魔族の挨拶
俺が手を上げると、ガリアードレの教育係のデカールが嬉しそうに破顔した。
「ギリアム殿にはご機嫌もよろしく。ほらガリアードレさまも、まずは挨拶と常々申しているでしょう」
「戦士の同士の挨拶じゃ、武具を交える以上のそれがあるとでも言うのかデカール!」
「あります。まずは言葉です、我々は魔物じゃないのですから」
相変わらず理知的な男だ。
これでいて、武勇はガリアードレに続く二番手を誇る。デカールはガリアードレの懐刀にして戦士なのだった。
彼に叱咤され、ガリアードレの奴かわいそうにどんどん小さくなっていく。
ただでさえ体躯は銀髪幼女なのだ、これ以上小さくなったら風で吹き飛ぶぞ。
「それくらいにしといてやれって、デカール。ガリアードレだって解ってるさ、ただちょっと、ハシャいでみたくなっただけって奴だよ。――な?」
「そ、そうなのじゃ! そーゆー気分での? 決して言葉を軽視したわけではなくてだな? まあギリアムには解って貰えてるようで何よりじゃよ、わっはっはー!」
両の手を腰に当てて、めっちゃふんぞり返る幼女、ガリアードレ。
俺とデカールはチラと目を合わせる。困ったものです、とばかりに彼は肩を竦めて苦笑したが、ガリアードレを見る目は優しい。まるで孫でも見るかのような目だ。
人となんら変わらない。
なのに、中央の連中は、彼らを怖がりすぎなんだよな。
それが迫害と排斥を生み、戦争の原因となった。――少なくとも、俺たちライゼル領の人間はそう認識している。まあ10年ほど前までは、ここが人間対魔族の最前線だったわけなのだが。
魔族とは、先天的に魔法を使える一族のことだ。九割の者が、誰に教わるわけでなくなにかしらの魔法を習得する。
寿命が人間より少し長く、二本のツノを頭に有しているのが特徴だ。
吹聴して歩きたいもんだよ。魔族と人間なんか大した違いもないって。戦時中に言われていた、『奴らは狂暴で人を食う』なんていうのもデマでしかなかったしな。
「ところでギリアム殿、そちらの綺麗なご婦人は?」
デカールが訊ねてきたので、俺は答える。
「婚約者だよ。ミューゼア嬢だ」
「おお、婚約者とな? 女性嫌いで有名なギリアム殿に」
「そう、この俺に。笑っちゃうか?」
苦笑しながらミューゼア嬢に手を差し伸べてみせた。すると、デカールの後ろに控えている魔族たちが「おお」と小さな感嘆をする。俺の女性恐怖症はアチラでも有名だ。少なくとも、俺が女性の手を取ったというだけで、ここまで反応されるくらいには。
「いや笑わぬ!」
そう言ってニカッと笑顔を閃かせたのは、ガリアードレだ。
「そうか、ヤッたか! 人は人と番い、子を為してゆくもの。半人前じゃったお主が、ようやく一人前になれたとみえる!」
いやまだそこまでは。
あまり早合点してくれるな、ミューゼア嬢の顔がみるみるうちに赤くなってしまったではないか。
それでも彼女は咳払い一つ。
「ミューゼア・セルベールです。……えっと、その、婚前ですが、今はギリアムさまのお屋敷でお世話になっております」
スカートの裾を摘まんで、優雅な仕草で挨拶をした。
「魔族を治めておる王、ガリアードレじゃ」
ガリアードレは、手を払うとミューゼア嬢に握手を求めた。二人が手を取り合う。
「番もなく朽ちるようなら、わしがギリアムをもろうてやろうと思っておったのじゃがのぅ。なにせわしは、唯一ギリアムが怯えぬ女子じゃったからな」
「おまえ幼女も幼女じゃないか。女性とかそういう話じゃない」
「いずれ背も伸び、出るトコは出て引っ込むトコは引っ込む予定じゃわい」
うーん。そしたら俺、きっと恐怖でコイツに勝てなくなってたな。
あぶないあぶない、幼児体型サマサマだ。
「では、ガリアードレさまのご挨拶も終わったところで」
とデカールが大きな――それこそ大人一人の身長ほどもありそうな大きさの――斧を構えた。
「ああ、わかってるよ」
「え? いったいなにをですか、ギリアムさま」
「ミューゼア嬢は横で見ててよ、これから彼らがどれだけ体力あるか、つまりは労働力として優秀かをあなたに証明して差し上げますから。商人であるレグノアに、ちゃんと報告してください」
そう言って俺は、デカールたちの挑戦を受けた。
「な、なぜそんな話になるのですか!?」
「これが魔族たちの挨拶なんです。ミューゼア嬢にはわかりにくいかもしれませんが」
「そういうことですな、では行きますぞ、ギリアム殿」
ゲカールが構える。
「ふはは、皆で一斉に掛かってこい! 俺は前より、ちょっとばかし強いぞ!?」
「心得た! うははーいくぞー! 皆の者ー!」
「いや、おまえ見学なガリアードレ」
「ガリアードレさまはもう十分遊んだじゃありませんか」
俺とデカールの同時たしなめに、ガリアードレはホゾを噛んだようだったが、やがて頬を膨らませたまま横に退いた。
「ふんだ! いくのじゃミューゼアとやら、わしにギリアムの面白い話でも聞かせい!」
こうして俺は、魔族の体力というものをミューゼア嬢に見せつけた。
試武が終わる頃、彼女はあっけに取られていたと言っていい。
疲れ果てた魔族の皆が倒れている夕焼けの中、呟くように。
「結局、一番凄い体力の持ち主はギリアムさまだった、と報告すればいいのですか?」
「いや違うでしょ、ミューゼア嬢」
俺が苦笑で返すと、彼女もまた苦笑した。
「はい、わかっています。それでもつい、言いたくなって」
「ギリアムは体力オバケじゃからのぅ」
おまえに言われたくないけどな、耐久力オバケめ。
「うふふ、お二人は本当に仲がよろしいみたいで」
「言ったろう、懐かれているんだよ」
「この体力の方々が街道整備を担当してくれるなら、思った以上のスケジュールで事が済みそうです!」
嬉しそうに彼女は声を上げたのだった。




