そして父の亡骸に変化が起き始めた。

 良門が妖として蘇ったときとは明らかに違う変化だった。腐り落ちた肉が戻っていくように、私の知る父の体が少しずつ形作られて行く。骨の上に肉が、肉の上に皮が生まれ出でて行く。私は固唾を飲んでそれを見つめていた。

「これで、満足だろう」

 朱雀門の鬼は言い、そして諦めたように小さく笑った。だが私はそれを無視し、そして溢れ出ずる思いを胸に懐かしき姿を見つめていた。

 乳香の煙が晴れた向こうに父が、何百年もの間ただ記憶の中の存在だった平将門がそこにいた。あの日、死んだ時の姿のままにそこに横たわっていた。

 だが今の父は死んではいなかった。その両の瞼が開き、そして二つの瞳がある左目が覗いた。そして、まるで長い眠りから覚めるようにして彼は体を起こした。肉芝仙の汚らわしい笑い声が聞こえた。だがこの時ばかりはそれも気にならなかった。

「父上……!」

 私は思わず父に縋ろうとした。その優しい腕にもう一度撫でてほしかった。その瞬間だけは、私はただの娘に戻っていたのかもしれぬ。

 しかし、その望みは叶わなかった。私の指が父に触れようとした時、遠く内裏の門が何者かによって開かれた。

「滝夜叉! 出て来い!」

 そして、酒呑童子の血を引くあの鬼の子の声が、この古内裏の闇夜に響き渡った。



異形紹介


平良門たいらのよしかど

 平将門に纏わる物語に多く登場する、将門の遺児の名であり伝説上の武将。また、妖怪として描かれることもある。

 古くは『今昔物語集』に描かれ、ここで初めて将門の遺児という属性が加えられた。その後近世になると将門に纏わる物語の多くに登場し、『前太平記』では父将門の仇を取るために挙兵するも滅ぼされる存在として描かれている。また山東京伝の合巻『絵看版子持山姥』では分身の妖術を操る将門の遺児として登場し、朝廷への謀反を目論み、土蜘蛛によって妖術を与えられた黒雲の皇子に与することとなる。また松亭金水の合巻『時話今桜野駒』においては今度は土蜘蛛に妖術を与えられる立場として登場し、また『善知安方忠義伝』は蝦蟇の化け物、肉芝仙に蝦蟇の妖術を与えられる存在として登場する。

 その存在は近年でも描かれており、1956年の映画『羅生門の妖鬼』では羅生門の鬼、茨木童子の正体が将門として描かれている。また七綾姫や滝夜叉姫など、将門の娘たちと姉弟、また兄妹として描かれることも多い。

 この良門という存在の元になったのは平安時代の仏教説話集『本朝法華験記』にある壬生良門という人物だと考えられているが、この時点ではまだ将門との親子関係については触れられていない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