sideミューゼア
予言、ですか。そんな子供じみた真似をしたいた頃もありましたね。
幼い頃、私はこの世界がシミュレーションRPG『ソングオブアース』そっくりだと気づきました。どうやら自分が、ゲームの悪役令嬢『ミューゼア・セルベール』として転生したと悟ったときには、胸が締め付けられるような恐怖を覚えたものです。
ゲームの記憶が蘇りましたから。
悪役令嬢ミューゼア・セルベールが迎える結末は、どれも息を呑むほど残酷でした。
『ゲーム主人公である王太子との婚約破棄の末、ギロチンで首を刎ねられる』
『魔族の贄として捧げられ、頭だけの魔法ブーストパーツとして永遠に苦しむ』
『極悪領主の元に嫁がされ、奴隷のような暮らしの果てに領主共々惨殺される』
救いなんてものはありません。
私の未来は、どのルートも七色の破滅エンドで塗り潰されていました。
抗おうと思いました。
運命をひっくり返そう、と。必死で考えました。行動しました。
清く正しく生きようと毎日祈り、公爵家の名を汚さぬよう品行方正に振る舞いました。
学校では必要以上に目立たぬように気を遣い、フラグから遠ざかろう、遠ざかろう、と
仮面をかぶり続けて生活していました。
なのに、どうしてでしょう。
どんなに足掻いても、嘲笑うように運命が、私をバッドエンドへ引きずっていくのです。
父や兄たちにも清く生きて貰おうと、ゲーム知識を活かして幼い身ながら政治的な問題に介入してみるも、父兄らは裏道を辿るようにいつも悪さをして手を汚します。
私の学校での立場は、一気に目立ち始めました。
『あの』セルベール家の娘、と呼ばれるようになったのも、この頃からだったでしょうか。
それでもせめて、静かに学園生活を営もうとするも、悪名高い先輩たちに目を付けられてしまいました。しかもなぜか、ワルの仲間としてです。
誤解です、というも、「さすがセルベール家ご令嬢、迫力が違います」などと望まぬ方向に持ち上げられてしまい、いつしか私は悪党たちの輪の中心に立たされていました。
いえ、私自身はなにも悪いことはしていませんよ? なのに、です。
なにをしても、全ては悪い方向に動いていく。
私を破滅させるためのパーツが揃っていく。
まるでこの世界そのものが、私の悲惨な行く末を楽しもうとしているかのように。
「どうして……私が何をしたっていうの?」
夜ごと部屋でそう呟いていたのを覚えています。
もちろん答えは返ってきません。冷たい石壁が、私の声を飲み込んでいくばかり。
それでも諦めきれず、私は最後の賭けに出ました。
公爵家の悪事を暴き、正しい道に引き戻そうとしたのです。
それが、せめて家族を更生させられる道と信じたかった。
けれど、結果はあまりにも無惨でした。私は内外の恨みを買い、家族からも「厄介者」と疎まれることになりました。
そして、凍えるような夜の闇の中で私は悟ります。
――私は、たった一人で戦ってきたんだ、と。
誰にも頼れず、理解されず、ただ破滅を避けるためだけに足掻いてきた。だけど救いは遠のくばかりでした。
そしてとうとう、私はこのライゼル領へ追放されることになりました。
ゲームで知る最悪の未来――極悪領主ギリアム・グインの元へ嫁がされるエンド。
それが私の運命だと、諦めたものです。
ギリアムは、領民を踏みにじり、魔族との戦いで荒れ果てた領地を欲望のままに食い物にする男のはずでした。
この地で私は奴隷のような日々を送り、最後は殺される。そう覚悟しました。
――なのに。
今、目の前に広がるのは何なのでしょう。
青い空を映す水田、笑顔で手を振る領民たち、そして、たどたどしくも優しく微笑むギリアムさま。
この景色は、私の知る『ソングオブアース』には存在しない。こんな希望に満ちた光景は、私の絶望で塗り潰された記憶にはどこにもなかった。
「あの時の、あなたの『予言』が俺を変えてくれました」
彼が言った言葉に、私は息を呑む。
私は彼に何を言ったのでしょうか。
頭が混乱しました。
余裕のなかった日々でうっすら覚えているのは、ただ苛立ちと悲しみに任せて、子供の頃にギリアムさまに八つ当たりしたことだけです。
「私、ギリアムさまに何を言いましたっけ」
「俺がこのままだと、魔族には負け領地は荒れ果てて、とはいえ自分の失敗を認められずに民草を無碍にする事だけを生きがいとする極悪領主になるわよ、と」
ああ思い出した。
彼が将来統治するだろう土地の領民が可愛そうに思えて、まだ子供だった彼に少し八つ当たりしたのでした。
私はゲームで未来を知っていたから、予言の真似事ができてしまう。
「その節は、失礼なことを……申し訳ありません」
「いえ。あの言葉で俺の目は覚めました、今の俺があるのはミューゼア嬢のお陰なのです」
えええ? そんなことあります?
