地図
街道を整備してゆく。
監督をするのはフリューゲント商会が連れて来た職人……ではなく、ミューゼア嬢。
これには俺も驚いて、どういうつもりなのか彼女に訊ねた。彼女が言うには、なんでも試してみたい工法があるらしい。
よくわからないが、よくわかった。任せよう、うん。
まずミューゼア嬢は、最初の二週間を掛けて『測量』をした。
彼女が言うには、
「この世界の地図は正直あまりアテになりませんので」
とのことらしい。街道をなるべく真っすぐにするため、正確な地理の把握をしたかったという。現在の街道は、多かった魔物との遭遇をなるべく回避する為もあって蛇行していたという事情もある。
ガリアードレ配下の魔族に、短い時間ながら空を飛べる魔法の使い手が居たのが幸いしました、とミューゼア嬢は喜んでいた。なにやら地上からの複雑そうな計算と、空からの確認とを織り交ぜることで、予想していたよりも楽を出来たとのこと。
完成した新しい地図を見たガリアードレが声を上げた。
「なんじゃこれは、今までわしが使っていた地図と、だいぶ異なるようじゃが」
ほんとだ。山の形や川の有りようが、ウチに伝わる地図とも違っている。
ミューゼア嬢が作ったという地図に比べて俺の知っている地図は大雑把だし、土地の形も少し違う。
「ミューゼア嬢。これ、どうやって作ったのです?」
「三角測量――いえ。ええとそうですね、実家である公爵家に伝わる秘伝の方法を使いました」
さすが公爵家のご令嬢といったところか。俺たちの知らない知識を持っている。
ガリアードレも感心したらしく、舐めるように地図を見ていた。
「うーむ。どう思うかの、デカール」
「今は判断の材料がありませんな」
「ふむ」
「ですが、これから作業を進めていけばこの地図が正しいのか、自ずと知れてくるのではないかと」
「それもそうじゃな」
ガリアードレはミューゼア嬢に向き直って頭を下げる。
「済まぬのミューゼア、あまりに見事な地図すぎてビックリしてもうた。なにせ正確な地図とは国の宝。良いのか? わしらにこのような情報まで提供して」
「これから一緒に作業をする仲間です。ふふ、それに」
ミューゼア嬢がクスリと笑って俺の方を見た。
「ギリアムさまが何も仰らないのです。問題なんて一つもないかと」
え、俺?
突然なぜに俺?
「確かに。この男は昔から、妙なところで器が大きかったものじゃ」
ミューゼア嬢、ガリアードレ、デカール。
三人が申し合わせたように俺をみる。お、おい、だからなんで俺!?
「ギリアム。お主とミューゼアの信頼を裏切らぬことを、わしは誓おう。この仕事、全力でやり遂げる」
「あ、はい」
いや助かるけど。これどういう展開?
えー、あー、んー。
……ああそっか、正確な地図があれば戦でも土地開発でも優位を得やすいからか。戦はこれまで俺個人の腕力に頼ってきたから、あまりその辺考えたことなかったや。
まあ俺はガリアードレのことを信頼してるし、結果はオーライだ。
もし奴が再びウチと戦しようってときがあるとするならば、まずは俺に一騎打ちを申し込んでくる。少なくとも無駄な血を領民に流させようとはしまい。
俺も奴も変わったんだ。……って、んんん?
そういやミューゼア嬢の予知の一つでは、ガリアードレが魔族の王として人類を滅ぼす可能性もあったとか言ってた気がする。
俺が変わり、奴に勝ったことで、奴も変わったんだよな。
ミューゼア嬢の影響力、実は凄いんじゃない?
俺は不意に鋼黒竜ヴェガドの言葉を思い出した。
世界を破滅から救う、予言の巫女。奴はミューゼア嬢のことをそう呼んでたっけ。
あのときはなんのこっちゃと思っていたけど、もしかすると本当のことなのかもな。
……奴の声が聞こえたような気がする。いや幻聴だろうけど。
うるさいよ、守るって。ちゃんと彼女を守る。
そのためにも。
「ウチの領地開拓が大事ってことだ」
「お、おう? そうじゃな? どうしたのじゃ急に」
あ、いや。
「すまん、なんでもないガリアードレ」
苦笑で誤魔化す俺。
もし鋼黒竜ヴェガドの言うことが本当なのだとしたら、なおさらこの開拓を頑張らないとな。ライゼルを大きく育てることは、公爵家の脅威からミューゼア嬢を守ることにも繋がるんだから。




