抵抗
「馬鹿が! そんなところに飛び込んでも逃げ場なんてねえぞ!」
地下水道の歩道と歩道の間にある水路へ飛び降りた俺を見て、男たちが叫んだ。
俺が水中へ潜って逃げるつもりだと思ったのかもしれない。
だが、それが無理なことは俺にだってわかっている。
これだけで三人の目を盗めるわけがない。
それでも俺は、あえて水の中に飛び込んだ。
それはここにとある気配を察知していたからだ。
これまでにもこの地下水道で幾度も感じた気配。
水中に数多く潜むその気配は、スライムだった。
地上から流れ込んだばかりの汚水の中を漂う半液体状のスライムは見つけにくい。
ここにそのスライムがいることに男たちは気が付いていただろうか。
おそらく、知りもしないだろう。
仮に気づいていたとしても、気にも留めなかったはずだ。
だが、俺が逃げるにはこのスライムが必要だった。
水中にいるスライムの場所を察知スキルで正確に把握していた俺は、掬い上げるようにしてスライムを持ち上げた。
そして一瞬で、スライムの体中の核を抜き取る。
これでスライムは、ゲル状の死体と小魔石に分かれる。
俺が求めたのは小魔石のほうではなく、スライムの体のほうだった。
調理スキルを発動する。
使ったのは調理技法・凝縮。
食材を煮詰めてその成分濃度を上げる技法だ。
クリーンを使っていない汚水を吸い込んだスライムの体に、それを使った。
汚水を含んだスライムの体には毒性がある。
魔ネズミの肉などよりも強い毒で、もしもこれを経口摂取すれば一日もあれば死に至るほどの猛毒だ。
それをさらに凝縮した。
食材鑑定を発動しながら調整する。
口や目などの粘膜に触れれば、すぐに荒れて毒が全身に回る。
そんな危険な毒ゼリーへと変質させた。
その毒ゼリーへさらにひと手間加えた。
調理技法・煮込み。
スープどころか、シチューでも煮込むかのようにぐつぐつと温かい料理を作ることができる技法。
それを鍋も使わずに行使する。
俺が両手で抱えるくらいの体積があったスライムの死体が、濃縮されて毒性が増し、アツアツに煮込まれる。
その高温毒ゼリーを調理しながら男たちに向かって投げ飛ばす。
タイミングはばっちりだ。
初めてとは思えないほど完璧なタイミングで、煮込まれたその凶悪なゼリーが歩道の上から俺を見下ろしていた男たちにぶち当たる。
「ああ? あっちい!」
「が、な、なんだこれ。目が、目がー!!」
「ぐふ……。口がしびれて……」
一人には足にかかり、二人には顔にかかったようだ。
顔にかかったほうの一方は顔についた毒ゼリーを拭い取ろうとして手でふき取る動作をした際に目をこすってしまったようだ。
毒が目にしみ込んだ。
一瞬で目を開けていられなくなったようで、叫びながらもさらに目をこすって悪化する。
顔にかかったもう一人は口に入ってしまったようだ。
どうやら、熱した毒スライムゼリーは強烈な苦みがあるらしい。
そして、しびれるようだ。
が、それ以上の情報は得られなかった。
口から泡を吹いて倒れてしまったからだ。
そんな二人の姿を見て、足にかかった男は唖然としている。
なにが起こったのか理解ができなかったのだろう。
まさか、追い詰めたはずの獲物が水に入ると同時に投げ飛ばしたものが、こんな凶悪な毒の料理だなんて想像もしていなかったはずだからだ。
そして、理解ができないがゆえに、何が起きたのか分からず、思わずその光景に見入ってしまった。
目を擦り怒鳴りながら暴れる奴と、泡を吹いている奴を見て、自身はしゃがみ込み、火傷した足を押さえることしかできなかった。
つまり、俺を襲おうとした連中は全員が俺から目を離した。
この一瞬ならいける。
新しく得た隠密スキルを発動し、俺はそいつらから完全に姿を隠したのだった。
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