ただの悪口にしか聞こえないと思うのですけど、どこにそんな感銘受けたのでしょうか。
私が眉をひそめていると、彼は言います。
「俺がミューゼア嬢の予言をハナで笑うと、あなたは直近で起こる事件を予言してくれましたっけね」
覚えていません。
「俺の態度に神さまが今から怒る、と。その途端に地面が大きく揺れて、俺の頭には天井から落ちてきた照明が当たりました」
ああ。私は心の中でポンと手を叩きました。
アレですアレ、ゲームでの大地震イベント。それも覚えていたから、ライゼル領への支援を皆に認めさせる材料にした覚えがあります。
魔族の新兵器、ということにしておいて、ライゼルを支援しないともっと酷いことになると告げたのでしたっけ。おかげでライゼル領への支援は成りました。
ライゼルが滅ぶと『頭だけにされて、魔法ブーストパーツにされるエンド』が近づきますし、ライゼルを救うと『極悪領主の元に嫁がされエンド』が近づいてしまう。
ですけど、頭パーツエンドの方が近い未来に起こる可能性があるイベントでしたから、ライゼルを支援しておいたのです。
「思い出したました。あなた、あのとき頭にランプぶつけて泣いて……」
「はい。そして八つ当たりで、まだ幼いミューゼア嬢に殴り掛かりました」
あら? そうでしたっけ、私どうしたのかしら。
記憶になかったので彼に問うてみると、ギリアムさまはクスリと笑い。
「逆にワンパンでノされましたよ。見事な右ストレートでした」
きゃああ、なんとはしたない。記憶にありません!
「倒れた俺に『そんなだから今でもおねしょをするのです』と。誰にも秘密なはずのことまで知っておられて……」
そんなことまで!
と思っていたら、まだギリアムさまの言葉は続きます。
「そこから貴女は俺が周囲に嫌われているということを、懇切丁寧に解説してくださいました。ショックで俺が泣いても一切言葉は止まず、理屈に理屈を重ねて、子供だった俺にもわかりやすく、俺の甘えた心を抉るのです。それ以来、俺は女性恐怖症になりました。女性というものは、敵に対してここまで容赦なく追い詰めてくるものなのだ、と」
もう心の中で平謝りです。でも彼の語りがなんだか楽しくて。
「ふふ、ごめんなさい」
「……ようやく笑ってくださいましたね」
「え?」
「よかった、ずいぶん塞ぎ込んでらっしゃるようでしたから」
……私は、結局破滅エンドになってしまったと思ってここにやってきました。
人生の終わりだと思ってここにやってきました。
それなのに、ここにはなぜか優しい領主さまと、綺麗で肥沃な土地が待っていたのです。
……なにも変えられなかったと、これまで思っていました。
自分の運命を変える為にした行動は全て無駄だった、と。
だけど、ギリアムさまだけは、なぜか変わってらっしゃった。私が知っている限り、私の影響が唯一良い方向への変化を与えた存在。
私の言葉が、誰かの心に触れていたなんて。
孤独だったこれまでの時間が、少しだけ溶けるような気がしました。
同時に光が見えたような気になったのです。
もしかしたら私もまだ、終わらずに済むのかもしれない。
彼と一緒なら、これから未来を幸せなものに変えていけるのかもしれない。
「な、なにを泣いてらっしゃるのですかミューゼア嬢!?」
「え? ――あ」
気がつけば涙が溢れていました。止まらない。
「どうしよう、お、俺はなにか粗相を申しましたでしょうか!?」
オロオロと、狼狽えながら私に気を遣ってくださるこの方を、私は頼もしく思うと同時にかわいいと思ってしまいました。
「なんでもないのです。なんでも」
ああ、この希望を信じてよいのでしょうか。
私がすがるようにギリアムさまを見つめると、女性が苦手と仰るこの方はぎこちなくも笑い、でも優しい目を向けてくださいます。
「よくわかりませんが」
とギリアムさまは頭を掻いた。
「とりあえず屋敷に急いで飯を食べましょう。満腹になれば、きっと心も落ち着きますよ」
「……はい、ありがとうございます」
嬉しい。私は、まだやれる。
ギリアムさまと一緒なら、私たちの破滅エンドを変えられるに違いない。
「ギリアムさま、私、頑張ります! 中央の陰謀が迫ってますから、一緒に公爵家を叩き潰しましょう!」
「え。なにそれ怖い」
ドンびきした顔のギリアムさま。
あれ? またわたし、なにかやっちゃいました?




