全ての道は
『正確な地図』に沿って、俺たちは商業都市ポルトガに繋がる大街道まで一直線に道を作り始めた。時間があるときは俺も魔族たちと一緒に臨時宿泊所で寝泊まりしつつ、工事を手伝う。
ミューゼア嬢の提唱する『街道』は、なかなかに大変そうな作りをしていた。
商人の荷馬車が行き違えるだけの幅がある広い車道と、その両脇には人が通るための歩道。雨が降ってもグチャグチャにならないよう、排水路となる側溝まで設けてあるのだ。
さらに極めつけは、大きさの違う石や砂を三層仕立てで敷き詰めた路面。
水はけを重視したその道路は、正直見たことないくらいに高度なものだった。
都会ではこんな道が普通なのだろうか。
そんな疑問を俺の代わりに訊ねてくれたのはガリアードレだった。
「ミューゼアよ、中央の都ではこのような道が当然なのかの?」
「いいえガリアードレさま。これはローマ式の街道……ああいえ私が考案した街道で、たぶんこの世界では初の試みではないかと思います」
世界初だって!?
おいおいなにそれ。さらっと凄いこと言ってないか。
「そうか、ちょっとホッとしたのじゃ。もしこれが人の世の普通であったなら、わしは正直ひっくり返っておったわ。人間の文化、恐るべしと」
「予算はフリューゲント商会持ちなので、ちょっと凝ってみようかと」
おお、可愛そうなのは商人か。
凝り性の現場監督は、きっとどこの世界でも金食い虫なのだ。レグノア・フリューゲントの青ざめている顔が目に浮かぶ。
「だがミューゼア殿」
と、この場で一番働いている身長三メートルの巨漢デカールが、道に敷き詰める為の石をたくさん抱えたまま言った。
「この凝りようを続けていたら、街道完成など夢物語ではなかろうか。工事を開始してそろそろ一ヶ月半、まだ我々はライゼルの町が見えるところ程度までしかこの道を伸ばせていない」
そうだ。その辺はどうするつもりなのか。
彼女は二ヶ月ほどで、商人たちの反応があるはずだと言っていたが。
「いえ。むしろこんなに伸ばせたと驚いておりますデカールさま。たったの10人と言えど、さすがは魔族の中でも高い能力を持った方々。ですがそうですね、ここから先はとりあえず大雑把に形を成した街道作りに変更していきましょう」
「ん? このままこの形式の街道を伸ばしていくわけじゃないんだ?」
思わず俺も訊ねてしまった。
「はい。ここまでは、この街道を通るであろう商人たちにライゼルの存在感をアピールする為のモノです」
「どういうことです?」
俺の問いにミューゼア嬢は、ふふ、と笑った。
「人は家に入るとき、まず玄関を見るのですよギリアムさま」
そしてその第一印象が、その後の反応に根強く影響するのです。――と。
彼女は続ける。
「この街道はライゼルの玄関です。この道を通るとき、商人たちはきっと思うことでしょう。『なんか凄そうだぞ、この町は』と」
「つまり……ハッタリ?」
俺がそう反応すると、何故かミューゼア嬢は突然無の表情で。
「はい。まあ、そうなのですが」
言った途端、うな垂れてしまう。あれれ!?
いや! 別に俺は、あなたの発想をクサしたつもりはなくて! むしろ、よく考えついたな、と!
「……いけませんね、商売のことを考えると卑しいことをつい考えてしまいます。そうですね、確かにこれはただのハッタリでしかなくて。別に誰のためになる、という話でもなくて」
「いやいや、良いのですよミューゼア嬢! 商売には外連味も大事と聞きます。ここはひとつ、ドーンと胸を張って!」
「……はい。どーん、どーん」
なんてこった。ミューゼア嬢が壊れてしまった。
横を見ると、ガリアードレが俺に非難の目を向けていた。責任取れよ、と奴の目が語っている。そ、そんなことを言われたって! いや言われてないが!
「ド……ドーん!」
俺は最初は小声で。
「ド、ドーン!」
次は少しトーンを上げて。
「ドーン!」
と大きく。ミューゼア嬢が俺の方を向く。今だ。
「ね、ミューゼア嬢、俺が本当のドーンって奴を見せてやりますよ」
「……は?」
俺はスコップを振りかぶった。そして。
「大地を揺るがす一撃!」
地面を叩きつける。
「大地を揺るがす一撃!」
叩きつける。
「大地を揺るがす一撃!」
街道を伸ばしていく予定のルート上を、ガムシャラにスコップで叩きつけた。
土砂が舞い、砂が降ってくる。そんなことにお構いもなく、俺は先へ先へと「大地を揺るがす一撃!」
「す、すご……」
ミューゼア嬢が呆然とした顔で呟く。
「ひひ、やるのぅギリアム。ならわしも」
ガリアードレがニカッと笑いながら巨大な鉄篭手を右手に装備した。そして声を上げる。
「ドーンドーン、なのじゃー!」
地面を叩き始めた。土が噴出したかのように埃立てる。
それを見て、デカールは部下の魔族に号令を掛けた。
「よし、皆散れ! ここから先一直線を、ドーンドーンしてくるんだ!」
「「「わかりました」」」
と魔族たちは散り、皆が皆、地面をドーンドーンと叩いたのだった。
――その結果。
「どうだろうかミューゼア嬢、一気に道馴らしが出来たと思うのだが」
俺は苦笑しつつ、彼女の元に戻ってそう報告した。
見渡すと一直線に、遠くまで。それこそ地平線に向かって、道の原型とも言えるものが出来ていた。
「バカですね、ギリアムさまは」
彼女は笑う。
「……一気に仕事が進んじゃったじゃないですか」
夕焼けの地平に、大きくて広い道が一本。
どこまでも続いていたのだった。
◇◆◇◆
ポルトガに向かおうとしていたとある商人が、街道で馬車を引いていた。
地鳴りが凄かった。どこからともなく地響きがして、地面が揺れていた。
恐ろしくなって、馬車を止めてその日は野営。
本当は急いでポルトガに着きたかったところなのだけれど、馬が怯えて身動きが取れなくなったのだ。何故なら今も地響きは続いている。
陽が落ちた月夜、この時間になっても地面は揺れていた。
商人は不安で仕方ない一夜を、ほとんど眠れずに過ごした。
だけどどこかで疲れが襲ってきたのだろう。気がついたら朝になっていたのだ。
昨日の地響きが嘘のような静けさ。
本日は快晴。馬も機嫌を戻し、これなら大丈夫とポルトガへの街道を進んでいくと――あれ? なんだろう、見たこともない道の分岐が。
なにかで叩いて鳴らしただけの、まだ荒々しい、道とも言い切れぬような、その道。
だけど男は、そのヘンテコな道に、妙に惹かれた。
ポルトガへの進路を変更し、その道を進むことにしたのだ。
こうして魔物が減ったあと初となる旅商人が、ライゼルへと向かっていく。
それはギリアムたちが街道工事を始めて、一ヶ月半が過ぎた頃のことだった。




