メリットとデメリット
酔っぱらったミューゼア嬢が、どことなく演説染みた調子で語り始める。
「まず、街道工事を無事に続ける、ということ自体が、近隣への安全アピールとなるのれふ。なにせこれまれは、旅するのも危うい街道らったのれすから」
「なるほどのぅ。わからぬではないのじゃ」
「一種の広告戦略れふね、私たちが街道整備を始めること自体が近隣の興味を惹き、注目を集めることになると思いまふ」
ライゼルまで続く街道にて、魔物がほぼ出なくなった、と言葉で言っても信じて貰えなかった。
だけど実際に安全な状態で工事作業が続いているとなれば、その証拠になるというわけだ。なるほどな。
「効果はどれくらいで出てくると考えておるのじゃ?」
「この世界れは情報の伝達が遅いこちょを加味してもれすね、二ヶ月あればライゼルへ訪れる商人がポツポツ現れるのれはないかとぉ」
「二ヶ月、……そうか二ヶ月かの」
ガリアードレは考え込む素振りをしばし見せ、
「のぅ、ミューゼアよ。この件、我々魔族にとっての益は実際どうなのだ? お主の主観で構わぬから述べてみてくれぬか」
と覗き込むようにミューゼア嬢の目を見つめた。
ああこいつ、彼女の本音を引き出す為にベロ酔いにさせたな!?
「ええとれふね」
気分良さそうにミューゼア嬢は笑顔を作った。
「プラスもありまふし、マイナスもあると思いまふ」
「ほう。面白いの、聞かせてもらっても?」
ん。マイナスなんてあったっけ。
少なくとも俺はウィンウィンの、双方が得する提案だったつもりなんだけど。
「短期的に見たられふね、魔族の利益は大きいと思うんれふ。何故なら、貧民層で生活に困っている魔族に、仕事を斡旋できるのれふから。稼ぎがあれば犯罪も減る、魔族領の治安も良くなることれしょう」
だろだろ? 良いことじゃないか。
でも短期的に見たら、ってどういうことなんだろう。
俺だけでなくガリアードレもセバスも、ミューゼア嬢が次に何を言うのかに注目している。言葉もなく彼女の言葉を傾聴していた。
「ですが長期的……まあ、10年以上先の話になりますが……、そっちの視点れは、マイナスになる可能性もあるのではないかにゃあ、と」
「ふむ。わからぬの、説明を頼むのじゃ」
「領主にとって、領民は金を生み出してくれる財産ということれふ」
彼女は語り出した。
領民というのは統治者にとっての金を生む鶏なのだ、と。領民が適正に生活をし、稼いでる限りは、その数がイコール領地の強さとなる。それぞれが金を生み、土地を開拓し、領地を反映させる駒となるのだ――と。
「つまり長期的に見たとき、その金の卵である魔族領の領民が、居心地の良いライゼルに取られてしまい兼ねない、とミューゼアは言うのじゃな?」
「イエース、ガリアードレちゃん、あたまいー!」
テンション高くミューゼア嬢は、ガリアードレに向かって手の平を掲げた。奴が顔にハテナを浮かべて戸惑ってると、
「ハイタッチですよハイタッチ! 手をパーンって合わせるんです。ほら、はい! ハイターッチって言いながら!」
「は……はいたーっち?」
ペチン、と手の平を合わせていくガリアードレに満足したのか、ミューゼア嬢はそのままテーブルに突っ伏して眠り始めてしまった。どうやら飲みすぎで体力が尽きたようだ。
「セバス、ミューゼア嬢を部屋にお連れしておいてくれ」
「わかりましたギリアムさま……それにしても」
「ああ。この方の考え方は、俺たちの見識では追いつけない『何か』があるな」
苦笑してしまった。
ミューゼア嬢の思考方法は、俺たちとはどこか違う。なんというか、見えている範囲が広いとでもいうか。
『領民が金を生む』。
民を大事に思う心はあったつもりだが、そういった視点で見たことはなかった俺たちなのだ。
「なに言ってるれふかギリアムさま! 私からみたらギリアムさまの方が訳ワカらないレベルでイレギュラーで!」
セバスに抱えられた彼女は、突然大声でそんなことを言って、またすぐ寝息を立てる。彼女が部屋から退場した後も、俺とガリアードレは言葉もなく酒をチビチビ口にし続けた。
「メリットもデメリットも、であるか」
ポツリ、とガリアードレが呟く。
「カカカ、ミューゼアの酔った本音、恐ろしく鋭いな。ビックリしたわい」
「すまんガリアードレ、正直彼女の言うデメリットの部分を俺は理解していなかった。俺は良かれと思って――」
「カカ、そんなことはわかっておる」
幼女は豪快に笑った。
「主がそんな器用な男でないことくらい百も承知、善意だったのだろうて。そもそもわし自身、ミューゼアの言うデメリットなど、発想すらなかった。なんていうのだろうな、彼女の物の見方は、だいぶ俯瞰したところからのモノだ。わしらのような単純な者では、そうそう到達できるものではあるまいて」
ああ、俯瞰している、というのが正解なのか。
なんだよこいつ、悔しいけど俺より賢いな。
「どうする? 協力を撤回するか?」
「なんの。10年の間に、我が領地も負けじと開拓してゆけば良いだけの話じゃ。そして今回の件は、十分その切っ掛けになり得る」
そして決断も早い。良い王だよ、まったく。
「あの娘の頭脳に、わしもコインをベットさせて貰おうて。まったく、良い嫁を貰ったものじゃの、ギリアム」
「俺が変わる切っ掛けをくれたのも、ミューゼア嬢だからな」
「お? ノロケか? 聞いてやるぞよ?」
「……じゃあ、ちょっとだけ話してやるか」
俺は苦笑して、まだ幼かった頃の彼女との出会いや、ここに来てからの話を始めたのだった。なんだか自慢したくなってしまったんだよ、ミューゼア嬢のことをな。わはは。
――こうして、とある初夏の夜。
街道を整備するという、領土上げての事業が形を成していったのだった。




